第七幕:現在
あの記事を読んでから、俺は少しずつ少しずつ、元ビッセル家の人達の行き先を探していた。仕事に行き、仕事仲間に元貴族の平民についての情報を尋ねたり、スクラップブックを貸してくれた新聞社の受付の男性に、元ビッセル子爵家のその後を尋ねてみたり。
仕事仲間の大半は知らない、という返事だったが、俺が真剣に探している事を知って、そこから知り合いに聞いてみる、と話が広がる。新聞社の男性は、元貴族サマが働ける場所なんて限られているだろうから、と心当たりのある所をいくつか確認してみる、と約束してくれた。
そうして少しずつ情報を得た結果。
俺の母上とビッセル元子爵夫人は孤児院で子どもたちの面倒を見ていること。ビッセル元子爵子息は、王都内でゴミ拾いをしていることが判った。父上とビッセル元子爵と元婚約者の行方は分からない。1年半前にビッセル元子爵に会ったのは、おそらく偶然だったと思われた。そうでなければ、行方が分からないなんて有るわけがない。
取り敢えず、俺は母上が居るだろう孤児院を訪れる。
と言っても王都内に孤児院が5つ有るので、一つ一つ訪ね回るしか無いだろう。
1年半前に、“王命”による婚約の真意を知ったからには、これ以上家族を失望させたくないので、仕事をきちんと終えてから、休みの日に1箇所ずつ回る。4番目で訪れた孤児院に、ビッセル元子爵夫人を見つけた。会うのは婚約を締結した日以来で、最初は誰か分からなかった。元貴族の女性が居るか孤児院で訊ねたら、紹介されたのがこの方で、母上ではない、とだけ思ったのだが。
向こうは俺を覚えていたのだろう。
俺に敵意を持った目を向けて来て。ようやく相手が誰か悟った。
「もっと前に謝っておくべきことだったのに、何も理解していなくてすみませんでした。俺は……私は、家族だけでなく、あなた方の家族の人生まで狂わせました。申し訳ない事をした、と悔やんでおります」
「謝罪は、今更だけど。受け取っておくわ。2度と顔を見せないで頂戴」
「はい」
許されるとは思っていない。だからと言って謝らないのは傲慢だ。間違ったことは間違ったこととして、それを認めて詫びる。本当に反省したのかどうかは、その先の俺の生活態度なのだと思う。
真面目に生活する態度をどこかで知ってもらうくらいしか反省していることを教えられない。
いや、俺のことすら気にかけたくないだろうから、そんなことも知りたくないだろうし、反省していようがいまいがビッセル元子爵夫人には関係ないだろう。
それでも。それでも、俺はもしかしたら10年後とか30年後とか。もっと先かもしれないけれど、ビッセル元子爵夫人が俺を気にかける気になった時、恥ずべき生活を送っているわけにはいかない。だから俺は頭を下げて彼女の前を辞した。
まだ、日が高いから王都内にある最後の孤児院を訪ねてみよう。母上はそこにいる可能性が高い。
「母、上」
「ジル……何故此処に来たのです」
窶れて髪にも艶が消え去り手がカサカサとしたその女性を見た時、何とも言えない思いを抱いた。
ああ、これが、俺の行った事の結果なのだ、と。
「母上。許してもらいたいわけでは有りません。ただ。ようやく、ようやく“王命”の意味をきちんと理解したのです。また、何故“王命”が下ったのか、も」
「……全ては今更です」
「はい。愚か者があなたの息子という悲しさを与えてすみませんでした」
心を入れ替えた、とか。そんな大層な事じゃない。その意味を知れば自然と言葉が出て来ただけ。俺がもっと愚かで例えばリカーラを国外に追いやった事に対して、国王陛下を恨んでしまっていたのなら。そんな気持ちを抱く奴だったなら、きっと“王命”の重さにも気付かなかったし、両親に謝ろうとも思わなかったし。ビッセル元子爵夫人にも謝ろうとしなかっただろう。
こんな母上の心情に少しでも寄り添えるような言葉さえ出てこなかったと思う。
俺は母上に頭を下げながらそう思った。
「ジル……」
母上の涙声に気づきながらも、俺は頭を下げ続けた。
「ジル、少しだけまともになったようですね」
ややして下げ続ける頭の上に声が降る。まともになれたかどうかは分からない。
「何も理解しようとせずにすみませんでした」
「もう、今更だけど、それでもあなたは可愛い我が子ですから。……身体には気をつけて頑張りなさい」
「はい。ありがとうございます。あの」
「なぁに」
「父上は」
母上を訊ねたのは、その事も知りたかったから。
「レール設営で国境付近へ向かいました」
母上の言葉に、父上は俺の失態は父親の責任として、国王陛下に頭を下げて下さった。俺はあれから3年経ってようやくその事実を知った。
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