0話ー1
全面書き直させていただきました。お許しを。
――〈霧の大陸〉第一領域《エリア1》 通称「薄霧の碧庭」
美しき碧の草が生い茂り、その隙間隙間を埋めるように木々がそびえ立っている。ところどころに見える真っ白な岩石は、その碧の世界の中で宝石の如く輝いていた。
そこに晴れることなき薄霧が加わり、醸し出された幻想的な風景はまさに「庭」と呼ぶに相応しい。自然という名の庭師が悠久の時をかけて作り上げた至高の園。
もしくは、「宝石箱」とでも呼べるのだろうか。
さて、突然だがここで残念なお知らせがある。
ここはくつろぐことのできる「庭」ではない。あちこちに危険が潜む「庭」なのだ。
危険。
例えば、罠。よくあるのは落とし穴など。あくまでこれの「庭」は自然の造形物だ、あって当然ともいえるだろう。もっとも、不用心な人が勝手に嵌まるっているだけなのだが。
他には、〈魔物種〉が生息していることだ。〈魔物種〉とは、一般的に「モンスター」と呼称される存在。ふつう好戦的かつ狂暴で、また力も強い。生身の人間が丸腰で挑みなどすれば、ものの数秒で肉塊にされるだろう。
さて、前者はさておき後者。
多種多様なそれらは、倒すことで「素材」と言う名の遺品を獲得できる。そして、その「素材」らは高値で取引されており――。
この先を言わずともお察しだろうが――。
それ目当てでモンスターを倒す者たちがいるのだ。
――人呼んで、〈冒険者〉。
「さてさて、お出ましですか」
十四、五ほどの青年がほどほどの長さの剣を構えている。
そんな青年と相対しているのは〈ゴブリン〉。小麦色の肌をした、人型のモンスターだ。その手には錆びついた剣が握られており、身体には気持ち程度だが布が巻かれていた。
「せいっ」
青年は左手に握った剣を勢いよく振るい、襲い来たゴブリンの首を切断。ゴブリンは悲鳴を上げるまでもなく地面に崩れ去った。鮮血が撒き散らされる。鮮血と言っても、人間のモノとは少し違い、どす黒い色をしていたが。
青年は、胴体と頭部に分断された無惨な遺体に歩み寄り、その胴体部分の中央に剣を突き立てた。パキィ、と何かが砕ける音がする。それと同時、撒き散らされた鮮血と今も流れ出ている鮮血(……まぁゴブリンの血全て)が光となって消えた。
モンスター、すなわち〈魔物種〉の特徴の一つにはこんなものがある。
彼らの「心臓」にあたる部分、「魔晶体」が砕かれると今のように血(体液と言うべきか)と臓器が全て消滅し、絶命するというものだ。
これを利用して、一瞬のうちに討伐をすることができる。ただ、そこを狙いすまして攻撃するのには少なからず実力が必要になるが。ついでにモンスターごとに異なる「魔晶体」の位置などの知識もだが。
少年はそこに残ったゴブリンの遺体を探り、錆びついた剣と少しの装飾品らしきものを拾った。残念ながら、ゴブリン本体からは金銭価値のものは獲得できない。 悲しいが、彼らは彼ら自身の持つ武器のために虐殺されるのだ。彼らが武器を捨て降参すれば命は助かるのだが、そもそも「降参」と言う文化がゴブリン社会にあるのかは知らない。
「ふぅ。やっぱり凄いなぁー、ここは。景色は綺麗だし、モンスターもたくさんいるし。と言うか何よりも霧が凄いっ」
独り言を呟く青年。まるで初めてここに来たかのような発言だ。無論その通りなのだが。
青年は今日、初めてここに足を踏み入れた。〈霧の大陸〉最奥にあると言われている、《《とある場所》》を目指して。
周囲を見回した。敵影は見当たらない。だが、霧が次第に濃くなっている気がする。
「霧が濃くなってきた……早く戻らなくちゃ、ね」
そう、ここ第一領域《エリア1》で一番気を付けなければいけないこと、その一つが「霧」だ。
領域全体は常に霧でおおわれてはいるが、薄霧程度なのでかなり先までは見通せる。
だが稀に、局地的にだが非常に濃い霧が発生する。それに包まれたら最期、生還は望めないという。
『濃い霧は自我さえ隠し、己を失った人々はただ彷徨い歩くのみの肉塊と化す。いずれは地を踏む感覚すらなくなり、奈落の底へと落ちていく。
自然の《《驚異》》には触れるべからず』
文献にもこう表記されている上に、毎年幾人もの行方不明者が出ているのは事実。
「初心者殺し」とは言わないが、これによって命を落とす新米冒険者が後を絶たない。
青年は多少の緊張感を感じながらその場を後にした。
ちなみにゴブリンの遺体は、そのうち自然分解され地に還る。命あるものの運命というものだ。
急いで来た道を戻っていく。
濃かった霧も薄れ、景色もかなりくっきり見えるようになった頃。
そこで青年は気付く。
「は、はは……は……何だこりゃ……」
大量のゴブリンに囲まれていることに。いや、囲まれているわけではない。青年はゴブリンの群れのど真ん中にいたのだ。
何故こうも不幸なのか。そう思う青年だがこの状況の説明は至って簡単だ。
「自然の驚異」を感じるのは人だけではない。〈魔物種〉であるゴブリンも当然感じるのだ。
つまり青年は、「濃い霧から逃れようと移動したが、同じように霧から逃れようとしたゴブリンの群れと遭遇した」という状況に陥ったのである。
群れはおよそ三十人……いや三十匹程だ。
とりあえずまだ気づかれていないようなので、そろりそろりと忍び足で群れから抜け出そうと試みる青年。だが現実は非情だった。
「ギャァァァ! ギャギャッ!」
群れのゴブリンの一匹が叫び声を上げる。それに反応したほかのゴブリンが青年の方を向いた。
つまり……見つかった!
「「ギャァァ!? ギャッ!」」
連鎖するように叫び声が広がり、青年は一気に敵の視線を集めた。
大衆からの奇妙なものを見る視線には慣れているが、一度に大量の敵意が込められた視線を浴びるのは初めてだ。一瞬足がすくむが、危機を感じた身体が強制的にその身体を動かす。
一体では何ともないゴブリンでも、群れればその脅威は跳ね上がるという。彼らには連携能力というものが備わっており、人間の軍隊には遠く及ばずともそれなりのチームプレーを行うのだ。
駆けだした青年は、まず進行方向にいたゴブリンAに向けて抜刀、すれ違いざまに胴体を一刀両断する。「魔晶体」が砕けたらしくゴブリンAは光の粒を全身から放ち地に崩れ落ちた。
だがそれに脇目もふらず青年は駆け抜ける。
次に襲い来るゴブリンBの両腕を切断、その後ろにいたゴブリンCの頭部を勝ち割る。
明らかに数が増えている。
F、G、Hの三体と相手している内にいつの間にか足が止まっている。気づけば後ろにも何匹かいた。
鼓動が高鳴る。
――絶対絶命。
打開策は……ほぼない。まだ新米である青年の実力ではほぼ蹴散らすことは出来ないだろう。
《《ほぼ》》ない……あることにはあるのだ。たった一つだけ。それは少年の持つ、《《異常体質》》。
だが効果があるかもわからない、ものすごい賭けになる上に……そもそも、それ自体を使いたくない。
(良いのか……こんなところでやられて……)
駄目だな。青年は思う。僕には目指すところがある。見たいものがある。知りたい何かがある。
誰も到達できなかった場所を目指すんだ。何の対価もなく辿り着けるとは思わない。
(やるしかないのか……いや、やるんだ、頼むよ……)
青年は自分の右手、巻かれた包帯の継ぎ目に手をかけた。
――ヒュンッ!
その瞬間、どこからか飛んできた矢が目の前のゴブリンF、G、H、の胸部に突き刺さる。三匹は瞬時に絶命。
青年と彼を包囲していたゴブリンたち一同は、突然の横槍に驚きを隠せない。
「助けに来たぜぃ? 剣士君!」
そんな中、右斜め後方から声が聞こえた。
「リン、遠くの取り巻きを頼むっ! 他は任せろ!」
「ハイっす、だんちょ!!」
反射的に振り向くとそこには、青年よりかなり背の高い男性がいた。その手には黒い刀身の剣が一振り握られている。その男性の声に応えた者の姿は見えなかった。
そして――大虐殺が始まる。
男性の握っていた剣が掻き消えた。
瞬時に撒き散らされるどす黒い血。それは一瞬で光となり消えていく。
右、左、上、下、様々な方向から走る黒の剣筋は、寸分違わずゴブリンの急所に命中し、その命を刈り取る。
必要最低限の動きのみで敵を蹂躙するその姿はまるで「剣舞」。一切の無駄なく繰り出される剣戟と、次々と光に変わっていく血飛沫。その光景に不覚ながら青年は見とれていた。
そして何秒か経ってその剣戟が止んだ時には、一面はゴブリンの遺体で埋め尽くされていた。
よく見ればかなり遠いところにまで遺体が広がっている。
そんな中、黒髪の男性は剣を納め青年の方を振り向いた。
「よ、剣士君。大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございます!」
深々とお辞儀をする。この窮地を救ってくれたことには感謝しかない。
「そんなら良かったぜ」
「ふぅ、良かったっス」
いつの間にかもう一人の男性も来ていた。その手に持っているのは弓だ。おそらく最初にゴブリンF、G、Hを倒したのは彼だろう。
「んん~そうだな剣士君。君はまだどこのギルドにも所属していないと見た! てことで――良ければ俺の〈ギルド〉に入らないか?」
「出たよほら。団長の勧誘癖」
「良いだろ? 前途多難な初心者冒険者の手助けをしてやるのは別に悪かねーだろ?」
「はぁ……そこまで言われると、ねぇ」
まず〈ギルド〉の時点で困惑している青年を前にいて男性二人組が騒いでいる。
一人は団長……黒い剣を持っている男性と、団長に「リン」と呼ばれた男性。青年そっちのけで会話をしている二人に対して、青年は最初の疑問を口にした。
「えっと……〈ギルド〉って何ですか?」
二人が青年のほうを振り向く。
「「あっちゃー、そこからかよ?!」」
男性二人の声が合わさった。
そして団長はこう続けた。
「そうだな、言葉で説明してもわかりづらいだろうし、見に行くか」
――もちろん何かに利用させてもらうわけではないからな? と念を押して。
相変わらず誤字報告などお願いします!アドバイスだと何倍も嬉しい。
まだ、全然進んでないですけど、続きが気になる!とか思った方いましたらブックマーク……して欲しい。