第八話「妖の正体」
川上陽子は恐ろしげに、
「い、痛いんですかあ?!こわい!!」
「馬鹿、お前の人生に関わる問題なんだろう。多少の痛さは我慢しろ。それとも、このまま帰るか?」
陽子は急に引き締まった顔つきになって—
「いいえ。はい、私、我慢します。耐え抜きます。厄祓い、始めて下さい。」
「わかった」
とだけ言って、善太郎は手に持っている木刀に意識を集中させた——
「地獄のものとも、天のものとも区別がつかない妖よ、今、この青龍刀により、姿を見出せよっ、ハッ!」
善太郎は陽子の背中を思いっきり木刀、青龍刀で叩いた!
「ぎゃあああッ!!!」
痛い、という前に、陽子は妖に意識を乗っ取られていた。
妖は陽子の姿のまま、しゃべり出した—
『ほう、我を暴き出すとは、貴様、中々やりおる。して、何の用かな?』
善太郎は毅然として——
「その子は生まれた時から最近まで後方から視線を感じて後ろを振り向けなかったんだ!そして友達に相談して医者に診てもらっても問題がないと言われた。そして、今度は前方を向いているのに後ろの席のクラスメイトの子に視線を感じる、と言われ、絶望して、この若宮司、三笠善太郎のいる赤津神社まで訪ねてきたって訳だ。この奇妙な現象、お前のせいだろ!全く関係ない、とは言わせないぞ!」
妖は———
『我はデウス。神だ。そう、確かにこの子に起こる異常な現象の一部は我のせいじゃ。だが、“我”は一人じゃない、複合体なのじゃ。それは、もう一人の人格、“サタン”が我の背中に眠っているからじゃ。』
「サタンは起きてないのか?」
『貴様が背中を叩いたよな?あの聖なる木刀で。その神聖なる一撃で、一時的に気を失っている。だから我もサタンのことを今は大っぴらに話せる。』
善太郎は一呼吸おいて——
「それより、この子の異常は一体どんなメカニズムで巻き起こっているんだ。それを言え。」
『いいか、我、デウスとサタンは複合体、と言ったな。この子、川上陽子の体の正面は、我、デウスが執り仕切っているが、背面、後ろに関してはサタンが執り仕切っている。この、川上陽子が前を向けば、そこには前が見える。視線も前方へ行く、当たり前だ。しかし、後ろには悪魔、サタンが後ろに向かって前を向いているので、その、クラスメイトやらは思春期の女子特有の鋭敏さでサタンの視線を感じたのだろうよ。川上陽子が昔から後ろを振り向けなかったのは、サタンの存在に直感から恐れを抱いたからであろう。』
「わかった、わ〜かったよ。要はその、今は気を失っているサタンっていうやつが全部悪いんだな?出ていってもらうことは出来ないのかい?」
『善太郎、貴様が最初に我らを呼び覚ますのに使った魔術、ちんけなものだったが、全く効かなかったといえば嘘になる。だから、さっきので我とサタンはそれなりに苦しかった…。しかし、陽子の背中に∞(無限大)を表したのは我ではなく、サタンの独断だ。お前の言った通り、サタンはお前を挑発していた。そして、貴様がサタンを、いや、今はまあ、我と一心同体なのだが、を追い出す方法が一つある。』
「なんだ?」
『その∞(無限大)を思いっきり、木刀で叩くことだ。一度でいい。さあ、サタンが気を取り戻す前に、さぁ、急げ!」
「わかった!行くぞォ!」
「サタン!どっか行けえ!!!」
善太郎が思いっきり振りかぶった青龍刀は、陽子の背中の∞(無限大)へと向かって叩きつけられた———