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我が妻イザベラ! 第九代デェズリリー伯爵の日記

作者: ぽん

デェズリリー伯爵は百年戦争の軍指揮官を務めたイングランドの伯爵である。これは第九代デェズリリー伯爵ジョルジ・ダルトンの日記である。

 五月一七日

『今日の天気はすがすがしいほどの天気だ。晴れは私の心を洗ってくれるようだ。庭の植物もきれいな緑色になってきたよ。こんな日はイザベラと出会った日を思い出すよ。あの頃は本当に楽しかった』


 五月一九日

『生憎の雨だ。ただ雨というのは悪いものではない。イングランドの雨は紅茶にぴったりだ。メイドが「お砂糖はお入れになさいますか」と聞いてきた。いつもならいやいいよと答えるところだが今日は雨だ。私はうん、たっぷりと入れてくれと言った。素晴らしいくらいに甘かった。歯が痛くなりそうだ。しかし、イザベラは大好きだった紅茶も飲まなくなった。私が「アールグレイを今から飲むけど、飲むかい」と聞くと「アールグレイってなんですの。あなたのご友人の方かしら」と首を傾げた。アールグレイはイザベラの一番大好きだった紅茶なのに』

 

 六月一三日

『イザベラが熱を出した。友人の医者に見せると、おそらく何か思いつめたのでしょうね、ゆっくりとお休みになって、ご馳走を食べることですと言った。私は本当に心配だ。イザベラは私のすべてなのだ。私はイザベラなしでは生きられない。イザベラは魘されている。可哀そうだ。私が変わってあげたい』


 六月一四日

『イザベラの熱は少し下がってきた。だが、よく分からないことを口にし始めた。私のことを医者だと思い先生と言うのだ。そして、メイドのことを母親だと思ったらしく、裾を引っ張って離さなかった。どうしたのか、元に戻っておくれ、イザベラ』

 

 六月一五日

『イザベラの熱は下がり、顔色も良くなった。しかし、昼ご飯を食べた後、彼女は私の顔を見て「あなた、私ご飯を食べましたか」と言った。私が「君は僕と一緒に食べたよ。君は子羊の丸焼きを美味しいと言ってむしゃむしゃと食べていたよ。忘れてしまったのかい」と言うと「ごめんなさい。まだ病気が残ってるのかしら。お昼に食べたものも分かりませんの」と申し訳なさそうにした。私がギュッと抱きしめると安心した顔をしたので、大丈夫だろう。私だって物を忘れることはよくある』

 

 七月一日

『今日は最低最悪の日だ。いや、これはだれにとって最低最悪の日かを明確にしなければ意味がない、というか伝わらない。イザベラの妹シャーリーにとって最低最悪の日だ。シャーリーは私のところへ食事をしたいという手紙を送ってきたので、快諾した。シャーリーとイザベラは仲が良く私と結婚して離れて暮らすとなった時、シャーリーは最後まで泣き続けていた。久しぶりにイザベラに会いたかったのだろう。でも、今日みたいなことがあると分かっていたら私は来てはいけないと止めただろう。私に予知の力をなぜ与えなかったのか。私がイザベラに「君の妹のシャーリーが食事に来るよ」と言うと、イザベラは子供のように顔を輝かせて「まあ、シャーリーが来るの。楽しみだわ」と言った。その数時間後、シャーリーは来た。派手なドレスで今日のために準備をしてきたような完璧な仕上がりだった。私はシャーリーのドレスを褒めたが、イザベラは何も言わなかった。というか誰だか認識していないようだった。そして私の方を見て一言「あなた、この人はあなたのお知り合いの方ですの」と。イザベラはシャーリーのことを覚えていなかった。もしくは、数時間の間に記憶が消えたのかもしれない。どちらにせよその場にいた人間全員に衝撃を与えた。シャーリーはそのまま帰ってしまった。私はどうすればよいのか。イザベラは病気だ』


 七月二日

『もう一度医者に来てもらって、イザベラを診察させた。医者は奇病ですかね、私も初めてみましたよと言った。治るのかと聞くと、分かりません、しかし王都の方に頭の研究をしている友人がいるのでそちらに聞いてみます、何か分かるかもしれませんと答えた。長年見てもらってきたが、彼は少し能天気すぎる。イザベラが私を忘れてしまうのではないかという恐怖を毎日感じているのだ』


 七月五日

『イザベラの体に痣のような跡を見つけた。青黒く、どうしたのかと聞くとどこかで打ったのでしょうと言った。私は彼女の体が傷つくだけでも不安なのだ。もうこれ以上私を苦しめないでおくれ』


 七月十日

『イザベラが朝起きてこないのを心配してメイドに見に行かせたところ、イザベラは部屋で苦しんでいた。私は急いで階段を駆け上がった。イザベラはうううと言いながら、のた打ち回っていた。彼女の体には沢山の痣が出来ていた。この前よりもよりどす黒くなっていた。私は今後の人生が悲しみの中に埋没することを覚悟した』


 七月一一日

『今は日記を書く気にもならないが、少し頑張ってみる。イザベラは死んだ。何が悪かったのか分からない。医者が手を尽くしてもダメだった。握りこぶし分しかなかった痣が、だんだんと大きくなり、全身を真っ黒に染めた。美しいあの頃のイザベラはどこに消えたのか。私は最期までイザベラのそばから離れなかった。死ぬ間際、イザベラは目を開けて、私を見た。私は彼女の名前を呼び続けた。そして、彼女の手に私のロザリオを握りしめさせた。

「イザベラ、ああやっと目を開けてくれたんだね」

「あ。あなたは誰。怖いわ私」これが彼女の最後の言葉だった。私は最も恐れていた言葉を言われた。今後どうやって生きていけばよいか分からない。気持ちの整理がついていないのだ。私は、すぐにロザリオを窓から投げ捨て、聖書を本棚に投げつけた。神なんて金と何ら変わりないじゃないか。時に幸せを与え、そしてあっけなく見捨てる。このまま燭台の角に頭をぶつければ私は楽に死ねるのか』


 七月一八日

『辛い。死んでしまいたい』


 八月三日

『神はどうしてイザベラを見殺しにして、刑務所の罪人どもを生かし続けるのですか』


 十月二一日

『』




 その年の一二月三一日、デェズリリー伯爵は死んだ。五七歳であった。葬儀には、彼の妻アンカレット、息子のジョージーも参加した。彼らは泣きながらも、デェズリリー伯爵の棺の中に彼の勲章を入れた。デェズリリー伯爵は、その勲章のおかげで誇り高きイングランドの軍人としての地位を獲得したように見えた。死後、引き出しから日記が見つかったが、誰もが首を傾げた。デェズリリー伯爵は晩年は記憶喪失のようになり、時折自分が誰であるかすら分からない状況であったのだ。ちなみに、イザベラというのは彼の祖母の名前である。


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