☆2
どうしてこんなところにいるの?
そう思ったうみほたるちゃんですが、まばたきした次の瞬間には、すべてわかっていました。
うっかり眠ってしまったこと。見知らぬ場所まで流されてしまったこと。
そして、ここはどこかとたずねようにも、答えてくれるパパほたるくんはそばにいないこと。
しまった。わたし、失敗しちゃった。
どうしよう。どうやって、おうちに帰ったらいいの?
さいわいなことに、チビほたるちゃんは、かたわらでいまだにすやすや眠っています。
でも、うみほたるちゃんの心臓は、恐ろしさとあせりのあまりひっくり返ってしまいそう。
目には涙がにじんできて、いまにも泣き出してしまいそうです。
そのとき。
いきなり、すごい音が響きわたりました。
と同時に、うみほたるちゃんとチビほたるちゃんは、外に放り出されてしまいました。
岩にぶつかったびんが、こなごなに割れたのです。
ふたりの体はとても軽いので、岩場に落ちてもけがはしません。
でも、砕けたびんのかけらが降りそそいでくるので、当たると大変なことになってしまいます。
うみほたるちゃんは大あわてで、チビほたるちゃんをかかえながら、海の中へともぐっていきました。
☆
安全な深さまで逃げのびてから、チビほたるちゃんにけががないかどうかを確認しました。
よかった。痛くしたところはどこにもないようです。
それどころか、その顔を見ると、にこにこと楽しそうではありませんか。
「こわくない?」
「バブー!」
チビちゃんは、迫力満点の遊園地にきたと思っているのかもしれません。
たしかに、目がまわるような勢いでしたからね。
そして、うみほたるちゃんの顔にだって、いまは涙はありません。
涙の粒は、びんが砕けたショックといっしょに、どこかに吹っ飛んでしまいました。
おちついて、おちついて。
うみほたるちゃんは、そう自分にいいきかせました。
夜になるまでもうひと眠りして、ゆっくり疲れをとればいい。どうせ昼間はまぶしすぎて動けないんだもの。
そこでふたりは、海の底の砂にもぐりこんで、くっつきあいながら寝ることにしました。
夜になってお月さまが出れば、おうちの方角がわかる。
そうしたら潮の流れをみつけて、それにのっていけばいいのです。
夜になりました。
まんまるのお月さまが、海の上で、こうこうと輝いていました。
それを見上げながら、うみほたるちゃんは、方角についてじっくり考えました。
こういうことは、あせらずにちゃんと考えればわかるのです。
おとうさんやおかあさん、先生たちに、何度も教えてもらったことなのですからね。
よし、こっち!
ふだんはのんびりしている、うみほたるちゃん。
でも、このときは、のんびり迷ったりはしませんでした。
ぜったいに、ふたりでおうちに帰るんだ。
そう決めていましたので、おうちのほうでも、ふたりを呼んでくれている気がしたのです。
それに、相談する相手がいないときのほうが、あんがい迷わないものなのです。
うみほたるちゃんは、大きく深呼吸しました。
そして、チビほたるちゃんをおんぶすると、潮の流れにのって泳ぎはじめました。
☆
とても長いこと泳ぎましたので、とてもとても疲れてきました。
背中にいるチビほたるちゃんも、さすがに元気がありません。つかまっているだけでも大変なのです。
こんなとき、力持ちのパパほたるくんがいてくれたら。
うみほたるちゃんとチビほたるちゃんを、いっぺんにおんぶして、ぐいぐい泳いでくれるのに。
忘れていた涙が、ふたたびあふれてしまいそうです。
パパほたるくん、いまごろ何をしているかしら。
せめてわたしのかぼそい腕に、パパみたいな力があればよかったんだけど……。
思わずそんなことを考えていると。
「バブー!」
まるでお返事するかのように、チビほたるちゃんがいいました。
うみほたるちゃんは、はっとしました。
自分がへこたれていると、チビちゃんまで悲しくなってしまうことを、思い出したのです。
気を取り直したうみほたるちゃんは、元気を出していいました。
「さあ、チビちゃん。このへんでひと休みしていこうね」
ふたりは潮の流れから離れて、やわらかそうな海底の砂の上におりていきました。
そして、中にもぐりこんで、ちょっと休憩しようとしました。
そのとき。
目の前の砂が、ふいにむくむくとふくれあがり、砂けむりが渦を巻きました。
けむりの中からあらわれたのは、ウツボです。
砂にかくれて、獲物を狙っていたのです。
大変、チビほたるちゃんを守らなきゃ。
まだら模様の長い胴体をくねらせて、ウツボが向かってきます。
ぱっくり開いた大きな口には、するどい歯がぎっしり。まるで顔中が口になってしまったみたいです。
きゃーっ。
思わず叫んでしまった、うみほたるちゃん。
でもその瞬間、悲鳴といっしょに、うみほたるちゃんの体が、いきなり強く光りました。
青い光と紫の光がとけあった、瑠璃色の輝き。
プロポーズのとき、パパほたるくんがとってもすてきだねとほめてくれた、あの色です。
ふいの光におどろいて、ウツボがあごをひっこめました。
そのすきに、うみほたるちゃんたちは必死になって逃げ出しました。
☆
あぶないところをなんとか切り抜けて、ふたりは泳ぎ続けました。
うんと進んだような気がするのに、お月さまの位置はあまり変わったように見えません。
おうちはまだまだ先なのです。
道をまちがえちゃったかしら。
うみほたるちゃんの心に、またもや影がさしてきました。
早くパパほたるくんのそばに行って、大変だったよってお話ししたいのに……。
そのとき。
心ではなく頭の上が、突然、暗くなりました。上を向くと、変です、お月さまが見えません。
よくよくみつめて、気がつきました。
影の正体は、アカエイです。
平べったい大きな体が、ふたりの真上からおおいかぶさってきます。
長くてするどいしっぽには、強い毒があるのです。
月の光がさえぎられて、アカエイの体の下だけが、墨を流したみたいに真っ黒です。
きゃーっ。
またもや叫んでしまった、うみほたるちゃん。
でもその瞬間、うみほたるちゃんの体が、またまた強く光りました。
小さな体が、瑠璃色の輝きに包まれて、ずっと大きく見えました。
ふいの光におどろいて、アカエイが動きを止めました。
そのすきに、うみほたるちゃんたちは必死になって逃げ出しました。
☆
なんとか逃げおおせたものの、とっても疲れてしまったふたり。よろよろと、海の底まで落ちていってしまいました。
でも、悪いことばかりではありません。逃げることができたのは、体が光ったおかげだとわかったからです。
光るなんてあたりまえだと思っていましたが、あんがい役立つのかもしれません。
うみほたるちゃんは、少しだけほっとしながら、チビちゃんをそっと砂の上におろしました。
そのとき。
目の前の砂が、もぞもぞもぞっと動き出しました。
きゃ……。
叫びかけたうみほたるちゃんですが、叫ぶ前に気がつきました。
出てきたのは、カブトガニのおじいさんです。
よかった、こわい敵ではありません。
カブトガニは、二億年も前から海の底で生き続けている、立派なカニです。
生きた化石とも呼ばれていて、めったに会えない存在なのです。
おじいさんは、あくびをしながらふたりを眺めていいました。
「やあ、こんばんは。小さなぼうやも、こんばんは。ふたりとも、いい色をしておるなあ」
腕の中のチビほたるちゃんを見おろすと、その体が本当に、すてきな色に光っているではありませんか。
うみほたるちゃんは、びっくりしました。
だって、チビちゃんが光っているのを見たのは、これがはじめてでしたからね。
いつのまに、光れるようになったのでしょう。
いまがはじめて?
いいえ。ウツボのときも、アカエイのときも、輝いていたにちがいありません。
うみほたるちゃんが、気がつかなかっただけなのです。
「ぼうや、どこからきたんだね?」
「バブバブ」
「ほう、ずいぶん遠いところから。ママと旅行なんてうらやましいねえ」
カブトガニのおじいさんは、にっこりしました。
それから、またも大きなあくびをすると、眠そうに砂の中にもぐっていってしまいました。
道を教えてもらおうと思っていたので、うみほたるちゃんは少しがっかりしました。
でも、横ではチビほたるちゃんが、青くて明るい光を放ちながら、おじいさんにバイバイしています。
その姿がかわいくて、こんなときにもかかわらず、うみほたるちゃんは、ちょっとみとれてしまいました。
それからあらためて、この子をおうちにつれて帰らなきゃ、と思うのでした。
そこで、うみほたるちゃんは、おうちはどちらにあるのかを、もう一度、考えてみました。
いまの自分が知っていること。いままで自分が学んできたこと。
それらを思い出して組みあわせながら、考えました。
よし、こっち!
心を決めたうみほたるちゃんは、チビほたるちゃんをおんぶすると、自分のえらんだ潮の流れに飛びこんでいきました。
ところが。