開幕:現在
「メイデル・ビッセル子爵令嬢との婚約を破棄する!」
俺は、3年前のこの時が一番絶好調だったと思う。そして、一番愚かだった。……いや、もしかしたらこれ以上に愚かな事が有るかもしれない……が、有って欲しくないから、やっぱりこの時が一番愚かだっただろう。
メイデルが一瞬だけ悲しそうに表情を歪め……でもそれは本当に一瞬だった。見間違いだ、と思うくらい、全然表情は動いていない。この時、見間違いなんて思わずにいたら、俺の未来は今とは違っていただろうか。
ジル・マイスル子爵令息という身分を得ていた俺は、貴族籍から除籍されるなんて、この時は全然知らなかったんだ。この時の俺の傍らには婚約者のメイデルじゃなくて、恋人のリカーラがいた。リカーラは平民だから家名が無い。俺とメイデルは貴族でも領地を持たない子爵家同士。所謂政務を司る政務官の貴族の家柄だった。俺は嫡男でメイデルとの婚約は政略的なものだと知っていたが、理解はしていなかった。
だからだ。
貴族籍から除籍されたのは。
政略というものを理解している今は、自分がどれだけ愚かだったのか解るが。
もう、今更だった。
本当に、その後の事が……未来の事が見えていたら、いや、予測がついていたら……メイデルだって巻き込まれずに済んだのに。
メイデルの人生さえも狂わせた、なんて、俺は全く知らなかった。
神に懺悔しても。
メイデルには謝れない。
謝る機会を得ていたのに、その機会を棒に振った。
それからメイデルの人生を狂わせた事を知っても、今度は謝る機会も与えられない。……当たり前だ。
俺だって、知っているだけで、理解していない奴から謝罪も無く見下されれば、憤るし二度と会いたくないって思うだろう。
俺はいくつも間違えた。
あの婚約破棄宣言から3年。
たった3年。もう3年。
メイデルにとってはどちらだろう。きっと“たった3年”の方に違いない。
俺の抑々の間違いは……
きっと最初からだったに違いない。
貴族の“義務”と“権利”
コレを真に理解していなかったから、俺は廃嫡されて。除籍されて。平民なんだ。
そして、メイデルは俺のやらかしを受けて、俺に人生を狂わされたんだ。
それなのに、婚約破棄宣言から1年と半年。久しぶりに会ったメイデルに、俺はよくあんな言葉を投げかけられたと思う。
メイデルは俺を平手打ちにでもする権利が有ったのに、彼女は無視した。優しさ、だと思ったけれど。それから更に1年と半年経った今は、寧ろ無視をされる事こそ、罰なのかもしれないな。
結局愚かな俺は、漸くメイデルの気持ちを理解しようと、今更ながらだが此処の所考えだしていた。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
あまり長くならない予定です。(予定)