9.【ひとりじゃない】 改
どうやら私がこの世界に来たことは、単なる偶然ではなかったらしい。突然突きつけられた現実が受け止められず、私は無言で話し合いの席を立ち部屋に戻ってきた。
勢い良く客室の扉を開けて部屋に入ると、私はベットに腰掛けて窓の外、夜の気配が近づきつつある茜色から紫に変わり始めた西の空を眺めた。
「この国はユイ様を諦めません」
ケリーさんの言葉は、私に選択する余地がないことを突きつけた。もうやるしかないんだという思いと、出来る訳がないという思いが、ずっと頭の中で追いかけっこをしている。
ベットから立ち上がり窓際まで歩いてはまた戻る、そんな落ち着きのない事を繰り返す。その間、数え切れないくらいの溜息が零れ落ちる。
失敗したらこの国はどうなるんだろう。竜の世話なんてしたことないのに。いやいや、その前に竜って空想上の生き物じゃないの?
竜の存在すら、認めることが出来ない自分もいる。ペットショップでバイトするくらい動物は好きだし、爬虫類のお世話も問題なく出来る。だけど、竜王の母親になるっていうのは別の話だ。
自分が求められている役割の大きさに、今にも押し潰されそうになる。
「あ~もう! どうしたらいいのかわっかんない!!」
両手で頭を抱え、髪の毛をグシャグシャッと音がする程に掻き乱した。胸の奥から溢れ出た不安を、どうすればいいのか分からない自分にもイライラする。
「どうして私なの!!」
抑えられない苛立ちを言葉にしたとき、部屋の扉がノックされ、立ち上がって直ぐに乱れた髪を整え直した。
「はい、どうぞ」
了承して直ぐ、ドアを開けて入ってきたのはキャロラインさんで、今日も夕飯を運んで来てくれた。
「ユイ様大丈夫ですか?何か声がされていましたが?」
運んできた料理をテーブルに並べながら、キャロラインさんが問いかけてくる。
「......」
「ユイ様?」
「キャロラインさんは、私の事どこまでご存知ですか?」
「どこまでとは?」
不思議顔で首を傾げる彼女。
「私がこの世界に来た理由......とか」
「もちろん知っております。竜母様になられるお方だと言うことを」
やっぱり決定事項なんだ。諦めにも似た溜息が漏れると、私はまたベットに腰を下ろした。
暫くして俯いた私に影が重なる。
「少しお話をしませんか?」
私の前に跪いた彼女は優しい声で問いかけながら、私の右手を自分の両手でそっと包み込んできた。
「突然知らない世界に連れてこられ、今凄く不安だと思います。その上竜母様になれなんて言われてもって感じですよね。
でも私達にはユイ様のお力が必要なんです。情けないことですが、自分達の国なのに自分達で守ることが出来ないんです。国を、国民の幸せを守る為に騎士になったのに、私には何にも出来ないんです。
だからせめて私にユイ様を守らせていただけませんか? 私達はユイ様を絶対に一人にはいたしませんから」
キャロラインさんの、露草色の瞳が涙で滲む。
私達......私一人がこの国の未来を背負う訳じゃないんだ。助けてって言っていいんだ。キャロラインさんの手から伝わる温もりに、この国を思う彼女の言葉に目頭が熱くなる。
泣いちゃダメ。もう泣かないって決めたじゃない。
先代の竜王が、どんな理由で私を選んだのかは正直わからない。でも、どんな理由であれ今私がこの世界にいることは紛れもない事実で、この世界のどこにも私の逃げる場所なんてない。
それなら立ち向かうしかないのかもしれない。私を一人にはしないと言ってくれた彼女の為に。優しくしてくれた彼の為に。いつか元の世界に戻る方法を見つけ出す為に。
「ありがとうございます」
キャロラインさんの手を握り返すと、彼女は微笑んだ後「お料理が冷めてしまいますよ」と言って、私の手を引き料理が並べられているテーブルまで連れていってくれた。椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「明日から私がユイ様の世話係兼護衛に任命されました。どうぞよろしくお願いします」
「私に護衛が付くんですか?」
「もう一人は副隊長らしいですよ」
「......私なんかに二人も」
「私なんかじゃありません。ユイ様は国民にとって大切な方なんですよ」
「竜母様になるまで、もう少し時間を頂いてもいいのでしょうか?覚悟を決める時間が欲しいです」
「大丈夫ですよ。一緒に頑張りましょう」
自身の顔の前で両の手を握り締め笑顔を向けてくれる彼女に、私も頷き笑顔を返した。
腹が空いては戦は出来ぬっていうし、それなら......。
「よし、まずは食べよう。いただきま~す」
私は手を合わせて、少し冷たくなった料理を口に運んだ。