断罪〜言霊令嬢と真実の愛
物語→公爵令嬢視点→第二王子視点
と移り変わります。
「シャルロッテ!只今をもって第一王子であるこのフェリックスは、貴様との婚約を破棄する!」
学園の卒業パーティー会場に金髪赤眼の第一王子フェリックスの声が響いた。会場内は一気に静まり返り、王子達の様子をうががっている。王子の隣にはピンク色のふわふわした髪に、童顔で可愛らしい顔をした平民上がりの男爵令嬢マリーがフェリックスの腕に豊満な胸を押し当てるようにしがみついていた。
「……フェリックス様、今パーティの最中です。そう言ったお話はせめて家を通してから内々にするものですわ。」
たった今目の前で名指しされた公爵令嬢であるシャルロッテは、驚いたものの表情に出す事なく至極真っ当な意見を口にした。
「ふん!そういう無表情な所も、王子である私に意見してくる所も可愛げが無くて不愉快だ!それに貴様のその黒髪黒目も不吉で気に入らん!見ろ!お前に比べてマリーは煌びやかな髪に表情豊かでいつでも私を癒してくれる!彼女のおかげで私は真実の愛を見つけた!彼女こそ運命の相手だ!」
そう言ってフェリックスはマリーを見つめ、微笑みながら髪を撫でる。
(真実の愛……薄々気が付いていたけれど、やっぱりあの時のアレは間違いだったのね!)
そんな事を考え喜びを隠しつつも、シャルロッテは反論した。
「そうですか。不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。しかし、私達は政略的な婚約でしたので、このような場で決める事ではありません。これは陛下と私の父に話を通された上で決めていく事です。」
シャルロッテの黒髪黒目はこの国では珍しいのだが、それはシャルロッテの出自が関係している。シャルロッテの母方の祖母は隣国の王女であり、隣国では王族の血を引く者の中に黒髪黒目の者が生まれる事があった。シャルロッテの母はブロンドであったが、祖母が黒髪黒目であり、この国では物珍しく見られたが、シャルロッテは黒髪黒目を気に入っていた。
そして、シャルロッテが隣国の王女の血筋を引いているからこそ、隣国とさらなる和平を築きたいと王家から打診されて婚約したのである。
「いいや!今私の両親である国王と王妃は不在のため、この私に全ての権限があるのだ!そして、ここにいる皆の者には証人になって欲しい!この女は第一王子の婚約者でありながら、町の外れにあるいかがわしい店でたくさんの男共を侍らせ入り浸っていたのである!!このような女を王妃にはできぬ!よって、貴様との婚約は破棄し、直ちに貴様には処分を下す!!またシャルロッテの悪事を見抜いたこの男爵令嬢マリーを私の婚約者とする!!」
興奮気味にフェリックスは宣言し、シャルロッテを睨みつけ、ただでさえ密着しているマリーをさらに抱き寄せた。
「フェリックス様、申し訳ありませんが私には身に覚えがございません。それにご自分に権限があるとおっしゃられましたが」
「お黙りなさい!私たまたま見ましたの!あなたがあの町外れでたくさんの男の方と穢らわしいお店に出入りしているところを!!それに黒髪の女性が出入りしているという証言もたくさん出たわ。この国で黒髪の者なんてあなたしかいないじゃない!」
シャルロッテの発言の途中にマリーが意気揚々と声を被せた。
証拠は出揃っていると2人は自信満々であり、さすがのシャルロッテも焦った。
(どうしましょう。普通に反論しても話が通じなさそうだし……)
どういう出方をすべきか悩んでいた所、シャルロッテの後ろからサッと人が出てきた。
「お待ちください!兄上!」
それは金髪碧眼の第二王子エルヴィンであった。思いがけない人物の登場にシャルロッテは顔を赤らめた。
「黙れ!エルヴィン!私に口答えするのならお前も処分するぞ!」
とても王位継承者とは思えぬ発言にシャルロッテは言葉を失った。
「いえ!無実の罪で処分を下す事などあってはなりません!」
「何が無実の罪だ!我が愛しいマリーが嘘でもついていると言うのか!!マリーを疑うなど許さんぞ!!シャルロッテはたくさんの下衆な男どもと関係している、とんだ穢らわしい女なんだ!婚約破棄は免れない!」
フェリックスは怒鳴り散らしたが、エルヴィンは至って冷静であった。
「その事ですが、1つお聞きします。マリー嬢。本当にあなたがたまたま見たのですか?」
いきなり自分に話を向けられ、マリーはたじろぎながらも声を上げた。
「な、何よ!私本当にこの目で見たんだから!この女が男の人たちと店に入って奥の個室で穢らわしい事をしてたのよ!きっと、天からのお導きよ!この女を王妃にするべきではないと私は導かれたんだわ!」
「あぁマリー。君は天の女神からも愛されているんだね。君こそ王妃になるべきだ!」
2人は手を取り合い見つめあった。
「……そうですか。ところで、あなたはなぜあのような町外れの穢らわしい店が立ち並んでいるような通りにたまたま居たんです?それにその店の奥に個室がある事まで妙によく知っている。店を調査した所、奥の個室は一見の客には分からないようにされていて、パッと見ただけでは個室があるだなんて全く分からない。まるでご自分がよく利用しているかのようですね。」
マリーはぎょっとして硬直し、フェリックスは握り合っていた手を咄嗟に離した。
「そ、それは……自分で怪しいと思って調査したんです!それに!黒髪の物が出入りしていたという証言は本物ですわ!」
可愛い顔をどんどん歪ませて醜くなってきている事も気付かずマリーは答えた。
「そうでしょうね。ところで、あなたの家のメイドを買収して調査した所、あなたの部屋からこんな物が出てきましたよ。」
そういってエルヴィンはどこに隠していたのか黒髪のカツラを持ちあげた。
「ひっ!!そ、そんなバカな!!」
「あなた、かなり家でも態度が悪いみたいですね。メイドが主を裏切るなんてなかなかの事ですよ。ちなみにこのカツラの内側にはあなたと同じピンク色の髪の毛が数本絡まっています。あなたはこれを被ってあの店で複数の男達と楽しんでいたんじゃないですか?店主にあなたの似顔絵を見せたらあなたの事お得意様だと言ってましたよ。」
シャルロッテも周りの者達もただただ息を飲むばかりであった。
「ち、違うわ!!私そんな事してない!ねぇ!フェリックス!何とか言って!!!」
マリーはフェリックスに助けを求めるが、フェリックスは先ほどとは打って変わって蔑んだ目でマリーを見た。
「さ、触るな!穢らわしい!お前よくも私を騙したな!その辺の男達が抱いた女をこの私が抱いていたなんて!なんて汚いん」
「そこまでだ!!!!」
会場に威厳に満ちた声が響き、フェリックスは急に背筋を伸ばし固まった。
会場に国王と王妃、シャルロッテの両親である公爵夫妻、王立騎士団がぞろぞろと入って来た。
「ち、父上、母上、明日までご不在のはずでは?」
フェリックスが怯えながら尋ねた。
「あぁ、そのつもりだったが、エルヴィンから馬鹿共がとんだ愚かな行為を目論んでいると聞いて早めに帰ってきたのだ。最初から全部聞いておったぞ!この大馬鹿者が!!!」
フェリックスもマリーも顔面蒼白となった。
「まずシャルロッテ嬢、非礼を詫びる。このような愚か者がそなたの婚約者とは最早認められないであろう。隣国との和平の為とそなたを巻き込んで悪かった。シャルロッテ嬢とこの愚者フェリックスの婚約は解消とする!」
「そんな!待ってください父上!」
つい先程まであれ程シャルロッテとの婚約を破棄したがっていたフェリックスが騒ぎ立てた。
「お前は本当に大馬鹿者だ!自分のした行為がどのような事か分かっておるのか!ワシは隣国との和平のために公爵当主に頼んで隣国の王家の血を継ぐシャルロッテ嬢とお前の婚約に漕ぎつけたんだ!そのシャルロッテ嬢を無実の罪で断罪だと!?そんな事になったら我が国は攻め入れられ滅亡するだろう!!フェリックス!国を揺るがしかねない騒ぎを引き起こした罪は大きいぞ!それに、私たちが不在なだけで王子ごときに全ての権限はない!!国は王族で成り立っているのではなく、たくさんの者達に支えられて成り立っているのだ!!!王子ごときが独断専行で断罪を行おうとした罪も重いぞ!!お前と、そこのお前にはこれから行われる緊急議会で処分を決める!連れて行け!!」
国王はフェリックスとマリー2人に目をやり、王立騎士団達がフェリックスとマリーを捕まえて連れ出そうとした。
「ま、待ってください、父上!!離せ!私は王子だぞ!!」
「そんな!私何も悪くないわ!その女が!その女がそもそも悪いのよ!!!」
2人はギャーギャー騒いでいたが、誰も相手にされる事なく会場から姿を消した。
「ところでエルヴィン。2人の悪事を察知しシャルロッテ嬢を、そして国を救った今回の功績を讃えて褒賞を授与しよう。考えておくよ」
「でしたら陛下!ぜひ私にシャルロッテ嬢との婚約をお認めください!!」
国王の言葉を遮り、エルヴィンは国王に願い出た。
「そ、それは…おほん!シャルロッテ嬢はどうお考えかな?」
今日初めてにこりと微笑んだ国王はシャルロッテ嬢を見つめる。当のシャルロッテはあまりの展開に「あ、あの…」と言葉に詰まった。
「シャルロッテ、待って!僕から言わせて欲しい。……一目見た時からシャルロッテの事が好きだった。叶わない恋と分かっても僕が目で追うのはシャルロッテだけだった。心の底から君だけを愛している。どうか、どうか僕と結婚をして欲しい。」
エルヴィンはシャルロッテの方を向き、最後に跪いて手を差し出した。
シャルロッテは夢を見る事さえ憚られたエルヴィンからの申し出に涙を流し、よろしくお願いしますと声を震わせエルヴィンの手を取った。
わー!!!
会場内に学生達の歓声があがる。
「シャルロッテ嬢が承諾するのであれば、王家としても嬉しい限りである。なぁ、公爵?」
「えぇ。私たちはエルヴィン王子の方が良いと最初から申してましたけどね……」
旧知の仲である国王に、公爵家当主はぼそりと嫌味を言ったが国王は知らんぷりである。
「聞き入れた!今この瞬間より2人の婚約を許そう!最後にここに居る学生諸君、卒業パーティに泥を塗り大変申し訳なかった。近々エルヴィンとシャルロッテの婚約パーティが開かれるであろう。皆の者もぜひ参加してくれ。今回の詫びと言ってはなんだが、王城選りすぐりシェフ達の自慢の料理をご馳走しよう!」
学生達はそれぞれ、わー!きゃー!と喜び叫んでおり、その喧騒の中、エルヴィンとシャルロッテは見つめ合い幸せに包まれていた。
★★★
公爵令嬢として生を受けたシャルロッテは、いつからか、自分が声に出した願い事がよく叶う事に気が付いた。
遠い町でしか売られていない人気のお菓子が欲しいと言えば、夕方に訪問されたらしいお客様がお土産でくださった。
珍しい品種のお花があると知って、見てみたいわぁと言えば翌朝目覚めるとなぜか私の部屋に飾られていた。
極め付けは、メイドとどんな宝石が好きかおしゃべりしていた時に、私はブルーサファイアが大好きだからいつか欲しいわ、と言えばそれ以降なぜかブルーサファイアがあしらわれたネックレス、髪飾り、そしてドレスまで国一番の高級なお店から送られてくるようになった。
もちろん全ての願いが叶うというわけでは無かったが、それでもシャルロッテは自身の言霊に次第に恐怖を感じていた。
(もしかしたら寿命を削って願いが叶っているのかもしれないわ。実は知らず知らずに精霊、ううん、実は悪魔と契約してるとか……)
それ以降、シャルロッテは自分の願いを口に出すのは極力避けた。
しかし、ある日両親と観劇に行き、真実の愛で幸せになる話に感動を受け、つい口走ってしまった。
「私も運命の人と真実の愛で結ばれて幸せになりたいわ」と。
その直後、なんと第一王子フェリックスとの婚約が決まったのである。
フェリックスとは幼い頃から交流があり、第一印象から最悪な相手であった。
なんでお前みたいな地味なやつと交流を持たないといけないんだと嫌味を言い、自分は第一王子だから何でも手に入るんだと傲慢であった。
逆に隣に居た第二王子のエルヴィンはとても優しくいつもシャルロッテを気遣ってくれた。
(何で。何でフェリックス様なの。私が好きなのは…ううん。婚約が決まった以上もう考えてはダメ。それにきっとフェリックス様が私の運命の相手でいつか改心されて真実の愛で幸せになれる日が来るはずだわ。)
それからというもの、フェリックスからのどんな罵声も嫌味も、シャルロッテは聞き流し続け王妃教育に没頭した。
さすがに男爵令嬢マリーと恋仲になった時は一言申したが聞き入れてもらえず仕方ないと割り切った。しかし、王城の使われていない部屋からフェリックスとマリーが乱れた服装のまま出てきた所を見てしまった時は、さすがのシャルロッテもこんな男が運命の相手なのかと嘆いた。
そんな時、とうとう結婚が迫ってきた卒業パーティでなんとフェリックスから真実の愛を見つけたと婚約破棄を言いつけられた。
(やっぱり、あの時の言霊は間違いだったのね!)
フェリックスが自分の運命の相手でない事に喜びながらも、話の通じないフェリックスとマリーに困っていた。
そこへ第二王子のエルヴィンが出てきたのである。怒涛の展開に息を飲み、いつでも自分を助けてくれるエルヴィンへの、心の奥底に押さえ込んでいた気持ちが溢れた。そしてエルヴィンが跪き愛の告白をされた時は感動して涙を流した。
抑え込み気付かないふりをしていたエルヴィンへの真実の愛に幸福を感じたシャルロッテは、緊急議会に被害者として参加し、
「真実の愛はとても幸福な物です。フェリックス王子もマリー嬢も真実の愛故に婚約者である私が憎かったのでしょう。たとえ身分が剥奪されようともどうかお2人のご結婚だけは認めてあげてくださいませ。真実の愛を切り裂くのはとても可哀想な事です。」
と進言した。
本来ならフェリックスは生涯幽閉、マリーは処刑も考えられていたが、シャルロッテの提案に、他の者達はこっちの方がある意味罰が重いかも知れないと考え直した。
そして審議を重ねた結果、フェリックスは廃嫡、男爵家もそうそうにマリーとの縁を切ったため、フェリックスとマリーは平民となり、強制的に2人は結婚させられた。
フェリックスは平民となった事も、不特定多数と関係を持っているマリーと結婚させられた事も到底受け入れられず、またマリーは平民から運良く男爵令嬢になり次は王妃の座を狙っていたはずが、平民に逆戻りしてしまい、2人は罵り合いの大喧嘩ばかりしているとは、シャルロッテは知る由はない。
★★★
初めて会った時はまだお互い幼かったが、それでも一目見た時からエルヴィンはシャルロッテに釘付けだった。
兄のフェリックスがシャルロッテにどんな嫌味を言っても、シャルロッテは一瞬顔を歪ませながらも凛とした表情を保つよう努力していた。その健気な姿にますます惹きつけられ、エルヴィンの幼い恋心はシャルロッテの願いを何でも叶えてやりたいという形で表現された。
シャルロッテが遠い町のお菓子を欲しがれば、急いで買いに走り、公爵家へ持って行くも恥ずかしくて自分からだとは内緒にしてもらいそそくさと帰った。
珍しい品種のお花が見たいと聞けば、夜通し探して見つけ出し、朝方公爵家へと持って行き、やはり自分からだとは内緒にしてもらった。
その頃にはシャルロッテ以外の公爵家全員が、エルヴィンの味方となり、エルヴィンの恋を応援していた。
そして、シャルロッテのメイドからシャルロッテがブルーサファイアが好きだと聞いた時には、自分の目と同じ色が好きだと言われたようで大歓喜した。そして王室御用達の店から髪飾り、宝石、ドレスと、ブルーサファイアがあしらわれた物を送った。自分の色を纏わせているシャルロッテはまるで自分の婚約者のようでとても幸せだった。あの日までは。
国王から第一王子フェリックスとシャルロッテの婚約を聞いた時は地獄へと落とされたようだった。
シャルロッテはあまり願いを口に出すことはしなくなり、王妃教育に邁進していた。
そんな時平民上がりの男爵令嬢とフェリックスの恋仲を知り、シャルロッテを苦しめる2人を許せず、2人を監視させるようにした。
そうすると、マリーは黒いカツラを被って怪しい店へ出入りしており、一瞬でシャルロッテを嵌めるつもりだと気付いた。さらに2人の動向を監視し続けた結果、国王と王妃不在の卒業パーティを狙ってシャルロッテを断罪しようとしているではないか。
(これはもしかするとチャンスかも知れない。)
そう思い、事前に調査を済ませ証拠も手に入れ、国王には早く帰ってくるよう伝え万全の体制で卒業パーティに臨んだのである。
婚約後も、なかなか欲しい物や願い事を言わないシャルロッテを問い詰めると、実は…と僕が叶えてきた願いが言霊だと信じて、それは悪魔との契約かもしれないと言われた時は飲んでいた紅茶を吹き出した。
そもそも、お菓子の願いも花の願いも僕と2人きりのお茶会の時に発言していたし(フェリックスはこんな事時間の無駄だとすぐさま帰ったので)、ブルーサファイアは僕の目の色だし、何と無く僕からだと気付いてくれたら良いなと思っていたのだが…。
それでも、僕が知らなかったシャルロッテの「運命の人と真実の愛で結ばれて幸せになりたい」という願いも結局は叶っており、案外言霊もあるかもなと心の中で思った。
僕から真相を聞いたシャルロッテは、どうして言ってくれなかったの!!と怒ったが、照れながら口を尖らせている様子があまりにも可愛くて、
(これはまずい。結婚まで我慢、結婚まで我慢。)
と悶えた。
その後エルヴィンの催促で早急に2人は結婚し、すぐに子供にも恵まれ幸せに暮らした。
子供が生まれたときに言ったシャルロッテの、
「この子やこの先の将来の子供たちがみな運命の相手と真実の愛で満たされますように」
という言霊のせいか、それともエルヴィンの一途な恋心の遺伝のせいか……。王族が運命の相手との真実の愛で満たされる事はこの先何百年と続き、そして1人の少年が奔走するのはまだまだ先の話。