16.伝え忘れてても問題ないよね?
「……あっ。目覚君に先輩達!」
「ああ。さっきの人たちッスか」
僕たちが車まで戻ると、美春ちゃん達に呼びかけられた。ヒロインちゃんはまだよそよそしいね。べつにお近づきになりたいわけではないからそれでも良いんだけどさ。
「2人ともどう?少しは落ち着いてきた?」
僕は今の気分を尋ねてみる。ちょっと時間が経ったし、少しは落ち着くと思うんだよね。
……と、思ったんだけど、
「いやいやいや。落ち着いて考えたら逆によく分かんなくなってきちゃったんだけど!」
「そうッスね。ここの人たち、研究の時に人類では敵わない最強の怪物を作り出すとか言ってたんスよ。それこそあの子が怪物になっちゃったときとか凄い強そうだったのに……なのに、なんで普通の人間みたいな人たちで倒せたんスか?わけ分からないんスけど」
2人とも感情が落ち着いたら今度は理性の部分が混乱してきたみたい。確かに、怪物化した主人公君を僕が集めた人たち数人で殺せたのは意味が分からないよね。僕もゲームをやってた身からすると、本当にあれが主人公君なのかと疑ってしまう。
……と、主人公君主人公君言ってるけど、元葵南ちゃんの許嫁な主人公君の方と分けた方が良いよね。どっちも主人公君って呼んでたら混ざりそう。
と言うことで、1の主人公で元葵南ちゃんの許嫁を変態主人公。2の主人公で僕たちに殺されちゃったのを早退主人公。と呼ぶことにするね。由来はあんまり気にしないで。
「ええと。色々聞きたいことはあるけど、先に自己紹介しておこうかな。僕は小川目覚だよ。よろしくね」
ヒロインちゃんに詳しい話とかを聞く前に名乗っておく。それに続く形で、
「私は四ノ原明里だよ」
「私は神道葵南だよ。よろしくね」
「ん~。私も名前言ってなかったねぇ。私はぁ、桜田美春だよぉ。よろしくぅ」
3人が挨拶する。ヒロインちゃんは急に4人に自己紹介されてなめが覚えられないかもしれないけど、
そこはゆっくり知っていって欲しいかな?僕としてはこのヒロインちゃんの名前を間違えて呼ぶ前に名前を名乗って欲しいだけだから。
「ア、アタシは梅雨宿利ッス。よろしくッス」
2のファン(ごく少数)からは雨宿りちゃんって呼ばれてるよ。1番早退主人公君とは関わる時間が長いキャラだったはず。じっさい、美春ちゃんの前から早退主人公君と一緒に実験体にされてたみたいだからね。
「じゃあ早速質問させてもらうね。宿利ちゃんは自分の家とか分かる?あるなら返してあげることもできるけど」
「……親は殺されてしまったッス」
僕の質問に、宿利ちゃんは目を伏せる。その時のことを思い出したのか、服を掴む力が強くなって、体を震わせてる。やっぱりここの実験をしてた人たちは実験対象の親を殺して子供を引き取ったりしてたんだろうね。美春ちゃんと風花ちゃんの親も……。
「そっか。じゃあ、どこにも行くところはないのかな?」
「無いッス。私を引き取ってくれようとした人も、いつの間にか消えてしまっていたッスから」
宿利ちゃんは悲しげに笑う。自分に関わったばかりに殺されてしまった人たちを思うと、そんな顔をしたくもなるよね。分かるよ。
「じゃあ、身分の証明とかはできる?」
「……分からないッス」
僕の予想だと、おそらく難しいと思う。誘拐されて親も殺されて、警察関連にも捜索願とか出てないんだろうし。
学校とかがどう対応してるかは分からないけど、十中八九何もしてないと思うな。そこも魔の手が伸びてると思うし。
「そっか。じゃあ、そこはこっちで調べておくね。……とりあえず、今日は僕たちの所に泊まる?場所の提供だけならできるけど」
「それならお願いするッス」
僕の家に宿利ちゃんが泊まることが決まった。流石に明里ちゃん達みたいに押し倒すのはできないかな。宿利ちゃんの場合、実験を受けた影響で体がどうなってるかとか分からないし。もしそういう行為をしたのがトリガーになって体に異変が起るのはあり得ない話じゃないし。
とりあえずそういうことで決まったから、
「葵南ちゃん。今日からしばらくは明里ちゃんと同じように過ごしてね。しばらくは普段の過ごし方禁止だから」
「……うぅ。分かりました。我慢します」
宿利ちゃんの前でペットの姿を見せるのは非情にマズい。宿利ちゃんが僕のそういうことの相手になるならともかく、まだどうなるか分からないからね。
こればかりは葵南ちゃんも納得するしかないようで、頷いて貰える。ただ、がっくりと肩を落としてるね。明里ちゃんが慰めてあげてるよ。……ん?今、ここで我慢すれば後でもっと激しいことをして貰えるとか言う単語が出てきた気がするんだけど?き、気のせいだよね?
そんな僕たちの様子を見て首をかしげるのが宿利ちゃんと美春ちゃんの2人。
「何か隠すことがあるのぉ?」
「へ、変な趣味があったりするんスか?」
2人はそんな質問を。宿利ちゃんの考えは間違ってないよ。アレもある意味趣味ではあるんだよね。僕は詳しいことは言わず、
「まあそんな感じだね。葵南ちゃんのためにも詳しくは聞かないであげて」
「「は、はぁい(ッス)」」
2人は何かを察した様子で頷いた。決して僕が笑顔で出してた圧が怖かったわけでは無いと思うんだよ。決して、ね。
ただ、なんだか2人の顔が引きつってるみたいだから話題を開けてあげよう。
「美春ちゃんが今日どこで過ごすことになるかは分からないかな。ごめんね」
「い、いやぁ。大丈夫だよぉ。助かっただけで十分だからぁ」
僕は美春ちゃんに謝っておく。神道家の屋敷は壊れちゃったし、もしまた襲われたら警備の面で心配だしね。どこで生活することになるのやら。下手なホテルに泊めるくらいだったら壊れた神道家の方がマシかもしれないけど……って、そういえば。
「風花ちゃんに連絡するの忘れてた」
「「あっ!」」
僕の言葉に、明里ちゃんと葵南ちゃんも声を出す。2人も忘れてたみたいだね。風花ちゃんは相当美春ちゃんを心配してたし、今も連絡を待ってるはず。
急いで救出が成功したことを伝えないと。僕はスマホを取り出して電話をかける。すると、1コールも終わらないうちに、
『はい!もしもしっ!美春は見つかったの!?』
風花ちゃんは電話に出て、僕に問いかけてくる。かなり焦りのこもった声で、僕の耳が刺激される。僕は攻撃に近いことをされた耳を押さえつつ、スマホを美春ちゃんに渡す。
「……あっ。もしもしぃ?お姉ちゃぁん。私だよぉ。美春だよぉ」
『美春!助かったのね!……良かったぁぁぁぁ』
心の底からそう思ってるのだろうことが伝わってくる声。今はスピーカーモードにしてないはずなのに僕の方まで声が聞こえてくる。
かなり鼓膜が痛くなりそうだけど、美春ちゃんは笑顔でスマホを耳につけて話をしてる。その様子を見ながら小声で、
「あの~。どなたと話してるんスか?」
宿利ちゃんが電話の主を尋ねてくる。美春ちゃんがお姉ちゃんって呼んでたけど、それだけで断定はできなかったのかな。
「風花ちゃんって言う、美春ちゃんのお姉ちゃんだよ。僕に美春ちゃんの救出をお願いしてきた子だね」
「へぇ。お姉ちゃんッスか……家族がいるんスね」
そう言って、宿利ちゃんは複雑そうな表情を浮かべる。悲しみのような嫉妬のような。そんな感情が。
宿利ちゃんは家族を殺されちゃってるからそんな感情にもなるよね。同じような境遇だと思ってた美春ちゃんに家族がいると分かれば。
そんな宿利ちゃんに、僕は慰めの言葉はかけない。そして、美春ちゃんの詳しい境遇を教えることもしない。
ただ、
「……宿利ちゃんは、やりたいこととかある?」
僕は宿利ちゃんに未来を尋ねた。




