闘技場
朝の陽が差し込む宿屋の部屋で、ハロルドは武具の手入れをしていた。
刃こぼれのある軍用剣の刃先を確認しながら、ゆっくりと砥石を滑らせる。
(……さて、どうするか)
金がない以上、どこかで稼ぐ必要がある。
候補はいくつかあったが、最も手っ取り早く稼げるのは闘技場の試合だった。
王都には、兵士や傭兵たちが腕試しをするための**「闘技場」**が存在する。
正式な決闘ではないが、賭け試合も行われており、勝てば賞金が手に入る。
ハロルドは剣を鞘に収め、宿を出た。
闘技場の入り口には、試合を見物しに来た兵士や貴族の姿があった。
内部では、砂塵舞う円形の闘技場で二人の剣士が戦っている。
観客席では、兵士や商人たちが賭けに興じ、歓声を上げていた。
「おい、ハロルドじゃねえか」
入り口付近で、顔見知りの男が声をかけてきた。
ラウル。同じ部隊の兵士で、賭け試合の常連だった。
「お前、ここに来るのは珍しいな」
「金がいるんでな」
ハロルドがそう答えると、ラウルはにやりと笑った。
「なら、いい試合があるぜ。お前、ちょっとした見世物になってみないか?」
「……どういう意味だ?」
「兵士どもが『無能力の兵士』とやりたがってるんだよ。お前、見た目は地味だからな」
ハロルドは軽くため息をついた。
(つまり、俺が雑魚役というわけか)
賭け試合では、こういう話はよくある。見た目が弱そうな兵士を前座にして、客を盛り上げるのだ。
「賞金は?」
「勝てば銀貨十五枚。負けても一枚だ」
ハロルドは考えた。
(悪くない。勝てば半月分の食費にはなる)
「いいだろう」
ハロルドは剣を構え、試合場へと向かった。
ハロルドの対戦相手は、普通の兵士だった。
剣の腕前はハロルドと同じ剣技F。
「試合開始!」
ギィン!
互いに剣を交えるが、ハロルドはすぐに相手の癖を見抜いた。
(……剣を振るのが大きい)
相手の隙を突き、剣を弾く。
さらに、足を引っ掛けて転ばせる。
「ぐっ……!?」
剣を相手の首元に突きつけた。
「試合終了! 勝者、ハロルド!」
次の相手は、経験豊富な兵士だった。
(こいつは俺よりちょっと上だな……)
試合が始まると、すぐに強烈な突きが飛んできた。
ガキンッ!!
ハロルドは咄嗟に剣を合わせたが、力負けしそうになる。
(まずい……まともに打ち合うと負ける)
そこで、ハロルドはわざと後退しながら砂を蹴り上げた。
「ッ!?」
相手が一瞬ひるんだ隙に、ハロルドは懐に飛び込む。
バキィッ!!
拳を顎に叩き込み、相手を吹き飛ばした。
「試合終了! 勝者、ハロルド!」
三戦目、相手は明らかに場慣れした傭兵だった。
(やばいな……こいつは強い)
試合が始まると、すぐに猛攻が飛んできた。
「チッ……!」
剣を合わせるが、受けるのが精一杯だった。
(勝てねえ……!)
そこで、ハロルドは防戦しながら時間稼ぎをすることにした。
試合には時間制限がある。
相手はイライラし始め、無理な攻めをしてくるようになった。
(今だ!)
ハロルドはカウンター気味に体当たりを仕掛け、相手を場外ギリギリまで追い詰める。
だが——
「終わりだ!」
相手が最後の一撃を放とうとした瞬間、試合終了の鐘が鳴った。
「試合終了! 引き分け!」
(……助かった)
ハロルドは安堵の息をついた。
⸻
賞金獲得
引き分けでも、それなりの報酬は出る。
最終的に、ハロルドは銀貨35枚を手にした。
(しばらくは食いっぱぐれないな)
ハロルドは懐に金をしまい、闘技場を後にした。
宿に戻ると、リナが待っていた。
「おかえり……」
「ただいま」
「何してたの?」
「ちょっとした仕事だ」
リナはハロルドの服についた砂埃を見て、すぐに察したようだった。
「……怪我、してない?」
「大丈夫だ」
ハロルドは椅子に腰を下ろし、稼いだ銀貨35枚を袋に入れる。
「それ、お金?」
「ああ」
リナは袋の中を覗き込むと、目を丸くした。
「こんなに……!」
「しばらくは何とかなる」
リナはほっとしたように微笑んだ。
(この笑顔を守るためにも、次の仕事を探さないとな……)
ハロルドは剣を見つめながら、次の手を考えていた——。