83.【新しい家族】 改
ブクマ、誤字報告ありがとうございます。
東にある平民の住宅街へ向かう馬車の中、ニコルズさんがレオさんに強い言葉を向ける。
「クラネル、これはあなたが過去にしてきたことの代償よ。それを、ユイさんに向けられたの。もう過去は変えられないけど、それはちゃんと反省しなさいよ」
「分かってる。過去の自分を殴ってやりたい程腹が立ってるし、反省もしてる」
過去の自分が取った行動を後悔し、彼はその整った顔を歪ませた。
「そう。それならいいわ」
ニコルズさんは大きく溜息をついた後「ユイ様、大丈夫ですか?」と心配の色を滲ませた。
「ニコルズさん、私なら大丈夫です。もう、落ち着きました。それにレオさんの過去は私も知っていますし、そんな過去があったから今があるのかもしれないので、気になりません」
「あったから?」
彼女は私が言った言葉の意味を理解しようとして、言葉の続きを求めた。
「そんな過去があって、今のレオさんがいるのかなって。もしレオさんが昔から女性に優しい人だったら、もう結婚してたかもしれないでしょ?
私と出会っても、好きになってくれなかったかもしれない。そう思ったら、そんな過去があったとしても嫌じゃないというか......」
偽善的な言葉に聞こえるかもしれない。だけど、過去の彼を否定したくないと思った。過去を否定しても変えることは出来ないのだから、私は彼の全てを受け入れて一緒に生きていく。
「クラネル、ユイ様を大切にしなかったら、本当に許さないから。ここまで愛されてて、あなたは幸せ者ね」
ニコルズさんは先程までの表情とは違い、穏やかな笑みを浮かべた。
「私だったら絶対に、そんな言葉出てこないわ」
ニコルズさんの視線を感じたマードックさんが「俺にそんな過去がある訳ないだろ」と眉を顰め、馬車の中は一瞬でクスクスと笑いの零れる空間へと変わった。
暫くして、石畳の上を走る小さなガタガタをいう振動は、舗装されていない砂利道の上を走る大きな振動へと変わった。車輪が小石を跳ねる音も聞こえる。レオさんの実家が近づく。
その後ゆっくりと馬車が止まり、レオさんのエスコートで外に出ると、平民の住宅街に似つかわしくない宮廷騎士団の馬車に、好奇の目が向けられる。
それと同時に目の前にある古びた小さな家の玄関が開けられ、薄い水色の髪の女性が駆け寄ってきた。腰まである長い髪を一つに纏めた、背の高い四十代後半に見える女性は、愛しむような柔らかい笑顔でレオさんに「おかえり」と声を掛ける。
「ただいま。ずっと帰らなくてごめん」
「そんな事気にしなくていいのよ。それより早く紹介してちょうだい」
ソワソワした様子で、彼に似た大きな瞳が私を見つめる。
「彼女が俺の婚約者のユイさん。それで、彼女の肩に乗っているのが竜太子様だ。
ユイさん、ミア・クラネル、俺の母さんだ。で、寒いから続きは中に入ってからにしないか?」
レオさんに言われお義母さんは、ハッとしたような顔をして「そうね。寒いわよね」と言いながら、玄関のドアを開けてくれた。
私達が家に入った後、近衛隊の騎士さんは家の周りで警護をしてくれるらしい。そんなに長居することは出来なさそうかな。
彼に手を引かれ、緊張して少し震えている足で玄関に入る。もしかしたら、国王陛下にお会いした時より、緊張しているかもしれない。
暖かい部屋に入ると、既にテーブルの上にはたくさんの料理が並べられていた。
「レオから、五人前はいるって言われたんだけど、これで足りるかしら?」
昼食をお義母さんが用意してくれているとは聞いていたが、まさか五人前もお願いしていたなんて。
「ごめんなさい。こんなに食べるなんて驚きですよね」
「大丈夫よ。理由はレオからの手紙で知ってるから。そこは遠慮しないで欲しいの。だって将来私の娘になる人だものね。さぁ、座って座って。お料理が冷めないうちに食べましょ」
ウキウキという言葉がぴったりな程の笑顔を見せながら、私達を席に案内してくれるお義母さん。異世界から来た私を受け入れてくれるのか正直心配だった。けれどお義母さんは歓迎し、もてなしてくれた。
心の底から安堵の溜息が零れた。
私の前にはお義母さん、その隣にレオさん。私の隣にはノアが座った。
「ノア、小さいままだと顔見えないから、丁度いい大きさになれる?」
『大丈夫』
ノアは私と視線が同じ高さになるように大きさを調整し『はじめまして、竜太子のノアです』とお義母さんに挨拶をした。ノアが自分で名前を名乗ったのは、これが初めてかもしれない。
突然の出来事に驚き口を開けたままのお義母さんに「大丈夫か?」レオさんが声を掛ける。
「ちゃんと説明しとくべきだったな」
彼は気まずそうにポリポリと頭を掻いた。
「今、聞こえた声って......」
目をパチパチさせるお義母さん。
「竜太子様の声だ。とりあえず食べながら話さないか?」
彼の言葉で全員で「いただきます」をしてから、食事が始まった。
私達の出会いから、今後のことなど、レオさんの説明を聞きながら、お義母さんはコロコロと表情を変える。
「この子の結婚は、とっくに諦めてたのよ。昔のこともあるし......。
それが突然婚約した。しかも相手は竜母様のユイ様だって聞いて、腰が抜けそうだったんだから。
なんとなくね、噂は聞いていたのよ。レオがユイ様に想いを寄せてるんじゃないかって。だけど、身分が違い過ぎるって思ってたのよ。それが、まさか。
ユイさん、本当にレオでいいのかしら? ユイさんなら、貴族との縁談もあったでしょ?」
お義母さんにそう言われて、私は自分の気持ちを素直に伝えることにした。
「レオさんがいいんです。レオさんじゃなきゃ嫌なんです。私は貴族に興味はないし、レオさんが一緒ならそれだけで幸せです」
「それに、この子の過去も自慢できるものじゃないし」
「それも含めて、今のレオさんが好きなんです」
自分に自信なんてまだないけど、彼への想いなら絶対の自信があるって言える。それだけは、誰にも負けない。
「ありがとう。どうか息子を、レオをよろしくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
私の隣でノアも一緒に頭を下げ、お義母さんは恐縮している。
食事が終わりリビングのソファーに移動すると、私は持ってきていたお花と緑茶、そしてストールをお義母さんにプレゼントした。レオさんは隣に、ノアは膝の上に。
「すみません。緊張し過ぎて、お花渡すの遅くなってしまいました」
「いいのよ。だって私も緊張してるんだから」
お義母さんは、目を細めながら微笑んでくれた。その笑顔が、レオさんにとても良く似ている。
「ダイアンサスね。とっても綺麗」
私が贈ったのは、赤いカーネーションの花束。
「花束貰うのなんて、何年ぶりかしら。息子にだって貰ったことないわ」
頬を染めはしゃいだような声で喜んでくれるお義母さんに、何故この花を選んだのかを伝えると、少し泣きそうな顔をされた。
「日本では母の日に、感謝の気持ちを込めてこの花を贈るんです。普段は照れくさくて言えないことを、花に込めるんです。レオさん、絶対そんなこと言わないだろうと思って、この花を選びました。
それに私も、お義母さんに感謝してるんです。レオさんを生んでくださったから、彼に会うことが出来ました。本当にありがとうございます」
「もう、本当にレオにはもったいないわ。ユイさん、本当にレオでいいの? なんだか申し訳ない気持ちになるわ」
「母さん、もう余計な事言うなよ。それで、ユイの気持ちが本当に変わったらどうすんだよ」
困惑したような表情の彼に、私は答える。
「絶対に変わりません」
そんな私達のやり取りを見ていたお義母さんは「ユイさんがくれた緑茶入れてくるわね」といそいそと台所へ向かった。
お義母さんの後姿を見ながら「母さんが、本当に嬉しそうだ。父さんが死んでから、あんなに嬉しそうな母さん初めてみたかもしれない」と言った、レオさんの言葉に胸が痛くなる。
鼻歌を歌いながらお茶を入れるお義母さんを見つめる彼の瞳が、安堵の色を映した。
「私達だけじゃなくて、お義母さんも一緒に幸せになろうね」
「あぁ、そうだな」
彼はゆっくりと瞳を伏せて、頷いた。
緑茶を入れて戻って来たお義母さんは、テーブルの上にケーキを持ってきてくれた。約二十年ぶりに作ったというケーキは、ベイクドチーズケーキ。匂いだけでも美味しいのが分かる。
「かあさん、甘いもの食べないんじゃなかったっけ?」
彼の言葉にお義母さんは伏し目がちに「お父さんが甘いもの好きだったから、甘いもの見るのが辛かったの」寂しそうな笑みを浮かべた。
「レオは小さかったから、覚えてないかもしれないね。お父さんが甘党だったの。それまでは、よくお菓子作ったりしてたのよ」
レオさんが言うには、お義父さんが亡くなったことがショックで、それ以前の記憶が曖昧らしい。誰よりも自慢の父だったこと、父のような魔物討伐部隊の騎士になるという約束をした事しか、思い出せないのだとか。
早くに父親を亡くしたとはいえ、両親の愛情を受けて育ってきたレオさん。そんな彼に、私はまだ話していないことがある。
自分の出生の秘密をまだ彼に告げていないことが、ずっと心に引っかかっている。いつその話を告げようかと、婚約してからずっと考えているのに、私はまだ答えを出せていない。
「ユイ、どうした?」
突然レオさんに名前を呼ばれ、私は視線を上げた。
「ごめん。なんだか羨ましくて。私の家族はみんな死んじゃったから」
「違うだろ。俺と母さんがユイの家族になるんだ」
「そっか。今から家族が増えるんだ」
胸の奥から込み上げてきた暖かい気持ちが、目から零れ落ちる。
『僕も家族だよ。だってユイは僕のお母さんなんだから』
「そうだね。ノアも家族だね」
膝の上に乗っているノアを優しく撫でると「それなら竜太子様は、俺の息子になるのか?」「私はお祖母ちゃん?」レオさんとお義母さんが顔を見合わせて笑い始めた。
『レオの息子になるのだけは、絶対に嫌だ』
涙を拭いながら、笑いあう三人の会話を聞いていた私は、今日帰ったらレオさんに全てを話そうと心に決めた。
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