第三幕:5年前
今更ながらに1話目、開幕に現在を足しました。
「イタッ」
背後から女の子の声が聞こえて来て振り返った俺は、躓いて転んだらしい同い年くらいの女の子を見た。膝が丸見えで一瞬恥ずかしかったが、その膝から血が出ているのを見れば、恥ずかしいなんて言ってられなかった。慌ててその子に駆け寄りハンカチを差し出す。手を出して尻餅をついている彼女を立ち上がらせると痛みに顔を顰めた。
「痛そうだな。歩けるか?」
うん。と痛そうに笑う。周りに果物が落ちている所から彼女の物だろう、と判断して紙袋に入れてそれを持ったまま、手を貸して彼女のペースに合わせて彼女を家まで送り届けた。雑貨店兼家だという。
これがリカーラと俺の出会いだった。
貴族街より平民街をウロウロしている方が好きな俺は、それから数日経ってリカーラと再会し、お礼と言われて歪な形のクッキーを貰って食べた。
女の子からのプレゼントなんて、それが初めてで。
それが嬉しかった俺は、多分、恋に落ちたのだろう。
それからリカーラの店に行ってみて、ちょっと品物を買って。いくらか会話をして。
そこから遊びに行く約束をして。
数回遊びに行ったところで、俺は
ーーああ、俺はこの子が好きなんだ。
そう気付いて告白した。
リカーラは少し悩んでた。なんでも好きな男が居るらしくて。だから俺は、試しに付き合ってみよう、と条件を出した。どうしても合わないなら、その時は別れようって。
強引だったけど、初めて好きになった子だったから、諦めたくなかった。
リカーラは困ったように頷いた。
「友達、からね」
友達であって恋人じゃない。
そういう事みたいだけど。俺は友達から恋人に直ぐに昇格出来ると思っていた。
事実、デートの約束をしてもリカーラの家の店まで行っても、リカーラは断らなかったから。
俺は恋人に昇格したと思った。
「ジル?」
ある日リカーラが貴族街に居た。
「リカーラ、どうしたんだい?」
「そこの男爵家の令嬢様からウチの店の品を注文を受けていたから届けに来たのよ。ジルこそ、貴族街で何をしているの?」
「買い物だよ。父上が使用している羽根ペンのインクが切れてしまったから急いで買いに来たところさ。いつもなら執事に頼むか切れる前に父上が買いに行くのだけど、今、執事が風邪をひいて家から出られないし、父上は王城から登城要請が有って買いに行けなくなってしまったから、頼まれたんだよ」
俺は俺の当たり前を話したつもりだった。でも。リカーラは顔色を真っ青に変えた。
「ジル、あなた……貴族だったの?」
そこで初めて、俺はリカーラに素性を明かしていない事に気付いた。
「ああ、うん。領地の無い子爵家なんだ」
「そんなっ……ジルはお貴族様だったの⁉︎ す、すみませんでした。そんな事情も知らなくて。あ、あの、お咎めは……」
「お咎め? なんで? リカーラに話さなかったのは俺だよ? リカーラは何も悪くないだろう?」
「そ、それはそうかもしれないけど……。でも、お貴族様だったなんて……」
「お貴族様だなんて。そんな言い方はしなくていいよ。俺とリカーラの仲じゃないか」
「そ、そうなの? そう言ってくれるならいいけれど……」
リカーラは困惑した表情を浮かべながら、俺とリカーラの仲、という言葉に納得してくれたよう。
いくら恋人同士でも、確かに俺の素性を話しておかなかったのは俺の失敗だ。リカーラには悪い事をした。だけど、ここで話せたのは良かったかもしれない。
こうして俺とリカーラの間に隠し事が無くなり、俺達は益々仲を深めていった。
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次話は3年前(2)です。