第四幕:3年前(2)
父上から、いきなり婚約者が出来た、と聞かされた。
俺には付き合っている人がいる。その人と結婚したい、そう懇願すればただ一言。「王命だ」 と。
王命。
国王陛下からの命令。
まさか。
俺みたいな領地持ちでもない子爵家の子息の婚約を何故陛下が命じるんだ。俺は、王命の一言を軽んじた。もう、婚約している、と聞かされて撤回するのは出来ないとも父上が言った。だから。
婚約破棄を宣言すれば、きっと大丈夫、だと根拠のない自信が有った。
奇しくもその頃の流行の恋愛本や恋愛劇が、第三者が居る前での婚約破棄モノで、真実の愛が尊ばれていた。だが、それは物語の中だから。だからこそ、尊ばれているのだ、と、何故、俺は気づかなかったのだろう。
そして、格上の伯爵家で開催されたパーティーで、伯爵家に迷惑をかけるわけにはいかない、とリカーラを連れて伯爵家の外で突きつけた婚約破棄。此処まではうまく行っていた。……そう思っていた。
爵位返上。家族全員で平民に。リカーラ一家は家も店も無くなり国外追放。
王命、の一言を軽んじた俺が引き起こした未来は、その恐ろしさを目の当たりにした。
慣れないながら平民として仕事をし、両親との復縁は有り得ず、最初は住まう所も金が掛かってしまうために教会に身を寄せていた。やがてきちんとお金を得て、安い平屋を借りて住むようになった頃には、少しだけ酒を飲む事も覚えた。
安酒でも1杯だけ。
それ以上は金に余裕が無い。
リカーラ一家が居なくなり、父上と母上から見放されてからどれほどの月日が経っただろう。5ヶ月か6ヶ月か、もっと後か……。そんな頃、またその飲み屋に入った。
「なぁなぁ。あの店が潰されて国外追放になった理由聞いたか?」
そんな店は、そういくつもない。リカーラ一家のことか、と耳を欹てる。
「聞いたさ。あれだろ、どこかの貴族の坊ちゃんの所為だろ?」
「そうさ。リカーラちゃんに目を付けて、恋人になってくれ、と言ったらしいぜ」
「なんだよなぁ。リカーラちゃんは、既に好きな男が居ただろう」
「居たけど、片思いだったから上手く言えなかったみたいだぞ。そんで友人として、付き合っているつもりだったのに、気付いたら、その貴族の坊ちゃんの婚約破棄に巻き込まれたとか」
「うっわぁ……。リカーラちゃんにしたら、迷惑じゃないか」
「それをお城から来た役人に話したら、その好きな男と結婚を許す代わりに、この国から出て行く事が条件になったらしいよ。で、その好きな男の親も一緒に着いて行ったらしい。王様も、自分が命じて婚約させたのに、貴族の坊ちゃんが命令に逆らって勝手に破棄したから、切っ掛けを与えた以上、リカーラちゃんと家族にも罰が必要だったんだってよ」
「成る程なぁ。確かに王様の命令に逆らうなんて罰は必要だよなぁ。リカーラちゃんもオヤジさん達も可哀想に」
「だよなぁ。貴族の坊ちゃんの勝手で国を出されちまったんだもんなぁ」
俺は、平民2人のその会話を聞いて、グッと色々な言葉を呑み込むと共に、腹に何か冷たい塊が乗ったような重さを感じた。
俺は恋人だと思っていたけど、リカーラは、違っていたらしい。そして、好きな男と結婚は許された。
……はっ。俺ってバカだな。
恋に浮かれていて何も見てなかったんだな。リカーラの気持ちさえ。
だけど。平民にすら知られている今回の騒動。
それだけ国王陛下の命の重さを国民に知らしめている?
抑の話。
なんで、俺の婚約が国王陛下の命だったんだろう。
俺は愚かなことに、ようやくその疑問を抱いた。
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次話は幕間ー現在ー①です。