☆3
しばらく行くうちに、お月さまを厚い雲がおおいはじめました。
雲は強い風に吹かれて、どんどん大きくなっていきます。
やがて、お月さまの姿は完全に見えなくなってしまいました。
雨です。
海面に叩きつけてくる雨の音が、水中をつらぬくみたいに伝わってきます。
波が高くて、潮の流れも乱れてきて、うみほたるちゃんとチビほたるちゃんは、離れないようくっついているのがやっとです。
そのとき。
いちだんと高い波が、ふたりの体をひっくり返して、またもや乱暴にひっくり返しました。
でも、波をおこしたものは、嵐ではありませんでした。
ホホジロザメです。
ホホジロザメは、それはそれは大きくて、全部でどれくらいの大きさなのか、見わたすこともできないくらいです。手当たり次第に相手におそいかかるので、海のみんなに恐れられています。
ウツボもアカエイもこわかったけど、サメとはくらべものになりません。
うみほたるちゃんは、すくみあがりました。悲鳴はこおりついてしまい、光ることさえできなくなってしまいました。
もう、だめ。
うみほたるちゃんは、ついに、こう思いました。
なんとかがんばってきたけれど、もうだめ。わたしの力は、やっぱりここまで。
ごめんね、チビちゃん。
あなたを守ってあげられない。
うみほたるちゃんは、チビほたるちゃんの小さな体を、思わずぎゅうっと抱きしめました。
すると、チビちゃんの思いがけないあたたかさが、うみほたるちゃんの胸に伝わってきました。
そのとき。
あら?
と、うみほたるちゃんは思いました。
ちょっと待って。
こわくて動けないはずなのに、わたしはちゃんと、チビちゃんのことを抱きしめている。
嵐の海のただなかで、頭上にいるのは、大きな乱暴者のホホジロザメ。
そんなときでも、わたしの腕は力いっぱい、チビちゃんのことを抱いている。
この力は、いったいなあに?
こんな力が、どうして出るの?
それはね。うみほたるちゃんが、おかあさんだから。
おかあさんは、赤ちゃんをだっこするだけの力を、かならず持っているものだから。
たしかに、ちっぽけなうみほたるちゃんの体では、こわいサメや大波に、かなうはずはありません。
でも、大きなものにかなわなくても、小さなものを抱きしめるには、おかあさんの腕がちょうどいい。
その証拠に、ぎゅうっとしてもらったチビちゃんは、ほっとした顔をしているではありませんか。
自分の中のすてきな力に、やっと気づいたうみほたるちゃん。
ちょっと元気がわいてきたので、気を取り直して、もう一度だけ考えてみることにしました。
どうすれば、ふたりでおうちに帰れるかしら。どこに向かって、進んでいけばいいかしら?
考えて。あきらめないで、やってみて。
よし、こっち!
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うみほたるちゃんたちが、めざしたところ。それはなんと、こわいサメの背びれのかげでした。
そんなところに行ってしまって、大丈夫?
きっと、大丈夫。どんなにサメに近づいたって、サメから見えさえしなければいいんですからね。
ちっちゃなふたりだからこそ、できることかもしれません。
サメからけして見えないように。荒れた波が、ほんのちょっと静まるときをのがさずに。流れにまかれないように。
気をつけて、気をつけて。
やった。なんとかたどりつきました。
黒くそびえる背びれの端っこを、うみほたるちゃんはつかみます。こわさをこらえて、必死になってつかみます。
この背中にくっついていけば、もしかすると、おうちの方向に行けるかも。それが、うみほたるちゃんの考えついたことでした。
ホホジロザメは、思ったとおり、嵐の中でも迷子になっていないようです。高い波もへっちゃらで、ゆうゆうと進んでいきます。
うみほたるちゃんとチビほたるちゃんも、サメといっしょに進みます。
ゆうゆうでも、へっちゃらでも、ありません。水の流れが激しくて、振り落とされてしまいそう。手がもぎ離されてしまいそうです。
あ。いまごろになって、やっと体が光り出しました。
嵐の海のまんなかで、サメの背びれにくっついた青い光が、星のように輝いています。
明るい青と瑠璃色と、よく見ると星はふたつの光なのですが、重なりあってひとつになり、北極星みたいにまぶしく輝いています。
と、その北極星が、ふいに流れ星に変わりました。
波の間を、すごいいきおいで流れていきます。
でも、流れていたって、青い輝きは消えません。
むしろ、流れながら、どんどん明るさをましていくようです。
がんばれ、うみほたるちゃん!
負けるな、チビほたるちゃん!
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うみほたるちゃん、うみほたるちゃん。
なつかしい声に呼ばれた気がして、うみほたるちゃんは、目をあけました。
すると、すぐ目の前に、会いたかったパパほたるくんの顔がありました。
パパほたるくんのうしろには、たくさんの仲間たちの姿もあります。
やさしくおだやかな波が、体を包みこんでいます。
まあ、なんていい夢なのかしら。
と、うみほたるちゃんは思いました。
横を向いてみると、そこにいるのは、気持ちよさそうにねんねしているチビほたるちゃん。
ますます、いい夢です。
でも、ちょっとまって。
これはもしかして。ひょっとすると……。
そのとき。
眠っていたチビほたるちゃんのおめめが、ふいにぱっちりとひらきました。
そして、両手をあげて、うーんと大きなのびをすると、両足をパタパタ元気に動かしました。
元気すぎて、うみほたるちゃんのおなかに、いきおいよく当たりました。
いたっ!
痛い、ということは、やっぱり。
これは夢ではありません。
いま浮かんでいるのは、帰りたかった、なつかしい浅瀬。
聞こえてくるのは、子守歌みたいな波の音。風がはこんでくれるのは、大好きな磯のかおり。
なんと、知らないうちに、ちゃんとおうちまでたどりついていたのです。
それも、ふたりそろって。
まあ……。
と、うみほたるちゃんは思いました。
もうだめだと思ったのに、わたしったら、やりとげたんだわ。
「うみほたるちゃん」
パパほたるくんが、にこにこしながら言いました。パパほたるくんはとってもうれしそうですが、その目は、海水がしみたみたいにうるんでいます。
「よくがんばって帰ってきたね」
「うん」
うみほたるちゃんは、うなずきました。心の底から、うなずきました。
パパほたるくんの笑顔は、いままでに見たどんな笑顔よりも、ずっとやさしく見えました。
「チビほたるちゃん」
パパほたるくんが、にこにこしながら言いました。うるんだ目から、涙のしずくが、ぽろんと落っこちていきます。
「よくがんばって帰ってきたね」
「バブー!」
チビほたるちゃんが、答えました。
チビほたるちゃんの声は、いままで聞いたどんな声よりも、ずっとたくましく聞こえました。
それだけではありません。
そばにいる仲間たちも、仲間たちの上にひろがる星空も、いつもより、ずっとずっとすてきに見えるのです。
もしかしたら、前からそんなふうだったのに、うみほたるちゃんが気づかなかっただけなのかもしれません。
パパほたるくんがさらに近づいて、ふたりのことを抱きよせてくれました。
それを見て、海辺いっぱいに集まっていた仲間たちが、うれしそうに拍手しました。
拍手といっしょに、みんないっせいに光りました。
海辺にひろがる青い光が、そろってまたたいている様子は、まるで夜空にかかる天の川のようでした。
よかったね、うみほたるちゃん。
おしまい
お読みいただき、ありがとうございました。
私は未熟な母だったので、子どもたちが小さい頃は特に、荒海にもまれるような気分で子育てをしていました。
それでも当時のことを振り返ると、それなりに力が出ていたのではないかと思います。
そんな力の源を、童話のかたちとして残したいと思って書いたのが、このお話でした。
ちなみにいまでも未熟さに変わりはなく、残念ながら全然成長していません。でも幸い子どものほうが成長してくれたので、なんとか助かっている次第です。
そして「荒海で光る星」というのは、子育てに限ったことではなく、様々な事柄に当てはまると思っています。
誰もがみんな、嵐の中で輝ける星。ただ、それに気づいていないだけ。
すぐに星を見失ってしまう私自身のためにも、この文章をこちらに記しておくことにします。
重ねまして、どうもありがとうございました。
※みこと。様よりFAをいただきました※
※たちばな はるか様よりFAをいただきました※