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(2)父と母の祖国

 ガデット王国にはヤメルダ王国から南下し、小国ウドリシナ国を通過して3日目の朝に着いた。私は自分の住んでいたヤメルダ王国のことしか知らないから、こんな大きな国があるとは考えたこともなかった。だってお父さんはガデット王国もウドリシナ国も単に異国と言ってたし、お母さんはヤメルダ王国のことしか話さなかった。


 ガデット王国は、ヤメルダ王国の面積も人口も十数倍あった。それ以上に驚いたのは父の住まいだった。広い庭があり、屋敷に入る階段前では執事さんとメイドさんが数十人並んで迎えてくれた。ドレイヌ男爵のお城が犬小屋ではないかと思えるほど大きい。


 お父さんとお母さんの結婚が重婚だと疑ったことなどなかった。私が物心ついたときから、忙しい人だから3箇月に1週間くらしか帰って来られないと思っていた。母は父が帰ってくると機嫌良く料理を作っていた。お父さんがお母さんのお土産にあげる服はいつも夜の”ふむふむ”のための服だった。私へのお土産の服はいつも目立たない色の服とズボンでしかもどうみても中古品だ。あとでわかったことだが、私が目立たないようにするための気遣いだった。ただ、狭いからとはいえ子供の前で年中『愛してるよー』と抱きあうのは止めて欲しかった。”ふむふむ”も聞こえてますよ。


 めったに会えないが仲のいい夫婦と思っていた。母は平民だったし、ずっと長屋に住んでいたし、私の前で父は魔法を使ったことなどなかった。だから父が盗賊を倒すほどの魔法を使ったのを見ても信じられなかった。


 現実は違っていた。父は元々ガデット王国で結婚していて、宮廷魔法士筆頭をしていた。王家の長男バルベ様が不治の病といわれる石化病で生まれたときに、まだ若かりし父が特効薬となる竜の卵を求め、ヤメルダ王国の竜の山まで獲りに行った。そのとき誰も皆竜を恐れて山の案内を断ったが、母だけが断らなかった。危険を一緒に乗り越え、竜の山を案内してくれた母と恋に落ちるのは時間の問題だった。それから3箇月に1度母の住む長屋に1週間滞在し、ガデット王国に帰る、ということを繰り返していた。


 そして2年後生まれたのが私だ。だからガデット王国にいる奥さんは、父に母がいたことも私がいることも知らないはずだ。

 それだけではない。もっとびっくりしたことがある。父は貴族だった。それも侯爵家筆頭だ。私と生活していたときは平民が着る一般的な服装だったし、話し方もその辺のおっさんだった。いつも私の前で平気で屁をするような人だったから、とても貴族だったなんて思えない。


 私の住んでいた長屋に来た使者は執事筆頭のボリスという人だった。着の身着のまま出て、夜通し馬車を走らせたから私の体は汗臭い。メイドさんたちの反応を見ればわかる。私はお父さんの本当の奥さんに会う前に風呂に入れられ、着ている服は用意されたものに着替えさせられた。私が着たこともないような生地でできた服だった。どこにも補修痕がない。自分で着ようと思ったらメイドさんがすべて着せてくれた。上着を着せてもらうことは理解できるが、貴族は体も自分で拭かないし、下着すら自分で穿かない。そもそもスカートなど穿いたことはないのにいきなりドレスはハードルが高い。髪はカットし、艶が出るように櫛を入れてもらった。化粧などしたこともないけど似合ってるのかな?


 大きな部屋に案内されるとお母さんが少し老けたような女性が紅茶を飲みながら待っていた。メイドさんが紅茶を出してくれたが、どのように飲んでいいのか分からない。そのまま飲んでいいのだろうか?それとも何か言ってから飲むのだろうか?お母さんには平民としての作法しか習っていない。とても居心地が悪い。とりあえずお母さんのやったとおりに『頂きます』と言って飲むことにした。貴族の言葉遣いや作法もわからない。帰る家は焼けたけど、もう帰りたい!


「もう落ち着いた?そうそう紹介が遅れたわね、私はエウラリオ・ダールベルクの妻でイザベル・ダールベルクです。あなたに会えるのを楽しみのしていたのよ。きれいな金髪とブルーの瞳がそっくりね」

「はい?お父さんの髪はグレーで瞳は確か奥様と同じブラウンだったような?」

「エウラリオの子ではないの?」

「私はラインマー・エーゲルの娘でアネットと言います」

「あの人、そうそう、ラインマー・エーゲルと名乗ってたわね。名字まで変えなくてもいいのにね。言ってくれれば貴族だから私以外の女性がいても構わないのに」

「申し訳ありません。父が母以外の女性と結婚していたなんて知りませんでした。母も知らなかったと思います。こんな大きな屋敷がある人だと夢にも思ったこともありません。迷惑をお掛けしました。これで失礼します」


「出て行かなくていいわよ。あなたのことはエウラリオが亡くなる前に出した手紙に書いてあるから。あの人、馬鹿よね。口で言えないものだから、長々と手紙にあなたの母のことや、お金を渡そうとしても生活費以外受け取ってくれなかったこと、あなたの生まれたときのことを成長の記録と一緒にしたためてきたわ。これを見てちょうだい、本1冊分の手紙よ。これだけ書けるなら口で言えばいいのにね。

 それに私が気づかないとでも思ってるのかしら。出張の度に太って帰ってくるのよ。それに帰ってくる度に私の知っているいい匂いがしてた。この国にはないものであの子が自分で調合していた香水の匂いよ。女にはすぐわかるのよ。

 あなたの母のことは、子供のときから知っているわ。エウラリオは生まれたアネットの(うなじ)に紋章が出たから気づいて、あの子が何者なのか知ってしまったけど、彼女が長屋の暮らしを望んでいるのだから、私も気づかないふりをしていたのよ。

 エウラリオはあの子と私が似ているのは他人のそら似と思ったのでしょう。あの子の紋章は頭髪の中にあるから分からずに結婚したのね。言い訳にしかならないけど、ヤメルダ王国は一夫多妻制だからね」


「お母さんを知っているのですか?」

「よく知ってるわ。彼女はこの国の貴族暮らしが嫌で竜の山の観光案内人をしていたようね。冒険者と名乗ったエウラリオがガデット王国の貴族で既婚者だと気づいていたみたいね。それを承知で結婚式を挙げたみたいよ。二人だけの質素な結婚式だけど幸せだった、と書いてあったわ。それにしても私に似ている女性と結婚しなくてもいいのにね。たぶん彼女は私が正妻だと気づいてたと思うわ。夫婦だからわかるわ。だから私に遠慮して帰ってこなかった」


「すみません。本当にすみません。私たちが平和な家庭を壊してしまいました」


「そんなことないのよ。あの人ね、あなたが生まれた頃から、人が変わったように人に対して優しくなったのよ。それまでは誰に対しても怒鳴る人だったわ。私も嫁いだ頃はいつもビクビクしていたわ。それに私は子供のときの病気が原因で赤ちゃんができなかったの。私に内緒でよそに子供ができたので言いにくかったのね。本当に体は大きいのに気が小さい人だから。きっとあなたが生まれて、ずっと欲していた愛情を手にいれたから優しくなったのだと思う」


「やっぱり私はどこかで働きますから、もうこれで失礼します」

「駄目よ。エウラリオの子でしょ。それなら今日から私の子よ。ここで生活しなさい」

「いいのですか?私が憎くないのですか?」

「歓迎することはあっても憎むなんてありえないわ。それにあなたを見ているとあの子を思い出すのよ。別れた頃のあの子にそっくりよ。貴族の慣習は徐々に覚えたらいいわ。それと私の知っているエウラリオ・ダールベルクと違うラインマー・エーゲルの話をたくさん聞かせてくれない?」

「お父さんの話ならできます」

「あなたのお母さんの話も聞きたいわ」

「母の話です?」

「そう。聞かせてくれない?」


(母のことなのに、なぜ涙を流しているの?)


「それでいいわ。確か12歳になったのよね?」

「はい」

「だったら貴族学校に行かないとね。しばらくは家庭教師に基礎を習って、来月から通うといいわ」

「私にできるでしょうか」

「大丈夫よ。貴族といってもたいしたことないわよ。あとは執事筆頭のボリスに任せてあるから安心していいわよ」


 徐々に覚えればいいといっていたけどスパルタかと思うほど詰め込まれた。ただ、字と計算は母さんに習っていたから問題無くできた。苦労したのは貴族言葉と礼儀にダンスだった。母さんも父さんも貴族言葉を使わなかった。特に社交ダンスはまだステップすらできない。ただ一つ抜きん出て出来たのは魔法だった。


 魔法の家庭教師はお父さんの部下のロズモンド伯爵だった。


 魔法授業初日

「今日からアネット様の魔法訓練をするロズモンドと申します。魔法適正がなければ魔法は使えないので、私の真似をしてください」


 ロズモンドさんは人差し指の先に小さな炎を出し、少しずつ大きくしてスイカ程度の大きさでそのまま放り出して手前に生えている小木を燃やした。


「最初は小さくていいですから、出してください」

 私は釜戸の火を思い浮かべ、そのあとはいつか見た山火事を連想した。

 ドカーンと一発私の体ほどの炎が出てしまった。

「中止です。ここではもう火炎魔法は練習してはいけません。実践で会得しましょう」


 魔法弓はお父さんが実際に使っていたのを見ていたので、簡単に出せた。ただ大きさが弓ではなく槍ほどの大きさだったから、これも中止し、実践で使うことになった。重力魔法は超重力で人の重さを10倍増加することができた。最初の1日で十分だと言われ、属性確認をされた。全属性があるとわかり、実験的に転移魔法のことを説明されたのでやってみた。


 ロズモンド先生がいなくなった。ここはどこ?


「キャー!」

 屋根の上だった。空を見たいと思い浮かべたのがいけなかった。転移魔法は行き先を集中しないと壁の中にでも転移したらその時点で絶命すると言われた。それから訓練は転移魔法を中心に行うことになった。ロズモンド先生も転移魔法が使える者を初めて見たと言って本を頼りに熱心に教えてくれた。とても珍しい魔法らしい。


 魔法など使ったこともないしそんな素質すらなかったのに、魔法の家庭教師よりもできてしまった。全属性がある者など見たことがないと不思議がられ、お父さんに習ったことがあるか、とか詳細を聞かれたので

「父が亡くなる前に魔力回路を開いたとか言ってました」

「きっと魔力も渡されたのですね」

「魔力を私に渡したからお父さんは死んだの?」

「違いますよ。死が近いことが分かったから、まだ力のあるうちに魔力をアネット様に渡されたのですよ。でも魔法は他人の前では使ってはいけません。学校でも使ってはいけません。あなたの魔力は他の子と比べたら桁外れですから、力が安定していないのに使えば事故の元ですし、アネット様のことは他国の間者に知られたくありません。魔法は私と一緒のときだけに使うようにしてください。アネット様は宮廷魔法士として十分な能力がありますが、いずれ筆頭となる訓練もしましょう」


ロズモンド先生がいい人でよかった。


 明日から貴族学校に通うことになった。とうとう社交ダンスはうまくできなかった。魔法についてはなんとか自分の思った通り出すことができるようになった。


「お母様、今日までありがとうございます。明日から貴族学校の宿舎に行くことになりました」

「よくがんばったわね。家庭教師が言っていたわよ。勉強については教える必要がないくらい立派な成績です。マーガリータがきちんと教えたのですね。社交ダンス以外はもう貴族学校でもトップクラスですよ。ただ魔法については使ってはいけないわ。王宮から呼出があるまで使わないようにね。そうでなくてもあなたの容姿は目立つからね。男子からは注目されるし、女子からは羨望の眼差しで見られるわよ。それから全寮制といっても毎週帰ってきなさいよ。女らしくさせないために、あなたにズボンを穿かせていたエウラリオとマーガリータの気持ちがわかるわ」

「はい、週末には帰ってきます」

「私にはもうあなたしかいませんからね」


 貴族学校は完全全寮制だから侯爵邸に帰れるのは週末だけだ。


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 ◆イザベル視点◆

 エウラリオがヤメルダ王国に放っていた間者から『()でた花が枯れた』と連絡があった。エウラリオは血相を変えて『これから臨時出張に行く』と言って出て行ってしまった。枯れたということはヤメルダ王国にいるマーガリータが亡くなったのだろう。いずれ会えると思っていた。子供がいることはボリスから聞いているから、エウラリオはきっと子供と一緒に帰ってくるわね。

 私はいつマーガリータを連れてきても構わなかったのよ。でもなぜ死んだの?あなたの手紙にはもし万が一のことがっあった時はアネットを頼むと書いてあるけど、自分の口で言いなさいよ。

 マーガリータは亡くなってしまったけど、アネットはマーガリータの子供の頃にそっくりだった。きれいな金髪にブルーの瞳、項の紋章がそれを証明している。アナベルに気づかれるわけにはいかないから、髪はアップできないわね。しばらく髪も染めた方がいいわ。


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 ◆アネット担当メイド視点◆

 ボリス様がなんと小汚い平民の子を連れて帰った。エウラリオ様を迎えに行ったはずなのにボサボサの髪を後ろで束ね、ズボンは何度も補修してあるし、服も補修だらけだわ。でもこの補正はすばらしいわ。よほど腕のいい人が補修したようね。平民の私にはわかる。私も同じだったから。ボリス様が連れ帰った子をお疲れだからお風呂に入れるように言われた。ボリス様もこの子も臭う。風呂にも入らずに帰られたことなどないのに、何があったのかしら。ボロボロの服を捨てようとしたら叱られてしまった。『母親の形見だから丁寧に洗って彼女に渡してくれ』と。え!女の子だったの?風呂から上がってきた彼女は胸はまだ小さいが確かに女の子だった。


 人はこれほど化けるのかと思った。髪をカットし、化粧をすると、どこからみてもどこかの貴族令嬢ではないかと思えた。しかも美しい。子供の頃の奥様の姿絵が飾ってあるが、瞳の色が違うだけでよく似てる。


 髪をアップすると奥様と同じ(あざ)があった。気になったので奥様に知らせるとなぜか喜ばれた。痣のことは絶対に他の人には言ってはいけないと念を押された。確かに女性にとって痣は隠したい。私のお尻にもあるからよくわかる。同じ女性としてそんなことは言いふらさない。


 女の子はエウラリオ様の子でアネット様だった。

 奥様よりアネット様の髪をグレーに染めるように指示された。きれいな金髪なのにエウラリオ様と同じ色にしたいのだろうか。メイドには髪を染めていることを絶対に人に話すなと言われた。そんなこと当然よ。だって命の保証はしないと言われたもの。

 アネット様は私の妹と同じ年齢だったから親しく接してよかった。私はアネット様からこれからもずっと担当してほしいと言われた。それからの私は他のメイドから羨望の目で見られるようになった。アネット様、私は一生貴方についていきます。


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