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閉幕:1年後

「ええと? 何かお探しですか?」


 黙ったままの俺にその女性はまた問う。


「父を探しています」


「まぁお父様を。どのようなお方ですか?」


 だいぶ砕けた話し方だが、それでも平民にしては随分と丁寧な口調。ーーきっとそれは、元貴族だから、じゃないだろうか。一度しか見たことない元婚約者だから、もう顔は覚えていない。それは元婚約者も同じだと思う。俺の顔など覚えていないだろう。


「俺は、ジル。元マイスル子爵家の嫡男だった」


 驚いたように目を見開き、ジッとこちらを見る彼女。この反応は間違いない。元婚約者だろう。何も言わない彼女に俺は、知らないフリをして続けた。


「父は元貴族のマイスル子爵。それからこちらには、元ビッセル子爵とそのご令嬢であるメイデル嬢がおいでになる、と聞いている。お嬢さん、この3名をご存知ないだろうか」


 俺は真っ直ぐに彼女を見て答えを待つ。

 自分がメイデルだ、と名乗るのか。それとも他人のフリをするのか。そのどちらでも俺は構わなかった。


「……おりますわ。3人とも。事情は何となく聞き及んでおります。お会いしたいのですか?」


「はい。謝りに来ました。今更なのは重々承知。謝ったからといってそれが受け入れられるとも思っていないし、許されるとも思っていないのです。ただの自己満足と思われる事も解っていますが、ケジメだと思っているのです」


「ケジメ、ですか」


「はい。恥ずかしながら貴族の義務も責任も理解しておらず、己の気持ちばかりを優先し、メイデル嬢だけでなく、俺の両親もメイデル嬢の家族も、そして好きだった女性も。皆の人生を狂わせました。王命の重みすら理解出来ていなかった愚か者ですが、月日が流れて周りを見渡し、世間を顧みて王命の意図を知り、己の浅はかさを突きつけられました。それを告白し謝る事で過ちを客観的に認めて生きていくケジメを付けたい、と」


「そのケジメは結局のところ自分勝手では?」


「そうでしょう。間違いなく自分勝手です。こんなところまで来て今更な事だと言われても当然。それでも。ケジメを付けたくて勝手に来ました」


 反論することもなく、相手の言い分を認めても、それでも言う事が有ると理解してもらうために言葉を紡ぐ。


「あなたは……ジル様は変わられましたのね」


「変わったのかどうかは、俺は分かりません。メイデル嬢がそう思ってくれるのなら、そうなのかもしれない。メイデル嬢、あの時は、すみませんでした」


 本当に謝りたい。本当に感謝している。そういう時、人の頭は自然に下がるものなのかもしれない。

 俺はスッと頭を下げる。


「謝罪は受け取ります。……人は変わらないもの、と勝手に思っていました。でも、あなたは変わられましたね。私もまだまだ思い込みで人を見ているみたいです。……ジル様のお父様と私のお父様の所へ案内します」


「ありがとう」


 長い長いレールに沿って歩いて行ったその先に。日焼けしたのだろう、真っ黒な顔の父上を見つけた。しかもなんだか体格も良くなっている。……鉄の塊を運んでいるのなら、どちらかと言えば白い肌にほっそりとした父上もがっしりとした体格になるのかもしれない。

 そんな事を考えていると、父上が俺に気付いた。目を丸くして口も大きく開けて。俺が手を上げると、弾かれたように立ち上がってこちらにやって来る。間近で見ると、本当に父上は変わった。


「父上、最後まで愚かな息子ですみませんでした」


 開口一番、そう口にして。今までの生活を話す。無為に毎日を過ごしていたこと。何一つ反省していなかったこと。何が悪いのか理解していなかったこと。ビッセル元子爵に会ったこと。そこから色々と調べて自分がいかに愚かなのか知ったこと。母上に会ったこと。雇い主や仕事仲間に自分のことを話したこと。ケジメとして謝りたかったこと。生きることは難しい、と知ったこと。


 とにかく、次から次へと話していく。いつの間にか元ビッセル子爵が側に来ていた。2年半前に会った時よりも日焼けして力瘤が出来た逞しい腕を組みながら。


「正直、お前は愚か者のまま、人生を過ごしていくとばかり思ってた。何度も何度もどこで育て方を間違ったのだろう、と嘆き悲しんだ。お前に殺意すら沸いた。お前を殺して自分も死ぬ方が良いのか、そんな事すら考えた。どんなに愚かでも可愛い我が子だからな。1人で死なせるわけにはいかない、と思って。……だが、人は変われるのだな。ジル。父は、生きていて良かった……と心から思うよ」


 泣くのを堪えているのか、鼻声になりながら父上が言う。ああ、この言葉だけで此処に来て良かった、と思う。俺は父上に子殺しなんて親不孝をさせなくてよかった。それから、ビッセル元子爵を見る。


「謝罪は不要だ。それだけ変われた事で、反省している事を理解した。娘が……メイデルが、君を案内して来た時点で、君が変わった事は解ったしな。久しぶりの親子の再会だ。水を差すような事はしない」


 ビッセル元子爵に頭を下げる。父上は目を潤ませて俺の頭を撫でた。いつぶりだろうか。

 互いの日々の暮らしについて話すだけでも時間が過ぎて行く。だが、どんな時間も終わりが来る。


「もう、休憩が終わりだ。ジルよ、良く来てくれたな。母上に元気で居てくれ、と伝えて欲しい」


「必ず」


 名残惜しく父上が俺を振り返りながら仕事へ戻って行く。父上にもビッセル元子爵にもメイデルにも会えた。心置きなく王都へ帰れる。俺はホッとして来た道を帰ろうと踵を返す。そこには、メイデルが居た。


「メイデル嬢」


「遠いところ、来て下さりありがとう」


「……いや。俺が愚かでなければ、抑こんな事にはならなかった。お礼を言われるのは違う」


「……過去は過去です。もう覆らない。でも、あなたはそこから目を逸らすのをやめましたから」


「……では、礼は受ける。俺もありがとう」


「いいえ。……その、もしご存知でしたら」


「君の母上と兄上のことか?」


「はい。手紙は貰いますし、偶に王都へ会いに行きますが。やっぱり気にかかって」


「それは解る。俺の所為で離れ離れにしてしまい、すまない。先日お会いしたが、お元気だったよ」


「そうでしたか! ありがとうございます」


「いや。……メイデル嬢」


「なにか」


「もし、良ければ、手紙のやり取りを頼みたい。俺は父上の事を知りたい。メイデル嬢に父上の事を教えてもらえれば」


「ご自分でお父様にお手紙は出したら……」


「父上に、改めて手紙を書くのが恥ずかしいんだよ」


「まぁ。ふふふ。そういう事でしたら請け負います。ではジル様は、王都の様子を教えて下さいな。お母様とお兄様からの手紙は元気なことや此方を気遣う文面だけですから」


「請け負った。これから、よろしく頼む」


「こちらこそ」


「それと、俺はもう平民だから。ジル、で良い」


「分かりました。ジル。では、私もメイデル、と」


「うん。メイデル、またな」


 頷くメイデルに国境までの手紙の出し方を教えてもらって手を振って別れる。


 可愛らしく笑うメイデルにドキッとしたのは確かだ。


 何を考えているんだ、と自分に呆れながらも俺は、メイデルと手紙のやり取りが出来る事に心が弾む。


 1年前の俺はメイデルに謝る事すら烏滸がましいと思っていた。傲慢かもしれない、とも。

 それでも過ちを認めてケジメを付けたかった。だから必死に金を貯めて此処まで来た。来て、良かった。


 帰ったら母上に父上の様子を話そう。

 王都での流行や話題を仕入れてメイデルに教えてあげよう。

 仕事仲間や雇い主に話をしよう。

 また金を貯めて国境へ会いに行こう。

 ーーそうして俺はまた自分に目標が出来た。

 急がなくていい。人生は長いのだから。












お読み頂きまして、ありがとうございました。


何を以って元さやと言うのか。と思われるでしょうが、抑この2人は、元さやになるような関係性が出来上がっていないので、元さや(?)というわけです。

これからこの2人がどうなっていくにしても、人生は長いのです。

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