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第八幕:1年後

 母上から父上の居場所を教えてもらってから1年。仕事をきちんと務め上げ、俺は国境に行くまで……そして帰って来るまでの旅費を貯めた。1年前、父上の居場所を聞くついでに、元ビッセル子爵令嬢の行方を尋ねてみる。知らなくても仕方ない、と思いながらだったが、母上は聞いてどうする、と返して来た。謝りたい。でも受け入れてもらえるとは思ってない。抑謝らせてくれるとも限らない。でも、知りたい。


 そう言葉を募らせた俺に、母上は渋々教えてくれた。


 俺を止められなかったから、と、自ら望んで父上達と同じ国境へ行った、と。か弱い女性に俺の罪を背負わせて、俺は何も理解していなくて。

 ああ、だから元ビッセル子爵は俺にあれほど怒っていたのか、とようやく理解した。


 俺は本当に何をしているんだろうな。

 情けないが泣く資格も無い。は、はは。……なんて自身を嗤っている場合でも無い。

 とにかく金を貯めて国境まで向かう。それだけの気持ちで1年を過ごして来た。人間、目標が出来ると今までとは違う自分になれるのだろうか。気合いも違う。力の入り具合も違う。仕事の効率も違う。生活習慣も違う。……無為に毎日を過ごして来た。どうせ働いても慰謝料に消えるんだ。必要最低限だけで良い、なんて甘ったれたことを考え、手元に残った僅かな金は安い酒に消えて行き、偶に美味い物や娼館へと消えた。


 でも。

 何の交流も殆どしなかった彼女が、貴族の義務を果たせなかった、と進んで罪を被ったというのに、そんな無為に毎日を過ごしてなどいられなかった。先ずは娼館へ向かう事を止め、美味い物を食べる事も止め、安い酒を飲み歩く事も止めた。

 仕事は言われた事以外をやらなかった生活から、言われなくてもやる仕事へ変わり、他に雇って貰えるのなら短期の仕事も入れて、とにかく金を貯めた。


 周りからは顔つきが変わった。態度が変わった。生き方が変わった、と言われ。雇い主が俺の背中を叩いて褒めるようにもなった。同時に雇い主には事情を話してある程度金が貯まったら国境へ向かうから、その時が来たら休みが欲しい、と願い出た。……荷運び仕事の雇い主も新聞配達仕事の雇い主もゴミ拾い仕事の雇い主も快く承諾してくれた。

 きっと国王陛下に命じられた政務官経由で俺の事は聞いていたのだろうに。

 この時、やっと一人前として認めてもらえた、と思ったが、後々聞いてみたら雇い主達は「やっと半人前になった」 と思ったらしい。……一人前はまだまだだそうだ。


 とにかく、働いて働いて。やっと往復の旅費を貯めた俺は雇い主達一人一人に頭を下げて休暇をもらった。仕事仲間も俺が詫びに行かねばならない人が居る、と聞いて、快く送り出してくれた。平民になってからの方が人に恵まれた、と思う。俺は彼らを守る立場にあった人間なのに、その義務を果たす事を放棄した。今は、だからこそこうなっている、という現状を受け入れられている。国境に旅立つ前に母上に会って国境に向かう事を告げた。父上に何か言伝てが有れば聞く、と。


 どうか身体に気をつけて欲しい、と伝えて、と言われて俺は頷く。両親を離れ離れにしたのは俺。ビッセル家を離れ離れにしたのも俺。平民として暮らしてきて思う。働くのは大変だし、良い事ばかりじゃない。なんだったら喧嘩に巻き込まれて怪我をする奴とか、財布を狙われて一文無しになる奴とか、そんな事は日常的で。

 それでも。

 男も女も家族と共に生活していく日々を楽しそうに、生きている。笑ったり泣いたり怒ったり。そして全力で生きている。何故なら流行病で死ぬ事も、仕事の怪我で死ぬ事も、いつも何かが隣り合わせだから。


 夫が、妻が、父が、母が、子が、友が、恋人が。

 いつも居るとは限らない。


 その脆さにきっと平民の方が理解していて。だから毎日を精一杯生きている。俺は、その生活を守るための立場に居たのに、貴族として人々を守る事の大切さを解っていなかった。でも、婚約破棄を告げた元婚約者も、他の貴族家も、その大切さを理解していた。俺が出来る事は詫びる事くらいで。それを受け入れてもらえるかどうかは、相手次第で。


 でも、何も出来ない俺だけど、それを何もしなくていい言い訳には出来ない。


 馬車を乗り継ぎ、徒歩でも動き続けて国境にようやく着いた時には、正直、足が痛んだし疲れは酷いし倒れ込みたかった。そんな弱音を吐いている暇はなくて。先ずは父上を探そうと周囲を見回せば、なんだかよく分からない鉄の塊が目に入った。それも長くて細い形状。よく見れば、ずっと向こうからずっと向こうまで、とにかく長く続く。


 ーーこれがレールというやつだ。


 なんとなく確信する。そのレールに沿って歩いて行けば、きっと父上に会えるはず。そう思うものの、着いた安堵か、足が酷く重たい。どこが休める所はないだろうか、と思いながらも足を止めるともう動かないような気がして、止まる事も出来ない。


「こんにちは。……ええと、何かお探しですか」


 女性の声が後ろから聞こえて振り返る。多分、俺がキョロキョロと辺りを見回していたからだろう。振り返った先には整った顔立ちで小麦色の肌をした年若い女性が、居た。














お読み頂きまして、ありがとうございました。

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