バルド
朝の空気は冷たく澄んでいた。
ハロルドは馴染みの訓練場に立ち、木剣を握る。目の前には、筋骨隆々の男——バルドが仁王立ちしていた。
「さて、昨日の復習からやるか」
バルドは木剣を肩に担ぎながら、軽く息を吐いた。
「……その前に、一つ言っておくことがある」
ハロルドは木剣を構えながら、バルドを見上げた。
「なんだ?」
「俺は、お前みたいに才能があるわけじゃない。だから、お前の教えを受けても、すぐに強くなれるとは思ってない」
ハロルドの言葉に、バルドは目を細めた。
「……分かってるじゃねえか」
バルドは口角を少し上げると、木剣を構えた。
「だがな、凡人だからこそできることもある。お前にとっちゃ地獄かもしれねぇが……今日は徹底的に叩き込んでやる」
バルドの訓練は容赦なかった。
剣の軌道を正確に読むこと。足の運びを乱さないこと。相手の隙を見つけること——
頭では理解できても、身体がついていかない。バルドの木剣が唸りを上げ、ハロルドの腕や脇腹に次々と打ち込まれた。
「痛ぇな……」
息を切らしながら、ハロルドは木剣を握り直す。
「痛みを怖がるな。その痛みこそが、お前の肉に刻まれる記憶になる」
バルドの声が響く。
次の瞬間、ハロルドの木剣が弾かれ、足元がぐらついた。
「くっ……」
バルドの木剣が、ハロルドの喉元へと止まる。
「動きが読まれてるぞ。もっと視野を広く持て」
ハロルドは歯を食いしばった。
鍛錬の果て
訓練が終わった頃には、ハロルドの身体は汗と泥にまみれ、足元がおぼつかなくなっていた。
「……お前は本当に不器用だな」
バルドが呆れたように言う。
「分かってる」
「けどな、不器用な奴ほど、しぶといもんだ。お前みたいなやつは、一つずつ積み重ねていくしかねぇ」
バルドは肩をすくめ、木剣を下ろした。
「今日の稽古はここまでだ。次はもう少しマシになってこい」
ハロルドは苦笑しながら、バルドに軽く礼をした。
(少しは、成長できてるのか……?)
そう思いながら、彼は重い足取りで訓練場を後にした。
宿へ戻ると、リナがじっと座って待っていた。
「おかえり」
「ただいま……って、なんでそんなに睨んでるんだ」
リナはハロルドの体を見て、眉をひそめた。
「傷だらけじゃん……」
「訓練だからな。気にするな」
ハロルドはベッドに腰を下ろし、肩を回す。
「……痛い?」
「まぁな」
リナはしばらく考え込んだ後、どこからか濡れた布を持ってきた。
「じっとして」
「おい、別に——」
「じっとして」
リナの圧に負け、ハロルドは黙って傷を拭かせることにした。
「……ありがとよ」
リナは何も言わず、黙々と手当てを続けた。
こうして、ハロルドとリナの奇妙な共同生活は続いていくのだった。