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(3)貴族学校

 「ねえ、今日からこのクラスに新入生が入るんだって」

「聞いたわよ。なんでも他国の平民の子らしいわよ」

「えー。平民と一緒だなんて嫌だわ」

「詳しくは聞いてないのだけど、お父様の話によると平民ではないようよ。なんでもダークベルク家の子らしいわ」

「確かあそこは最近ご当主様が亡くなったところよね」

「そうそう。で、ね、ご当主様に隠し子がいたらしいのよ」

「その話知ってるわ。汚らしい男の子が馬車から出てダークベルク家に入るのを見かけた人がいるのよ。きっとその子よ」

「他の子が言ってたわ。今日に入学するのは女子よ」

「だったら、その男の子は別の子よ」

「やっぱり。今日の入学する子は平民の子なの?」

「だったら、このクラスには来ないわね。ここは貴族学校だけど平民の子で入れるのは資力のある家庭の子よ。でもこのクラスは子爵以上でないと入れないからね」


 勉強は母さんに教えて貰っていたから学校に行く必要はなかった。この歳になって初めて学校というものに通うことになった。朝早く出発して侯爵邸から学校に来た。寮の手続きはボリスが行っているから今日から寮生活だ。馬車から降りるとみんながジロジロ見ている。できるなら帰りたい。特に男子の視線が痛い。ここですれ違う女子はみな綺麗な服装の人が多いから場違いのような気がする。


 クラスに入るとみんなの目が一斉に私に向いた。

 こんなに人の目を引くのはお母さんと一緒に竜の山の観光案内をしたとき以来だ。


「今日からこのクラスで皆さんと一緒に勉強することになったアネット・ダールベルクさんです。仲良くしてくださいね」


クラスの生徒がざわついた。


「ダークベルク侯爵家の子は男の子ではなかったの?」

「どこが汚い子よ?」

「見てみなさいよ。男子の目線を」

「強敵が現れたわね」

「何言ってるのよ。あなたレベルでは敵にもなれないわ」

「私、挨拶に行ってくるわ」

「あなたいいの。ミラー伯爵派でしょ」

「馬鹿ね。ミラーなんて、侯爵家筆頭のダークベルク家に比べたらただの駄犬よ」

「じゃあ。私もあとで挨拶に行って派閥に入れてもらうわ」

「みんなもきっと同じことを考えてるから早い者勝ちね」


 この学校には国王の子が在学しているが、現在ウドリシナ国に留学中だから侯爵家筆頭のダールベルク家がこの学校で一番身分が高かった。そのおかげもあり、虐められることはなかった。勉強については家庭教師に習ったものよりも簡単な問題ばかりで成績も上位だった。ただ、ダンスだけは下位だったが、それがかえって駄目なところもあるということで歓迎された。


 学校にも慣れて乙女談話にも入れるようになった。

「ねえ、知ってる?昨日また彫り師の死体が上がったそうよ」

「知らないわ。どういうこと?」

「あなたは王都にきて間がないから知らないのね。王都では数年に一度入れ墨の彫り師が行方不明になったり、死体で発見されたりするのだけど、犯人は捕まらないし、捜査もすぐ打ち切られるのよ。昨日また彫り師がため池に浮かんでた。彫り師ばかりどうして狙われるのか不思議なのよ」

「王都警備隊は何も対策してないの?」

「違うのよ。その警備隊が怪しいという噂なのよ」

「だったら、王族の誰かが?」

「それ以上言ったら、あなたも明日ため池に浮くことになるわよ。この話はこれでおしまい」



 貴族学校にきて一月が経った頃、国王から呼出があった

『平民だった私が国王と会うなんて、どうしたらいいの?』

 国王の従者が仰々しく列をなして来られたので、いよいよ私は有名になってしまった。つい最近まで長屋住まいだった子に何の用があるの?


 王城は、ダールベルク邸の数倍の大きさがあった。

 (ひざまず)いて待っていると、国王が入場した。私はバルドメロ宰相から国王の話が終わるまで決して顔を上げるなと言われているから下を向いたままだ。


「エウラリオ・ダールベルクの子か、よく似ておる。アネットと言ったな、今日呼び出したのは宮廷魔法士になって欲しいのだ。アネットのことは臨時宮廷魔法士筆頭のロズモンド伯爵から聞いている。すぐにでも宮廷魔法士筆頭になれる能力があるらしいの。だがまだ責任を負わせるわけにはいかないから当分は宮廷魔法士に慣れてくれ。今ヤメルダ王国の動きが不穏だからいずれ出陣してもらうかもしれん。しばらくはここから貴族学校に通ってくれ」


 私はお父さんには似ていない。それに下を向いていたのに顔が見えるはずない。国王は人の顔などきちんと見たことなどないのだろう。きっと誰に対しても同じようなことを言うのだろう。


 私はこの日から学校の寮に戻ることはなかった。王城の中の一室から毎日学校に通っている。貴族学校は王城から数百メートルにあるから、寮からの距離と変わらない。


 貴族学校から帰ってからはロズモンド先生と魔法の訓練だ。私は父の血を引いてるから元々素養があったようだ。その上父の完成された魔力を引き継いだから父が使えなかった魔法も使えた。全属性があることで、古来より3名しか使えなかった転移魔法が使えることは完全秘匿事項らしい。訓練を繰り返したおかげで私は転移したい場所を考えただけで数百メートルを移動できた。それからは物の転移も一緒にする訓練をさせられ、それが終わると人を一緒に運ぶ訓練も行った。転移魔法は魔力の消費が多く、あまり多様すると魔力切れを起こして動けなくなるから十分に気をつけるよう注意された。いまだ2人しか運べず距離が短いように思ったが軍事的にはこれでも十分だといわれた。

 魔獣に対して有効な魔法は『火炎魔法と魔法弓』だった。力の強い魔獣は10倍増し程度の重力では押さえることができなかった。私の成長とともに重力を増すことができるということなので訓練だけは欠かさず行う。


 やっと貴族学校の授業が面白く感じ始めたとき、保健体育の授業中だというのに国王から呼び出された。おしべとめしべの話の途中なのですけど、これから本題に入るところで一番いいところなのに……。


 王城に着くと国王から言葉があった。

「アネットを急遽(きゅうきょ)呼び出したのはヤメルダ王国軍がウドリシナ国に侵攻したようなのだ。ヤメルダ王国は前々から方々の国にちょっかいを出していたが、国は小さいが優良な金鉱脈をもっているウドリシナ国を本格的に侵略することにしたようだ。他国のことだから我が国には関係がないことなのだが、ウドリシナ国には儂の娘のナデージュがウドリシナ国王の長男の婚約者として暮らしている。それに長男のバルベが留学中なのだ。ナデージュはまだ10歳だ。それにバルベもまだ14歳だ。なんとか助けてほしい。二人がいなくなると儂の跡取りがいなくなる。この国で転移魔法が使える者はアネットしかいない。秘密裏に助け出してほしいのだ。ナデージュとバルベは監禁されているから軍隊を派遣することができない」


 いきなり超難問を突きつけられてしまった。魔法を実践で使ったこともないのに、どうしたらいいの?


「臨時魔法士筆頭のロズモンド伯爵と騎士筆頭のミーゲル伯爵を護衛として付けるから頼む」


 周囲の人は国王が頭こそ下げないが私に頼みごとをしたのに驚いていない。12歳の女子に国王がお願いしたというのに。ただこの国王はいつも言葉に抑揚がない。

 ここまでされると、もう断ることができない。外堀は完全に埋められてしまった。


「はい、精一杯がんばります」


 答える言葉はそれしかなかった。

 ウドリシナ国に行くことは最初から決まっていた。だってフリオ国王はカンペを読んでいたんだもん。だから私の顔を見てもいないのにお父さんによく似ていると言ったのね。あまりに抑揚がないから、国王の手元を見たらすぐ側にいるバルドメロ宰相がコソッとカンペを渡していたのが見えたからね。


 授業に戻ることなく、そのまますぐウドリシナ国に旅立つことになった。将軍でもあるロズモンド伯爵は魔法だけでなく剣も相当な使い手だ。ミーゲル伯爵はまだ20代だがガデット王国の頂点に立つ剣豪だ。ブロンズの長髪が似合う女性で一代伯爵に認められた人だ。


 私達一行は親子連れの旅行者という設定でウドリシナ国に入ったが、ヤメルダ王国軍が各地に配備されていた。


 王都に入ってまもなく遠目に兵士の一団がこちらに向かって来た。嫌な予感がしたから路地に入って目的地まで迂回することにした。もしかしたら不自然だったかな。目前を知った者が馬上から見下ろしていた。とっさに目を反らしたが、かえってそれが悪かった。父から母を殺害した張本人と名指しされた馬上の人物が家来に『その女が目を反らした。怪しいやつだ。連れてこい』と言うと、兵士二人が私の元に来て有無を言わさず腕を掴まれて馬上の知った者のところに連れていかれた。魔法で振り払うことはできるが、それでは目的を達成できない。


「おい、そこの女、帽子を取れ!」

 もう、諦めるしかない。高ぶる感情を抑えて私は日焼け防止用の帽子を取った。


「お久しぶりね」

「お前は?髪の色が違うが?アネット?どうしてここにいるんだ。火事で焼かれたはずでは……」

「あなたに捨てられたから食べられないし、すぐにウドリシナ国に出稼ぎに来たのです」

「そうか、まあ親もいないし、しょうがないな。だがあの婚約取り消しは俺のせいではないぞ。身分違いはどうしようもない。それに火事の件は俺ではない。まあ、アネットもがんばるがいい」


 この男は父と母の敵だ。平民の命など虫と同等と考えている貴族だから何も感じていない。今だって何もなかったように去ろうとしている。


 私も少しは進歩したことをみせたい。


「待って!私はここで働きたいのよ。そのたびにあなたのように呼び止められたら気分が悪いわ。あなたの名前で身分保障をしなさい」

「俺は忙しい」

「だったら、許嫁を新しい女ができたからと捨てて、しかもお金も出さなかったケチ男爵の子と言いふらすわよ。それに私に渡す香典を使い込んだでしょ。長屋の人が香典を袋から出しているのを見てたわよ。たった銀貨1枚だったらしいけどね」


「そんなことは誰も信じないぞ」

「あら、私、何かあったときのためにあなたの書いた”手紙”を持っているのよ。ちょっと読んでみるわ『ああ~俺はアネットに出会えたことが神の導きのようだ。一目見て、もうアネットなしでは俺は生きていけない。アネットのためなら死ねる。ああ~俺と……』もっと読もうかしら。さあ、どうするの?」

「わ、わかった。わかった。それは父が無理矢理書かせたものだが、そんなものを出されては困る。この短剣を持っていけ。これがあれば俺の関係者と分かるはずだ。大概の関所は通れるはずだ」

「ありがとう。今日は忙しいようだけど、今度会ったときは”使い込んだ香典と婚約破棄の損害金を貰うからね“楽しみにしているわ」

「もうお前とは会いたくない。行け」


 私がんばった。


 王都内の警備はとても厳しい。それに王城に近づくにつれて益々検問が厳しくなった。王城に入る門はヘルゲ・ドレイヌの短剣を見せたが入れなかった。公爵以上の関係者でないと入れないようだ。

 しばらく情報収集をしたが、一番警備が厳しいのが南側の一室だった。きっとそこに王族が監禁されているはずだ。これほど警戒されている状況で3人が一緒に行動するのは難しいため、2人には王城から離れた森で待機してもらい、私が単独で王城内に入ることにした。なぜかというと今朝ヘルゲが王城内に入るのを確認したからだ。

 門番に剣を見せても入れてもらえないのはわかっているが、ヘルゲに呼ばれたと話すとヘルゲを連れてきてくれた。


「また会えたわね」

「何の用だ。俺は城内の警備で忙しいんだ。帰れ」

「あら、この間言ったでしょ。香典の返金と損害金を貰いに来たのよ」

「警備中だから今持ち合わせがない」

「こんなに危険な場所は早く離れたいのだけど路銀がないからヤメルダ王国に戻れないのよ」

「わかった。そこに居ては邪魔になる。入ってこい」

「わかったわ。ゆっくりでいいから沢山持ってきてね」


 王城内に入れた。転移して入ることもできるが、それでは見つかった時点で弓でも放たれれば終わりだ。歩きながら目視して全体像を確認した。調査通り南側の一室の外側に警備が固まっているから、その近くに転移した。外の警備は厳重だったが部屋の入り口には警備兵が2人しか立っていなかった。直接中に入ってもいいが、突然見知らぬ者が現れたら騒がれてしまう。しばらく様子を伺っていたが、警備兵の話す声が聞こえた。


「おい、こんなトリックで騙されるやつがいるのか?」

「知らん。とにかく中に兵を隠して部屋の入り口を少人数で警備すれば、中に入られるが、たとえ入られても待機している警備兵に捕まるか殺される、らしい。王族は北側に警備を簡素にしている部屋にいるから敵も気づかないだろう、ということらしい」


 あ~よかった。中に入っていたら串刺しだったわ。

 北側の部屋も罠かもしれないから、様子を伺っていたが、食事を運ぶ兵士が部屋に入るときに中に人がいるのが見えた。もう時間がないから直接部屋に入ることにした。


 王族の捕らわれている部屋に転移してすぐに用意していた紙を広げた。

 ”私はガデット王国の宮廷魔法士アネットと言います。国王様の命で助けに来ました。”

 この部屋には4人が幽閉されていた。国王と王妃それに子供たち。1人がナデージュの婚約者だ。だけどバルベとナデージュはいなかった。国王が二人は地下牢に幽閉されていると話してくれた。あそこの警備はヘルゲの私兵が厳重にしている。とても救出は難しい。

 一考して、お茶を出してもらって、茶菓子もいただき雑談をしているとドアに立っていた兵士が入ってきた。『ウルサイ!静かにしろ!』と言って私の方を見た。目が合った。すぐにヘルゲと守備兵に囲まれてしまった。迷子になったと言い訳したが、そのまま地下牢に入れられてしまった。


 でもこれが幸いした。隣室はバルベとナデージュだった。


「私は宮廷魔法士のアネットと申します。お二人を助けに来ました」

「父上の使いか?女で大丈夫か?女は抱くだけの存在だからな。もう妹も飽きたしな」


 ナデージュが顔を赤くしている。なんか、助けたくない気になった。仕事だからやるけどね。


「バルベ様とナデージュ様、すぐに助けます」

「お前だって捕まってるのにどうするんだ。たとえ鍵を開けても外には警備兵がゾロゾロいるぞ」

「大丈夫ですよ。先程ウドリシナ国王に救出作戦の内容を話してますから、私達はこれから一緒に外に出ますね」


 作戦は私がわざと捕まり地下牢に入れられることだ。そして二人を外に連れ出し、安全地帯まで退避したら、ガデット王国軍がウドリシナ国に進軍し、ヤメルダ王国軍を攻撃する。私はガデット王国軍が王城を攻撃すると同時に国王と王妃、そして子供二人を救い出す。


 私はまだ二人しか一緒に転移させることができない。それに転移できる距離は数百メートルだから王族を一緒に連れ出すことはできない。転移を繰り返してロズモンド伯爵とミーゲル伯爵の待機している森で合流した。けっこうな距離があった。


「お前達、よくやった。喜べ、アネットは俺の女にしてやろう」


 こんな男でも命令だから助けなくてはいけない。

 バルベとナデージュは救い出したが、魔力を使いすぎて魔力酔いを起こし動けなくなった。もう立っていられない。目の前が暗くなって気を失った。


 目を覚ますと、そこは馬車の中だった。私達はガデット王国に入国していた。私は丸1日気を失っていたようだ。私が気を失った後、ウドリシナ国の国境検問所まで来たが、二人が逃げたことは伝わっていなかった。そこでヘルゲの短剣を見せると簡単に通過できたようだ。国境を越えて後ろを振り向くとヘルゲが追いかけていたので間一髪だったとミーゲル伯爵が語ってくれた。


「ところで私を抱えていただいたのはミーゲル様ですか?」

「いいえ、バルベ様ですよ。同じ女性の私が背負うのが当然でしたが、私は周囲を警戒するよう王子から指示されました。何度も私が背負うと言ったのですよ。でも最後は王族命令と言われましたので……。ロズモンド様はナデージュ様を守られてましたから……。私はお二人は兄妹なのですからバルベ様が背負われたらいいと忠言したのですよ。なので他にアネット様を背負う者がいませんでした。というわけでバルベ様が率先して背負われました」

「そうでしたか。バルベ様、ありがとうございました。でも次はもういいですよ」

「気にするな。俺の女になる者を背負うのは当然だ。それに女の胸が背中に当たるのはなかなかよい」

「親切心で背負ったというのは絶対嘘だ。だってロズモンド伯爵は申し訳なさそうな顔をしているし、ミーゲル伯爵はバルベ王子を睨んでいる。実の妹にも手を出すような男は……次期国王にはしてはいけない人物だ」


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