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第一幕:1年半前(1)

時系列にご注意下さい。

「ええと。新聞配達は終わった。この後は朝食を摂ったら一眠りして、港で荷運びか」


 俺は、今日も仕事に精を出す。始めた頃は、はっきり言えば「何故俺が平民のように働かなくてはならないんだ!」 と不貞腐れていた。それでも渋々ながら働いていたのは、父上から怒り混じりに母上から涙混じりに懇々と諭されたからだった。






「これ以上、私達を失望させないでくれ。少しでも怠けようものなら、平民でのんびり生活どころか、大国の借金奴隷に売り飛ばす!」


「父上、そんな冗談でも言っていい……」


「冗談なんかでは無いぞ! 私は本気だ!」


 これは、父上の怒りが本当だ、と理解出来てしまった。それならば黙っているしかない。その上、母上はずっと泣きっぱなしだ。仕方なく、本当に仕方なくだが、父上に逆らう気概無く、俺は地道に平民として働くしかない、と諦めた。






 あれから1年半。早起きが出来なくて、最初は怒鳴られっぱなしだった新聞配達も今では雇い主から褒められるようになった。父上のように文官を目指していたから、重たい荷物など持った事も無かった俺は、最初のうちは港での荷運びが重たくて箱を落として怒鳴りつけられていた。割れた中身の分を給金から引かれて、思ったよりも給金が少ない時も有った。でも今はだいぶ慣れて1人で持てるだけの荷物を落とす事は無い。







 人間、慣れればどうにかなるのだ、と知った。




 マイスル子爵家は、俺の所為で爵位を返上することになった、と父上に怒られていた俺に、泣きながら母上が告げて来たことが少なからずショックだった。何故。

 何故、メイデルとの婚約を破棄した()()()で、爵位返上なんて事に……。爵位を返上したら貴族では無くなる。父上と母上も平民になると言うのか。


「私達は、国王陛下自らが結んで下さった婚約の話を勝手に破棄したのだ。それが息子の失態ならば親も責を取るのは当然だろう」


 母上の話にショックを受けていた俺に、父上が溜め息を吐いて力無く告げる。


 国王陛下自らが結んで下さった婚約? そんな事俺は……()()()()()何故領地も持たない下位貴族の子爵家程度の婚約に国王陛下自ら……


「お前、あれ程、この婚約について説明したと言うのに、まさか忘れていたのでは有るまいな⁉︎ 国王陛下に逆らうなど、本来なら爵位返上とお前の廃嫡及びお前の貴族籍剥奪では済まされない事態。それなのに何故引き起こした、と思っていたのだが、まさか、忘れていたのか⁉︎」


 父上は呆然としているだろう俺の顔を見て、まさか、といった表情で問い詰めて来る。確かに婚約の話の時に説明はされた気がするが、抑、父上が婚約の話を持ってきた時には、俺はリカーラと出会っていて付き合っていたのだ。だから婚約なんて出来ない、と言った俺に


「恋人と別れろ、なんて父上が言うから。俺は悪くない」


 俺が不貞腐れてそう言えば、父上は大きく本当に大きく失望の溜め息を吐き出して


「まさか、我が子がこんなに愚かだったとは思わなかった。どこで教育を間違えたのか。もう、いい。親子の縁は此処で切る。お前がどれほどの罪を背負ったのか理解も出来ていなければ、その重みも解っていない者に掛ける言葉など持たん。寧ろ、それだけ無知ならば、罪の重さも理解出来ない代わりにその重さで潰れる事も無いだろう。

 今、お前との縁は全て切れた。あの平民の娘と結婚しようが、別の娘と結婚しようが、私達には関係ない。好きに生きろ。但し。お前は必ず働け。お前が背負った慰謝料代は、借金のようなもの。給金の時には慰謝料代を差っ引いて支払われるだろうから、きちんと働けよ」


 その父上の忠告が、両親との別れの合図だった。








 それから、本当に両親と別々になるなんて誰が思うだろう。初めのうちは、親子の縁を切った、と言いながらもそのうち許してくれるだろう……と思っていた。その時にまた怒鳴られても嫌だから仕事に出始めてみた。

 そこで初めて気付いた。

 この国の成人年齢は18歳。

 貴族の子息・子女はそれまで子どもである事が許される。だが、平民は14〜15歳、早ければ12歳くらいで親の手伝いではなく働きに出て家計を助ける。成人していないのに、大人のように働き出すのだ。


 1年半前の婚約破棄宣言の時は、学園生だった。

 貴族の子息・子女が通う学園は通う年齢は決まっていない。大体12歳〜14歳くらいの子息・子女が入学。17歳〜19歳くらいで卒業。年齢がバラバラなのは、学費の問題だ。

 で、俺は13歳で入学し、成人を迎える18歳で卒業予定だった。現在俺は18歳。何も無ければ学園を卒業していた頃で、同時に大人の仲間入り。

 だけど平民は成人していなくても既に働いている年齢だったからか、俺と同じ年齢くらいなのにしっかりしていた。


 俺は子どもだった。


 呑気だったんだ。子爵家の嫡男でも領地が無いから経営する事も無いし、守るべき領民も居ない。

 文官になるための最低限の教育を受けただけで、俺は自分がこれだけ勉強を頑張っているから大丈夫、と根拠の無い自信を持っていた。簡単に文官になれる、と思っていた。

 学園に入っても下から数えた方が早い成績なのに、向上心などまるで無くて。卒業出来ればそれでいい、と思っていた。だって必要最低限の学力が有れば文官になれる、と思っていたから。


 本当はそれだけではなく、知識を増やし1人でも多くの人間と交流して文官になれた後も仕事で苦労しないよう、自分で何とかしておく必要が有った。知識が増えればその分だけ出来る仕事も増える。人と交流する機会が多ければ、文官になってから何か困りごとが起きた時に手助けしてもらえる。

 そんな簡単な事も想像出来ないで、よく大丈夫だ、とこれだけ努力しているんだから問題無い、と思えたものだ。今となっては、恥ずかしい。


 でも、平民になって働き始めてようやく努力というものを知る。


 新聞配達一つとっても、手早く配るコツを考え、港の荷運びもどうすれば重さを感じないように運べるか、そう考えて試してみて、結果が出る。それが努力だ、と。

 それが努力ならば、俺の今までは努力した()()()でしか、無かった。



















開幕は現在。本話は開幕から1年半前です。

次話は3年前(1)となります。


お読み頂きまして、ありがとうございました。

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