異世界の神像に突き刺さっていた赤い板
2020年の4月に投稿した短編ファンタジー小説、『異世界好きな少年はスマートフォンの夢を見る』の、続編となるお話です。
連載にするには、まだ構想の面で不安があるので、短編として発表する形を取らせてもらいます。
今後も、続きが書けたら投稿しますが、書けなかったら、いつまで経っても更新できないという、先を決めないで進める物語になります。
こういう世界観やストーリーがお好きであれば、気長に、大らかにお付き合い頂けると嬉しいです。
更新する時は、マイページの『異世界転生/異世界転移』のシリーズに追加して行きます。
「千五百万!」
四カ月に一度の競売会が開かれている王都の広場に、若い男の声高な掛け声が上がった。
客席を埋める古物商や収集家たちの先頭に坐して、先ほど一千万ネビーを提示したばかりの富商のダルーマは、切れ長の抜け目のないまなざしを、右端の席に陣取る魔法庁補佐官のジャイロの涼しげな顔に向けた。
「千五百万ネビー!」
入札額を復唱する競売人の掲げた手に握られているのは、赤く艶のある、手のひら大の薄い板。
「千七百万!」ダルーマは即座に、二百万ネビーを上乗せした価格で入札し直した。
「千七百万ネビー!」
「二千五百万。」
競売人が復唱を終えるが早いか、ジャイロは事もなげに、八百万ネビーもの上乗せを加えた金額で入札を更新した。
ダルーマの片側の口元が、苛立った時の癖でかすかにひきつった。
「二千五百五十万!」
「三千万。」
「さ……、三千百万!」
活気のあった競売会の広場は、いつの間にかしんと静まり返って、ジャイロとダルーマの常軌を逸した競り合いを、誰もがかたずをのんで見守っていた。
「四千万。」
ジャイロが、眉ひとつ動かさずに、一気に九百万ネビーもの上乗せをして更新を行なった。
ダルーマはとうとう仏頂面で沈黙し、競売人の「四千万ネビー。他にご入札の方は居りませんか!」という呼びかけにも、腕組みをして応じる事はなかった。
木鈴が打ち鳴らされ、品物は競売人に歩み寄ったジャイロの懐に落ちた。
彼は部下に指示して約束手形を切らせると、「カネは魔法庁から今日中に届けさせる。」と競売人に伝えて、早くも会場を後にしようとした。
勢いよく席を立ったダルーマは、肥満した体を揺らしながらジャイロの後を追い、広場の出口で彼の横に並ぶと、愛想よく声をかけた。
「いやはや、参りました。魔法庁の予算が後ろ盾ではかないませんわい。」
ジャイロは冷たく一瞥しただけで、立ち止まるそぶりも見せずに歩み続けた。
「それにしても。」
ダルーマは一人でしゃべり続けた。
「私が競り落とした品を購入して頂ければ、これほど高くはつきませんでしたのに。」
「またお前の手製のまがい物を掴まされてはたまらんからな。」
ジャイロの侮蔑を込めた言葉にも、ダルーマは大して動じた様子もなく、それでいて、
「いや本当に、あれは私こそ騙されたのですよ。長年の目利きの経験に懸けて、本物だと信じておりましたのに……。」などと調子のいい事を言った。
やがて息が上がって遅れだしたダルーマを置き去りにして、ジャイロは目抜き通りの正面にそびえる先進的な白亜の建物、王都の中心で魔法使いの登録、魔法の管理、都市の設計などを司る、魔法庁の本庁舎へと向かった。
執務室に入ると、ジャイロはすぐに技師長のモリオコーネを呼ぶように部下に命じた。
部屋の中央の大きなテーブルの上に、懐から出した赤い板を置いて、定規やゲージで各部の測定をし、メモ帳に記載をしていると、間もなく、体格の良い壮年の男が部屋に入って来た。
魔法具の開発を担う機械部の技師長を二十八年間務める、ジャイロの良き相談相手でもある魔法庁の名物男だ。
「来たか。」
モリオコーネは、新しいおもちゃをあてがわれた子供のような喜びを目に宿しながら、机の上の赤い板を屈み込んで見おろした。
「いくらで落とした。」
「聞くなよ。手が震えてばらせなくなるぞ。」
「確かに。」
二人は頭を寄せ合って、その赤い板を裏返し、黒くなめらかな光沢のある側を観察した。
「鏡、じゃないか?」
表面にうっすらと映った自分たちの顔に気が付いて、モリオコーネが言った。
「あの音楽を鳴らす機械を作った連中なら、俺たちの国よりももっと品質の良い鏡が簡単に作れるはずだ。」
「うむ。しかし、この薄っぺらで長方形な形状では、道具としての用途が限られて来ると思うが。」
「赤い面に、のぞき窓がある。これがこの道具の肝かもしれんぞ。横を見て見ろ。小さな突起があって、押したり戻したりできる仕組みになっている。この部分で、何らかの操作をするんだろう。」
「例えば、突起を押して、のぞき窓を覗くと、何かが見える、とかか。」
「そんなところだな。」
「しかし、恐ろしく美しく磨かれているな。」
「厚さも各辺の長さも完璧に正確だ。俺たちの国の技術水準が、原始時代と大差なく思えて来る。」
モリオコーネは、板を慎重に手に取って、目に近付けると、表裏に境目がないかを丹念に調べ始めた。
「やはり、中に道具を動かす機械が組み込まれているんだろうな。」
「そうだろう。この薄さだから、それほど複雑な機構ではないと思うが。」
「ヘラでこじ開けるか。」
「……そうしてくれ。」
ジャイロは落札額を考えて少し躊躇したが、外面から得られる情報が少ない以上、中身がどうなっているのか、確かめざるを得ないと覚悟を決めた。
モリオコーネは、腰に提げた道具袋から、薄い木ベラを取り出すと、板の側面の差し込みやすそうな場所に当たりを付けて、思い切りよくぐいと押し込んだ。
パキッと音がして、板は赤い面と黒い面の境界で綺麗に分かれて少し口を開いた。
「これで開けられる仕組みになっていたようだ。」
さらに慎重にヘラでこじ開けて行くと、不意にカタリと手ごたえが無くなって、表裏が完全に分離した事が分かった。
二枚になった板を、中面が見えるように机の上に並べて置く。
二人は、それを見下ろしながら、言葉を失ってしまった。
半時間後、魔法庁の最上階にある長官室では、街を見おろす窓際の執務机に着いた魔法庁長官スナクフ女史が、ジャイロが持参した、二枚に分割したあの不思議な板を、興味深そうに眺めていた。
板の内部は、様々な形と色の極めて細かい部品(小さい物は粟粒よりもまだ細かい)と、金銀の金具で構成されており、左側の一角を占める大きな板状の部品には、微細な異国の文字で、何事かを指示するような文言や図柄がびっしりと書き込まれていた。
「これは、どこで見つかったと言っていたかしら?」
スナクフは、戸棚の上の地図を魔法の力で手元に呼び寄せると、机に広げて、赤い印が点々と付けられた個所を、拡大鏡を使って一つずつ確かめながら、目当ての場所を探した。
「ホロノビ遺跡の神殿の入口の柱に刻まれたアガム神の彫刻のふくらはぎに突き刺さっていたそうです。遊牧民が見つけて、各地で自慢して回っていたらしく、噂を聞きつけた競売会の関係者が出向いて買い取ったとの事です。」
ジャイロが少し待ってから、地図の端の方の赤印を指さすと、スナクフは「ごめんなさい。この頃ますます目が悪くなったものだから。」と、結い上げた鬢から垂れた銀髪をかき上げて、
「これまでで一番王都から遠い場所ですね。それに、神像に突き刺さるなんて、まるで見つけてくれと言わんばかりではありませんか。」と言いながら、微笑を浮かべたなまなざしをジャイロに向けた。
「はい。今までの飛来物にも、その兆候がありましたが、今回は砂漠のまん中の神殿の像を目がけてですから……。」
「この機械自体は、それほど頑丈なものではありません。おそらく飛来時には、表面を魔法の薄い殻のようなもので強化していたのでしょう。」
「ワサンドラのやっていることでしょうか?」
ジャイロが、このところ軍拡に傾いている、魔法国家の遠国の名を挙げた。
「違います。というより、これほど精密な機械を作り出す技術は、この星のどの大陸にも、まだ無いでしょう。」
スナクフの落ち着いた言葉に、ジャイロは顔をこわばらせて固唾を飲んだ。
「どういう意図が考えられるでしょう?こんな物を、飛ばして来るというのは。」
これまでに、この国、ハテニアに飛来して発見された謎の物体は、今回の赤い板と合わせて実に十二個にも上る。素材も形状も大きさも様々で、用途が分からないものが多かったが、いずれも、ハテニアの科学技術の水準では作り得ない、高度な加工がなされている所に、特徴があった。
「分かりません。ただ、威嚇の意図があるとは、私には思えないのです。私たちを、その驚異的な科学力で脅かしたいのであれば、もっと効果的な方法が、いくらでもありますからね。」
「はい。」ジャイロはそれを聞いて、ひとまず安堵のため息をついた。
「威嚇ではないけれど、何か伝えたい事はある、という事なのでしょう。人の行き来が少なく、なおかつ人目に付きやすい場所に、あえて破損を防ぎつつ飛来させているのですから。」
スナクフは、また地図に視線を移して、これまでに飛来した物体の落下個所を記した赤い印を、指でなぞりながら、
「初めは、王宮を狙っているか、もしくは、何の脈絡もなく落下させていると思っていたのですが、どうやら、落ちる場所が、西へ西へ、移動し始めているようにも見えますね。」と言った。
「あっ、確かに……。」
ジャイロはあらためて地図をよく見てみた。
日付入りの赤い印は、最初の頃、王都の周辺から東の街道方面に多く付けられているのだが、七つ目のあの音楽の鳴る円盤と機械が飛来したあたりから、徐々に西の方へ落下位置が推移している事が分かる。
スナクフは、もう一枚の地図(一枚目よりも西側の地域が描かれた地図)を、棚から呼び寄せて、机の上に広げた。そして、一枚目をその上に重ねて、赤い印が向かう先を指でなぞって確かめた。
今回の落下点の印から、百十ギロルほど西に離れた平野部に、ごく小さな字で村の名前が記されていた。
【アイカタッカ村】
「乗竜用の竜の調教師がいる村ですね。」
スナクフは、村の名前に指を当てたまま、つぶやくように言った。
「そうです。調教師一人の、小規模の牧場です。主に公官庁用の乗竜の訓練を行なっています。他は、牛や羊の牧畜を営む者が多い、どこにでもある田舎ののどかな小村です。」
気が急いていたジャイロは、すぐに言葉を続けた。
「行って調べて参りましょうか。」
「ええ。思い過ごしかもしれませんが、もしかしたら、飛来物と何らかの関係があるかもしれません。ぜひお願いします。」
スナクフの了解を得るや否や、ジャイロは「では、行って参ります!」と一礼すると、普段の落ち着き払った態度とは裏腹に、血相を変えて長官室から飛び出して行った。