17.誘導しても問題ないよね?
「やりたいことッスか?」
「そう。夢とか目標とか。憧れとか、……そういうモノは無いの?」
慰めの言葉をかけたところで宿利ちゃんはきっと前を向くことはできない。なら、無理矢理にでも前を向かせる話題にすることが重要。
ここを逃すと状況が落ち着いて考える時間ができちゃうからね。その時にはきっと色々なものを失ったことでネガティブになっちゃうと思う。だからそうなる前に、感情が落ち着く前に、僕はできるだけポジティブな要素を宿利ちゃんに植え付けておきたい。
「……今は特に思いつかないッス」
「そうなの?じゃあ、どうやってこれから過ごしていくの?」
「……分からないッス」
うぅん。暗いね。これをポジティブな方向に持って行くのは骨が折れそうだよ。でも、こういう心のケアも大事だからね。しっかりとやっておかないと。
経験者が1人でも明るく過ごせていたら、他の被害者にも良い影響を与えられるかもしれないから。
「……じゃあ、攫われる前は何がしたかったの?」
「攫われる前。……私、何がしたかったんスかねぇ」
宿利ちゃんは遠い目をする。攫われる前のことは辛い思い出になってるかもしれないからあんまり踏み込みたくなかったけど、こうなったら仕方ないよね。このままネガティブになるって分かりきってる道に進ませるよりは少しでも希望がある方を選んだ方が良い。
「……小学生の頃はお花屋さんになりたいとか言ってたッスけど、かなり前にそうは思わなくなったッスし」
「ふぅん。お花屋さんねぇ。……今はそうなりたいと思わないにしても、花が好きだったりはしないの?」
「花ッスか?……嫌いかどうかも分からないッス。暫く花なんて見てないッスから」
なるほど。確かに見る機会は無いよね。ずっと監禁されていたみたいだし、現物を見るのは難しいかぁ。そうなるとこの方面からのアプローチは難しいかな?
他の所でポジティブにして、そこから花にも馴染ませてポジティブな感情を加速させるくらいの使い方しかできないかも。
他の所から攻めるとなると。
「じゃあ、嫌なことは何かな?これから先、こうなるのは嫌だとか言うのはある?」
嫌なことと言うネガティブな話になってしまう。でも、これからの話の展開によっては効果が出るよ。ネガティブに言ったことがをポジティブな話で払拭することができれば。
「また攫われて実験道具にされるのは嫌ッスね」
「ふむ。なるほど。……と考えると、手っ取り早いのは攫われても問題ないように力をつけること、でいいかな?」
「力をッスか?」
首をかしげる宿利ちゃん。力をつけるなんて言われてもよく分からないよね。
「さっきの男の子は怪物になっちゃったけど、宿利ちゃんもあの子と同じくらいの力を持ってるって事でしょ?怪物にならずにそのまま力を使えるようになったらかなり凄いと思うんだけど」
「それは……確かにそうッスね」
僕の言葉に宿利ちゃんは頷く。そして、宿利ちゃんは気付いてないけど、他の3人は目を見開いて僕を見てるよ。僕の言葉が予想外だったんだろうね。
ただ、変態主人公君もたぶん怪物になって死んじゃったから、神道家が人員を欲してると思うんだよ。
「今心理状況的に人に頼ることが難しいかもしれないから、自衛できるのは精神安定にも繋がるんじゃないかな?」
「そ、それはそうかもしれないッス」
宿利ちゃんが頷く。宿利ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ。だから、
「実はそういうのを学ぶのに良さそうなところがあるんだよ。そこで生活できるようになるにはまだ少し時間が掛かるかもしれないけど、宿利ちゃんさえよければそこに住んでみない?」
「え?あ、その……頷いてしまいそうッスけど、えぇ~……君の掌の上で踊らされてる気分ッス」
えぇ~、というのは、不満の声ではない。僕の名前が思い出せずに悩んでる声だよ。結局思い出せずに君呼びになったけど。
「ふふっ。気のせいじゃない?……まあ、そう思うならそれでも良いよ。それなら僕にだまされてみない?自衛はできるようになると思うよ……あっ。後、僕のことは目覚君って読んでね」
「目覚君ッスね?了解ッス。……でも、騙されてみたいとは思わないッスね。目茶苦茶怪しいッス」
そうかなぁ~?こんなに可愛い僕が言ってるのに、怪しいとは思えないんだけど。こんなにピュアな見た目してるのに。見た目はもの凄く純粋そうなのに。
「怪しくないよぉ~。そこの美春ちゃんも暮らしてるところだから、安心安全だよぉ」
「ん。美春さんも生活してるところッスか。そう言われてしまうと頭ごなしに怪しいというわけにも……」
難しい顔をする宿利ちゃん。その顔を見ながら、僕はニコニコと微笑む。実に無害そうな笑顔だろうね。
このまま押し切れるかと思ったんだけど、
「でもぉ、そこで自衛の手段を手に入れた割にはぁ誘拐されちゃったんだけどぉ」
「ちょっ!?美春ちゃ~ん。言わないでよぉ。折角押し切れそうだったのに。……それに、まだ美春ちゃんは鍛え始めてから1月も経ってないじゃん。そんな簡単に強くなれると思わないでよ」
美春ちゃんを神道家が引き取ったのが7月の初め。そしてまだ7月の中旬になるかどうかと言うところ。引き取られてから1月経ってないんだよ。というか、半月も経ってない。
「押し切れるとかかなり腹黒いこと考えてるッスね。……悩むッスね。美春さんので考えが変わったわけではないッスけど、ちょっと今躊躇してるッス」
「くぅ。良い感じだったのになぁ。……もう少しアピールしようか。宿利ちゃんは研究対象として攫われるくらいだから、相当その力が強いと思うんだよね。だから、引取先でも優遇されると思うんだよ。良い待遇が受けられると思うよ」
「ふむ。それは魅力的に聞こえるッスね。良い待遇って言うのがどれくらいか分からないッスけど、確かにアタシは攫われるくらいッスからね。相当力も強いんスよね」
宿利ちゃんの考えを承諾の方に傾けられた気がする。更にアピールした方が良いかな。
「でもぉ、変態がいるよぉ。先輩達の下着を被るくらいのぉ」
「うぇ!?」
美春ちゃんの言葉で宿利ちゃんの表情が変わる。そして、僕が睨まれるよ。僕のことだと勘違いしたのかな?
……いや、この睨みはなんて言うところに入れようとしてくれたんだって非難する目かな。
「いる、じゃなくて、いた、じゃないかな?あの子も怪物になってるはずだから、もう殺されてるんじゃない?」
「あぁ~。そういえばそうだったねぇ。じゃあ変態は消えたのかぁ。……うん。これから安心して暮らせそぉ」
満足そうに笑みを浮かべて、美春ちゃんは大きく頷く。変態主人公君が消えて喜んでると言うことかな?自業自得ではあるけど、可哀想な変態主人公君。安らかに眠って欲しいね。
「……死んだことを悲しまれないほど変態だったんスか。逆に興味があるッスね」
「えぇ?何ぃ?変態の話が聞きたいのぉ?」
宿利ちゃんが変態主人公に興味を示したみたい。ここまで嫌われるほどの変態がどこまでの変態って言うのも気になるのかな。それを聞いた美春ちゃんが思い出して嫌な感情がまた出てきてしまったという顔をしながら語り始める。
「私はお姉ちゃんとも一緒に暮らしてるんだけどぉ、学校の前に制服でご飯を食べてると変態はわざと箸を落としたりして屈んでぇ、お姉ちゃんのスカートの中を覗こうとしたりするのぉ」




