剣技E
戦場からの撤収が完了し、ゲルマニア軍は陣地の修復と負傷者の治療に追われていた。
ハロルドも例外ではなく、負傷した仲間の手当てを手伝いながら、今日の戦いを振り返っていた。
(……俺は確実に強くなっている)
今日の戦闘では、これまでなら防ぎきれなかった攻撃をかわし、逆に隙を突くことができた。
敵の剣筋が見え、動きの癖が読める。戦場の流れすら、以前よりも明確に感じ取れるようになっている。
これは、単なる経験の積み重ねではなく——
(スキルが、進化した)
ハロルドは剣を握りしめ、確信した。
この世界では、戦闘スキルはFからSまでの8段階に分かれている。
一般兵のほとんどはスキルを持たず、持っていたとしてもCランク以上に到達する者はごくわずか。
凡人の限界は剣技Cと言われている。
ハロルドが最初に戦場で習得した「剣技F」は、剣の基本動作を理解し、敵の攻撃に最低限対応できるレベル。
しかし、今は——
(これは……剣技E、間違いない)
剣技Eは、単なる技術向上ではなく「戦いの本能」が目覚める段階だ。
敵の重心の変化、攻撃の予兆、戦場全体の動きが、より鮮明に見える。
この進化により、敵の攻撃を「見てから避ける」のではなく、「避けるべき動きを無意識に取れる」ようになった。
(この調子なら、さらに上を目指せるかもしれない)
ハロルドは、剣の柄を強く握った。
次なる戦いに向けて
「……おい、ハロルド」
部隊長のロバートが彼を呼んだ。
「お前、次の戦いでも先鋒に立て」
「……了解した」
「お前の動きを見ていたが、確実に成長してるな」
ロバートは腕を組み、鋭い目でハロルドを見つめる。
「最初に比べれば、戦場での立ち回りが格段に良くなってる。敵の動きを読めてるな」
「実感はある」
「なら、もっと戦え」
ロバートはニヤリと笑った。
「戦場は、経験を積むには最適な場所だからな」
ロバートの言葉は正しい。
この戦場で生き残る限り、ハロルドは強くなれる。
次の戦いに備え、彼は静かに決意を固めた。
ハロルドが戦場で成長を遂げているころ、王都ではリナが思わぬ危機に直面していた。
「……何これ……?」
市場の片隅で、リナは異様な光景を目にした。
黒ずくめの男たちが、貴族街へ向かう荷馬車に“妙な荷”を積み込んでいる。
(普通、商人なら市場に運ぶはずなのに……)
リナは、胸騒ぎを覚えた。
荷の中身はわからない。だが、スラム育ちの彼女には「ヤバい取引」だと直感で理解できた。
——その時だった。
「……お嬢ちゃん、見てたね?」
黒ずくめの男の一人が、鋭い目でこちらを睨んでいた。
リナの心臓が跳ねる。
「……な、何のこと?」
「とぼけんなよ。お前、さっきから俺たちを見てただろ?」
男の口調は、もう「確認」ではなかった。
それは、**「処分を決めた者の声」**だった。
(逃げなきゃ……)
だが、男たちは既にリナの周囲を囲み始めていた。
(どうする!?)
目の前の選択肢は二つ——逃げるか、死ぬか。
リナは決断し、一気に駆け出した。
「待てッ!」
男たちの怒声が響く。
人混みを縫うように走るリナ。しかし、王都の兵士は市民の騒ぎには興味がない。
「捕まえろ! 余計なことを知ったガキを野放しにするな!」
男たちは追ってくる——そして、背後で**“本物の暗殺者”**が動き出した。
(このままじゃ殺される……!)
逃げ場を求め、リナはスラムへと足を向けた。
だが、彼女は知らなかった。
「スラムもまた、王都の闇に支配されている」ことを。