スキルアップ
「前衛が崩れるぞ! 持ちこたえろ!」
指揮官の怒号が戦場に響く。
バジルス軍の精鋭が、ゲルマニア軍の陣を押し崩しつつあった。
ハロルドは息を荒げながら、目前の敵を見据える。剣の切っ先はすでに血で濡れていた。
(……くそ、こっちの兵はもう限界だ)
すでに戦闘は一時間を超えている。戦場の土は血と汗と泥で黒ずみ、倒れた兵士の亡骸がそこかしこに転がっていた。
味方の兵は次々に倒れ、前線は後退を余儀なくされている。
そして、敵の動きが変わった。
「バジルスの騎士隊が突撃してくるぞ!」
誰かが叫ぶ。
(……まずい)
騎士隊——それは、スキル持ちのエリート兵の集団。無能力の歩兵とは次元が違う。
ゲルマニア軍の前衛は、すでにボロボロだった。これを止められる戦力は、ほとんど残っていない。
「やべぇぞ、こんなの勝てるわけねぇ……」
「撤退するしかない……!」
兵士たちの間に動揺が走る。
だが、敵は待ってくれない。
地響きとともに、バジルスの騎士たちが突撃してきた。
「くそっ……!」
ハロルドは歯を食いしばり、剣を構えた。
「剣技F」では、騎士を相手にするのは厳しい。
だが、戦うしかない。
(俺が止められなければ、ここで味方が全滅する)
騎士の一人が剣を振り上げ、ハロルドに斬りかかる。
鋭い——!
避けるしかない。
ギリギリで回避し、カウンターを狙う。
だが、相手の動きが速すぎる。
次の瞬間、騎士の剣がハロルドの肩をかすめた。
「ぐっ……!」
鮮血が飛び散る。痛みが走るが、深手ではない。
(……こいつらの動きを見切れないと、やられる)
集中しろ。
相手の動きを見ろ。
敵は「剣技E」以上を持っている可能性が高い。
単純な力量差がある。だが——
(ならば、それを補う方法を考えるしかない)
ハロルドは深く息を吸い、地面を蹴った。
「ハァァァッ!!」
騎士の剣が再び振るわれる。
——が、今度は見切った。
ハロルドは紙一重で避け、敵の脇腹に剣を突き刺す。
「……なっ!」
騎士が驚愕する。
そのまま、もう一撃。喉を貫き、騎士は沈んだ。
(……やれる)
まだ、「剣技F」でも戦える。
だが、このままでは——
(やはり、この先を生き残るにはスキルを上げるしかない)
俺は、もっと強くならなければならない。
戦場はようやく沈静化した。
バジルス軍の騎士隊が撤退し、ゲルマニア軍は辛うじて陣を維持することに成功した。
しかし、勝利とは言えない。
戦場には、無数の死体が横たわっていた。
「……やれやれ、なんとか生き残ったか」
ハロルドは血塗れの剣を地面に突き立て、荒い息をついた。肩の傷はまだ痛むが、戦闘不能というほどではない。
周囲を見渡すと、戦友たちも疲弊しきっている。
この戦いの過酷さが、兵士たちの表情からも読み取れた。
今回の戦闘で、ハロルドは自分の成長を実感していた。
バジルスの騎士隊と渡り合ったことで、「剣技F」では見切れなかった動きが、かすかに読めるようになってきた。
これまでの戦いとは違う。
感覚が鋭くなっている。
剣の軌道、敵の重心の動き——そういったものが、以前よりも明確に見える。
(……もしかすると、俺はもうすぐ**「剣技E」**に届くかもしれない)
ハロルドは静かに拳を握った。
スキルの成長は、一朝一夕ではない。
だが、今回の戦闘を通じて、「剣技F」の限界と、「剣技E」の境界線が朧げながら見えてきた。
(このまま実戦を積めば、確実にスキルアップできる——)
この戦場で生き延び、もっと多くの戦闘経験を積めば、「剣技E」に昇格するのも時間の問題だろう。
⸻
戦後の撤収
「生存者を集めろ! 負傷者は後方へ運べ!」
指揮官の怒号が響く。
ハロルドも負傷者の搬送を手伝いながら、戦場を後にした。
この戦いの勝敗は、まだ決まったわけではない。
バジルス軍は一時撤退したものの、すぐに態勢を立て直して再び攻めてくる可能性が高い。
それまでに、どれだけ兵を回復できるかが重要だった。
そんなことを考えながら歩いていると——
「……おい、ハロルド」
同じ部隊の兵士、エルネストが話しかけてきた。
「お前、さっきの戦いで騎士を倒してたよな?」
「……まぁな」
「すげぇよ。歩兵が騎士を仕留めるなんて、滅多にあることじゃねぇ」
エルネストは感心した様子で言った。
「もしかして、お前……スキルのレベルが上がるんじゃねぇか?」
ハロルドは少し考えた後、ゆっくりと答えた。
「……たぶんな」
その言葉に、エルネストは驚いたような顔をした。
「本当に上がるのか? お前、無能力の兵士だったんだろ?」
「関係ない。戦えば成長する」
「……へぇ」
エルネストは少し羨ましそうに笑った。
「ま、次の戦いでも頼りにしてるぜ」
「期待するな」
ハロルドは軽く肩をすくめながら、その場を後にした。
一方、王都ではリナが何かに巻き込まれつつあった。
「……な、何これ……?」
彼女は、ある貴族の陰謀に触れてしまったのだった——。