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子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

作者: みき

読みにきてくださりありがとうございます。

 ヴァーンズと結婚して20年、6人の子育てがひと段落した。


 世界最高難度ダンジョン「神滅領域」を単独にして、歴史上唯一クリアした最強の冒険者ーーヴァーンズ・バーンズ。その功績によって男爵位を賜ったのち、冒険者を引退して領地運営に力を注いだ。


「1日5件の討伐依頼をこなし、10年以上休みの取れなかった冒険者時代に比べていくらか休みが取れると思ってた……なのに!」


 1回目の妊娠で三つ子を身籠った私は出産後、乳母やメイドの協力を得てなんとか育児をこなしつつも彼との時間を作った。しかし2回目の出産時も三つ子であったため年子6人の子育てに奔走することとなった。


 そして時を同じくして、陛下から賜った新領地は順調に開拓が進んでいたのだけど、突然の大雨による土石流、ため池の決壊、河川の氾濫という未曾有の天災に避難場所の設置、街や村の復興などなどの対応に追われることとなり、夫ーーヴァーンズも多忙の日々を送ることになった。


 あんなに愛し合った新婚の頃とはうって代わりすれ違う日々が始まった。


 それから18年……領地の復興もようやく終わりを迎え、慌ただしかった子育ても終わり、私とヴァーンズの日常に本当に久しぶりの平穏が訪れた。


「これで出会った頃の、新婚の頃のような二人だけの甘い生活が送れる」


 新婚の頃を思い出し期待に胸が膨む。


 今日はその第一歩。20回目の結婚記念日。


 いつもより華やかなドレスに身を包み、お化粧も気合を入れ、結婚式で身につけた真珠のネックレスで着飾り、ヴァーンズが好きだと言ってくれた石鹸の香りがする香水をつけ、最後に長い髪を三つ編みにしてお団子状に後ろでまとめたら……。


「うん!プロポーズされた。綺麗だと言ってくれたあの時と同じ格好!」


 私は不老であるため、見た目は歳を取らない。


 550年前に生まれ落ちたあのとき、ガラスポッドに映った虚ろな真紅の瞳とは違い、希望にひかる瞳を見つめて「よし!」と頷いた。


(どんな反応をしてくれるかしら。これまではお互いに忙しすぎてまともに結婚記念日を祝えなかったから……)


 普段は寡黙で感情表現をあまりしないヴァーンズだけど、冒険者として二人で旅をしていた頃や新婚時代はお祝いの時にはいつも「綺麗だ」と一言だけだけど言ってくれた。


「奥様。旦那様がお待ちです」


 考え事をしていたら、ドアをノックして侍女が部屋へと入ってきた。


 久しぶりの……夫と妻ではなく、一人の男と女に戻って過ごす時間を前に、彼に恋をしたあの時のように鼓動が一気に高鳴った。


「ふぅ……今行くわ」


 それを鎮めるために一度息を吐き出して、新しい空気を体内に取り入れたら、いくらか落ち着きを見せたので侍女に返事をして部屋を出た。


(はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!)



………

……



 翌日、深夜2時。


「信じられない!」


 未だ夜の闇が支配する時間。私は自室の机に向かって筆を手に、羊皮紙を殴るようにして文字を書いていた。


「離縁よ!離縁!!」


 手紙を書き終えると、バンと机を叩き、荷物をまとめたバッグを持って、


「実家に帰らせていただきます!」


 魔法の杖を使って窓辺から空へと飛び立った。






 ーーーヴァーンズsideーーー



「……」


 俺ーーヴァーンズは、執務室の窓から見える。天災から立ち直ったばかりの領都を眺めていた。


 現時刻は6時半を回ったところ。少し前に町の中心にある時計の鐘が鳴り、白い鳩がその周りを飛び去っていった。そして領地を囲む山脈から朝日が顔を出し街を照らした。


「信じられんな……」


 自分で淹れたコーヒーを飲みつつ、街を見ながら物思いにふける。


 まさか天涯孤独の身で、スラム街出身で、人相の悪さが目立ち人から避けられる存在で、ずっと孤独だった俺が、今や領地を持ち男爵になっている。


「それもこれも全て……」


 そこまで言いかけた時、


「旦那様!!」


 エミリアの侍女が慌てた様子でノックもせず部屋へと入ってきた。羊皮紙を手にして。


「た、たた、大変です!」


「……?」


「お、おお、おおお!」


 あまりに予想外のことが起きたのか、気が動転してうまく言葉が出てこない様子の侍女を見て、


「……すまん」


 彼女が手にする羊皮紙を見た方が早いと思い、一応断りを入れて半ば奪い取るような形で手紙を貰い、目を通した。そこには……


『実家へ帰らせていただきます!!』


 とだけ書かれていた。


「……エミリア」


 手紙を見ただけで、侍女が慌てている理由が理解できた。


"エミリアが出ていった"


 どんな事態だろうと命をいつ落としてもおかしくないスラム街で生き抜いた経験から慌てることはない。大抵のことはいつ何時も冷静沈着に対応できる。しかし……。


「……っ!」


 この時ばかりは違った。


 俺はしばらく放心したのちに、かつて冒険者時代に愛用していた装備を取りに武器庫へ向かった。


 部屋へ向かう間、俺のあとをついて来た領主見習いの長男ーーロドリゲスに指示を飛ばす。


「俺は母さんを迎えにいってくる。商工会、領地巡察、寄親との会合……様々な予定が入っているが」


「……」


 自分に俺の代役が務まるのか不安といった感じで萎縮するロドリゲス。俺はその丸まった背中を叩いた。


「お前ならできる……頼むぞ!」


 普段あまり会話することのない俺からの「頼むぞ」を聞いたロドリゲスは一瞬驚愕に顔を染めて俺を凝視していたが、


「お任せ下さい!父上!」


 力強く頷くと迷いなく引き受けてくれた。次に執事たちにも指示を飛ばし、装備一式を身につけた俺は屋敷をたった。


 目指すは、かつて俺だけがクリアした世界最難関ダンジョン「神滅領域」






 ーーーエミリアsideーーー



 ヴァーンズが屋敷を飛び出す2時間前。


「久しぶりの一人の時間……」


 時刻は4時。月が西の空の端っこへ移動し、東から太陽が顔をうっすらと出し空が白み始めた頃。


「最高!」


 私は実家ーー世界最難関ダンジョン「神滅領域」を目指して空を飛んでいた。


 バーンズ男爵領から北東へ2日飛んだ場所にある湿地帯ーー年中霧が辺りを覆い、太陽の光が差し込むことのない不気味な湿地帯の真ん中に、斜めに傾いた石造りの塔が佇んでいる。その建物が私の実家で生み出された研究施設で、世界最高難度ダンジョン「神滅領域」


「こんなに大きな声を出してもだーれにも注意されない〜!」


 眼下に広がる森で奏でられる風に揺れる木の葉の音、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、動物たちの鳴き声……四重奏の旋律にのせて私は叫ぶ。


「なんて楽しいのかしら〜」


 声を弾ませて……だけど、


「……」


 続く言葉が出てこない。かわりに浮かび上がってくるのは昨夜の結婚記念日を祝う席でのこと。


「……」


 緊張のしすぎで何もいえず無言で終わった。


 "綺麗だ"


 その一言がただ欲しかった。


 年甲斐もなく華やかなドレスに身を包んだのも、ネックレスで着飾ったのも……


「ただその一言が」


 あの頃の、愛し合っていた頃の二人にただ戻りたかった。


 ずっと子育てで我慢してきた『女』としての私を認めて欲しかった。


「……」


 太陽が完全に顔を出し、私の頬をつたう雫を照らした。


「……ばか」




 ーーーヴァーンズsideーーー



 世界最高難度ダンジョン「神滅領域」1階層ーーフェンリルの間。


「バゥ!」


 屋敷を出ていったエミリアを迎えに男爵領を旅立って2日、俺は王国と帝国の間にある半径30キロメートルの湿地帯を抜け、ダンジョンの扉を開いた。


 その先には円形の闘技場があり、真ん中には神話に登場する伝説上の怪物ーーフェンリルが雄々しく鎮座している。


 フェンリルは俺を見るや即座に腰を上げると


「ギャウ!」


 警戒感を露わに距離を取り、殺意全開の威嚇を放ってきた。


「……」


 その殺意は俺の肌をチクチクと刺激する。


 いっかいのA級冒険者ならこの威嚇だけで気を失い、その隙を突かれ喉笛を噛みちぎられて終わるだろう。


「ふん!」


 しかし俺にはこの程度の威嚇は通用しない。逆にフェンリル以上の殺意を持って睨み返した。


「ギャウ!?」


 すると、フェンリルは俺から目を逸らし、その身を小刻みに震わせながら地面に伏せ、恭順の意を示した。


「……」


 それからしばらく俺は地に伏したフェンリルを見つめた。


 フェンリルは普段、威風堂々と正面から戦うが、自身が敵わないと悟った相手には恭順の意を示したと見せかけ、敵が隙を見せた瞬間に襲い掛かってくる。


「よし」


 慎重にフェンリルの心の内を観察した俺は、敵意らしきものを感じなかったため、フェンリルの横を通り、次の階層に繋がる扉へと歩く。


「くぅぅぅん……」


 横を通り過ぎる時怯えた様子のフェンリルと目があった。


(悪いな)


 俺は心の内でフェンリルに謝った。


 完全な八つ当たりだった。


 もちろんエミリアの実家であるダンジョンの住人ということもあり殺したくはなかったので威嚇したのもあった。


 だけどそのほとんどは自分自身に対する苛立ちからくるものだった。


 この二日間、俺は十数年ぶりに一人の時間を過ごした。


(なんで俺は忘れてしまっていたんだろうな……)


 初めは「領主」という肩書きから一時的にとはいえ解放されたような自由感に心地よかった。


 しかし道中ですれ違った商人、冒険者、吟遊詩人など多くの者達が俺を見た瞬間に逃げるか、悲鳴をあげるか、道端へと避けるかして、皆が『俺』を恐れた。


 一人だった頃はそれが当たり前だった。が、久しぶりにそんな現実に直面した時、俺は幼い頃のように萎縮してしまい、人に話しかけることが怖くなり途中にあった村や街を避けて野宿でここまできた。


"外見であなたを避ける人はあなたの本当の良さがわからない人なの。そんな人達の言動で落ち込むことなんてないわ"


 道中はずっとエミリアの顔が浮かんだ。俺の人生を照らしてくれた、あの太陽のように眩しい笑顔が浮かんだ。


(君がいてくれたから俺は繋がりを持てたんだ)


 明るく天真爛漫な彼女の周りにはいつだって人が寄ってきた。その笑顔に当てられて多くの人が君を囲んだ。


 俺もその一人だ。人を見かけると苦手意識から遠ざけるように眉間に皺を寄せてしまっていたのに君が隣にいてくれるだけで自然と笑えた。笑い合えた。


"まだまだ笑顔が硬い!"


 って、君には注意されたけど。


(それに結婚する時に二度と君に寂しい思いをさせないって心の内で誓ったのに)


 1000年前に実在したとされる超魔法文明が生み出したとされる亜人ーーこのダンジョン最下層を守る最後の一体として君は生まれ落ちた。それから500年間、一人で守り抜いた。


 そのため普段は明るく振る舞ってるけど、本当は誰よりも寂しがり屋なのが君だ。だから時折「私を見てほしい」と行動で示すときがある。まさにそれが結婚記念日の席での事だった。


 あの時は久しぶりの二人きりでの食事に、緊張し過ぎてしまって何も気づいてあげられなかった。


(あのネックレスは結婚式でつけていた時のもの、あの香水は俺が「いい匂い」だと褒めたもの、それに髪型だって、ドレスだって……)


 自分に腹が立って仕方ない。


「……ふぅ」


 俺は次の階層への扉を開いた。




 ーーーエミリアsideーーー


 世界最高難度ダンジョンーー「神滅領域」最下層 玉座の間。


「はぁ……」


 私はダンジョン管理者だけが使用できる権能を使ってモニターを出現させて、ヴァーンズの快進撃を見ていた。


「どんな顔して会えばいいんだろ」


 バーンズ男爵領を飛び出して2日……時間が経ったことで頭にのぼった血や心のショックがやわらぎ物事が冷静に判断できるようになった。そうして冷静になった頭で今回の出来事を思い返して大きく後悔していた。


(いつからこんな傲慢になったんだろう)


 このダンジョンーー「神滅領域」で一人過ごした500年。


 生まれた時から周りには誰もいなかった。あるのはプログラミングされた魔法、生物、歴史に関する知識と玉座の間と私……それから、


"無事に生まれてきてくれてありがとう"


 という耳に残った低い声だけだった。


「……」

 

 ずっと一人ーーいつ来るかもわからない者達から「ダンジョンを守る」というインプットされた命令を忠実に守り、座してその時を待った。


 しかしダンジョンに挑戦する者はたびたびいたのだが、大抵は「フェンリルの間」で全滅し、良くて3階層まで。


「……」


 寂しい。虚しい。


 この世に生まれ落ちて500年、私は酷い孤独感に苛まれるようになった。


"このダンジョンから出たい"


 いつからかそんな願望も持つようになった。が、そう願う度にプログラムが働き、外へ出ようと動き出そうとした体の意志を書き換えて玉座の間に私を縛り続けた。


"消えたい"


 そうして私の願いは変化していった。


 なんのために生まれてきたのか、自分の存在意義が見出せない苦痛の日々ーーこんな時間が永遠に続いていつしか「感情」を失うのだろうと思った。


 だけど違った。そんな時に彼が最下層へやってきた。


 敵が現れたことで長い呪縛から開放され、生まれて初めて私は身体を動かせた。

 

「……っ!」


 その瞬間嬉しさのあまり涙がこぼれた。


「……え」


 そんな私を見て、彼は初め戸惑っていた。だけど、


 いつまでも泣きじゃくる私の元へ歩み寄り優しく抱きしめてくれた。


「ひっぐ……えぐ、、うあああ!!」


 温かかった。春の穏やかな日差しのようにじんわりとした温かさだった。



………

……



 それから泣き止むと、脳内でうるさく鳴り響いていた命令は消え去っていて、いつの間にかダンジョンの外を彼と二人で歩いていた。


 寡黙で誤解されやすいけど、誰よりも優しくて強い私を闇の世界から救い出してくれた王子様。


 彼のおかげで私は救われた。たくさんの人たちと触れ合い笑い合うという妄想するだけだった理想の世界へ私を引っ張り出してくれた。


(だけど、それがいつの間にか当たり前になって忘れてしまっていた。それに……)


 彼は出会った頃からあがり症だった。


 緊張しすぎるとなんて話していいかわからず、パニック状態になって、言葉が出てこなくなってしまう人だった。


(私があれだけ緊張してたんだから、彼だったら尚更……私以上に緊張していたに違いない)


 それを私は、、、


「私のばか」


 モニターには、4階層の真竜を倒して最下層への扉に手をかけたヴァーンズが映し出されていた。





 ーーー神視点ーーー



「ふぅ……」


 戦斧を構えるヴァーンズは息を吐き、緊張から強張った体を弛緩させ、一流の戦士だけが纏える闘気を戦斧へと集約させていく。


「はぁ……」


 一方、魔法の杖を手にしたエミリアは、ヴァーンズに向けて杖を構えると、普段は他者へ影響を及ぼさないように抑えている絶大な魔力を一気に解放した。


「……」


「……」


 互いに視線を交差させ、相手の出方を伺う。


「はぁ」


「ふぅ」


 聴覚、視覚、触覚……五感全てを研ぎ澄ませ相手だけに意識を集中する。聞こえるのは「ドッックン」とゆっくり鳴り響く自身の鼓動だけ。


「……っ!」


 しばらくの睨み合いのあと先手を取ったのは、


「龍星斬空波!」


 闘気を戦斧へ集約させ終わったヴァーンズだった。


災禍カラミディ


 半月の形をした斬撃から蛇のように蠢き進む龍へと姿を変えたヴァーンズの斬撃にエミリアは、5属性全ての魔力を込めた一撃ーー20万都市である王都を一瞬で消し飛ばすほどの威力を誇る自身最強の魔法を放った。


「消し飛べ!」


「滅べ!」


 ヴァーンズの放った龍の斬撃は意思を持つように自身へ迫る白く光る玉を飲み込んだ。その瞬間、龍の腹部が白く輝き、玉座の間を包み込んだ。



………

……



 時間を遡り、2人の攻撃が爆ぜる30分前……。


「私のばか……」


 床に当たる直前に消えた、エミリアの心奥から出たか細い声。それから少しして流れ落ちた涙が床に当たって弾けた。

 

「……エミリア」


 囁くように優しく自身の名を呼ぶ声がした。それにピクリと反応したエミリアは顔を上げた。


「ヴァーンズ……」


 そこには神話級のモンスターを相手にしたにも関わらず傷や返り血ひとつない白銀の鎧を身に纏ったヴァーンズの姿があった。


「……」


「……」


 互いの名を呼び合ったあと2人は不安げな眼差しで見つめ合うと、


(ごめんなさい)


(すまない)


 最も愛しい存在に対して、己がしてしまったことへの後悔から涙が溢れたエミリアとヴァーンズは、どんなことからも守り抜くと誓った存在を自分が1番傷つけてしまったと言う現実から目を背けるように視線を逸らし瞳を閉じた。


(ヴァーンズーーあなたはいつだってこんなわたしの笑顔が美しいと言ってくれた……なのに)


 大好きな人達に「亜人」であることを隠し偽った罪悪感から泣いてしまった夜、仲間を失ったショックから自暴自棄になってしまった日々……過去の辛く塞ぎ込んでしまった時、エミリアの側にはいつもヴァーンズがいた。


(エミリアーー君はいつだってこんな俺のことを優しいと言ってくれた……なのに)


 気持ちをうまく表現できず喧嘩別れ同然で仲間を失った夜、俺の見た目のせいで犯罪者だと間違われて街に入れなかった時……他者から拒絶され心に深い傷を負った時、ヴァーンズの隣にはいつもエミリアがいた。


「ヴァーンズ……こんなめそめそした私でごめんなさい!」


「エミリア……こんなクズな俺ですまない!」


 愛しい存在に認められた自分でいよう……想いを通わせあった時に2人は自身に誓った。だが、そんな誓いすらも破ってしまった後悔が胸中を埋め尽くし、閉じた瞳を反射的に開き謝罪した。


「ヴァーンズは何も悪くないわ!悪いのは優しいあなたに甘えすぎた私よ!」


「そんなことない!悪いのは俺なんだ!エミリアーー君は素直だから何かあったら言ってくれるからと甘えていた。でも、君は肝心な事ほど遠慮して言えないということを忘れて……すまない!」


 自身と一緒にいると不幸にしてしまうだけと思い、離れることさえ考えた。だけど、口でそう誓っても心は違った。


「……」


「……」


 想いを伝えあった二人は顔を上げると視線を交わし、


「ふふ」


「はは」


 照れくさそうに笑いあった。少し前までなんて話したらいいかわからなくて思わず目を背けてしまったのに……今は想いを伝えた事で不思議なほどに心が軽くなった。


「ヴァーンズ……あなたは自分が思っているよりも素敵で優しい人よ」


「エミリア……君は美しいんだ。うまく言葉で表現できなくてすまない。とにかく君は美しくて、俺の女神なんだ」


 エミリアはヴァーンズを、ヴァーンズはエミリアを……互いに愛しい存在だけを見つめたまま歩み寄ると、


「大好き!」


「愛してる」


 二度と離さないように。離れてしまわないように抱きしめあった。言葉だけでは表せない「愛」を伝え合うように。


「帰ろう。みなが待っている」


「ええ。みんなには悪い事をしてしまったから謝らないとね」


 二人は恋人繋ぎでボス部屋隣室ーー転移用魔法陣が設置された部屋へ向かった。


「ひ、久しぶりに手を繋ぐとなんだか緊張するわね」


「ああ……」


 子育てと政務が忙しくなってからは、すれ違いの生活が続いていた。新婚時代に二人で出かけたイージス湖でのピクニックを最後に手を繋いで一緒に歩くことはなかった。あれから年数にして約15年ぶりに手を繋いだ。


「……」


「……」


 互いに頬を赤らめて視線は足元を見つめながら、時折り横目で相手の様子を伺う。


「は!」


「っ!」


 そして視線が重なった二人は慌てて視線を逸らす。


 気まずい……でも、幸せな二人の甘い時間が流れる。


「つ、着いたわね!」


「あ、ああ!そうだな!」


 転移魔法陣の前までやってきた二人はトギマギしながらも魔法陣にトラップなどが仕掛けられていないか確認すると魔法陣へ飛び込ん……、


「……転移してない」


「……?」


 だのだが、なぜか魔法陣が作動しなかった。いつもなら対象者が魔法陣内に入ると青く発光し、目を閉じている間にダンジョン外の湿地帯に転移している。


 反応しなかっただけなのかもしれないと、何度か魔法陣の外に出て飛び込んだ。しかし、それでも魔法陣は作動しなかった。


「ちょっと管理者権限で調べてみる」


 エミリアはタブレット端末を出現させ管理者だけがログインすることが許されたアプリをタップした。


「権限が剥奪されました。管理者ページにアクセスできませんってどういうこと?」


 今までになかった出来事にタブレットを睨みつけ、首を傾げるエミリア。


「……」


 無言で腕を組み何やら考え込むヴァーンズ。


「あなた達をここから出すわけにいきません。特にあなたーー生体番号078953エミリア。創造主の命令を破り、魔法人類と手を取り合うあなたにはここで死んでもらいます」


 考え込む二人の脳内にダンジョンの機能管理を任せられているAIが電気信号を使って直接喋りかけた。


 そして間髪入れずボス部屋に、この世界で最高硬度を誇る魔法金属『アダマンタイト』を使用したミニゴーレムが20体出現した。


 その硬さはダイヤモンドと同等かそれ以上と言われ、驚異度でいったらS級モンスターであるフェンリルや真竜よりも断然うえだ。しかしそんな脅威を前にしても、


「か、可愛い!なにあれ!」


「……撫でたい」


 ミニゴーレムの愛くるしさに感動して、エミリアは興奮のあまり跳びはね、ヴァーンズは手をワキワキ。


「テレポート!」


 エミリアは短距離移動魔法を使用し、動きの遅いミニゴーレムに接近して頭をなでなで。その後、ゴーレムの拳打を避けると再びテレポートでヴァーンズの隣へ。


「ず、ずるい……」


 重戦士の鈍重さ故、触りにいけば自身の防御力を遥かに超えた致命傷を喰らってしまうため、ヴァーンズは触りに行くことができず、手をワキワキしたまま羨ましそうにエミリアを見つめた。

 

「ふふふ、魔法職の……いえ、大賢者である私だけの特権ね!それにしても見た目は可愛いけど触ると硬くてゴツゴツしてて全然可愛くなかったわ」


 そんなヴァーンズにエミリアはウインク。


「しょうがない……それより」


「ええ、おふざけもほどほどにして真面目に脱出手段を考えないと……といっても」


「ああ。魔法陣が使えない以上、手段は一つ……」


 一瞬にして真剣な表情となった二人は頷きあうと距離を取り、それぞれの武器を構えた。そして互いに闘気と魔力を解放させ武器へと集約。その後、タイミングを見計らってほぼ同時に技を放ち衝突させると、ボス部屋が白い光に包まれた。


「シールド!」


 その瞬間エミリアは、自身とヴァーンズを覆う結界を発動した。



………

……



 二人の極大の技が衝突した結果ーー直径30キロメートルの湿地帯は、昼間でも太陽の光を遮るほど濃かった霧が消え去り、地面は大きく陥没し、巨大なクレーターへと姿を変えた。


 その真ん中、少し前まで世界最高難度ダンジョンが聳え立っていた場所に、無傷のエミリアとヴァーンズがいた。


「私を、本気で殺すつもりで放ったわね……」


 難局を無事に乗り切ったことを喜びあっているのかと思いきや、先ほど放ったヴァーンズの攻撃に思いのほか本気の殺意が込められていたのを感じ取ったエミリアはヴァーンズに詰め寄った。


「あ、いや……すまないエミリア!」


 詰め寄られたヴァーンズは慌てて弁明しようとしたが、そもそも久方ぶりに全力の一撃が放てるというワクワク感から手加減することを忘れてしまったことに変わりはないため素直に頭を下げた。


「……うっそおお!」


 しかしエミリアの表情は一転して怒り顔から満面の笑みへと変わり、低く迫力の感じられた声も弾んだ声へと変化した。


「……へ?」


 エミリアの迫真の演技に呆けるヴァーンズ。


「だーかーら、うそ!冗談!久しぶりにあなたを揶揄いたくなったから本気で演技してみたの……どうだった私の演技は?舞台女優顔負けだったでしょ!」


 と、はにかむエミリアに、


「……し、心臓に悪い」


 ヴァーンズは青い顔で胸を抑えるとその場へ力なく腰掛けた。


 そんなヴァーンズの反応にエミリアは、


「にははははは!!」


 満足げに笑った。

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