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82.【負の感情が満ちた瞳で】 改

ブクマ、誤字報告ありがとうございます。

 それから暫くノアは、子供達に体中を撫でられたり観察されたりしながら、楽しい時間を過ごした。ノアの明るく弾むような声が、皆の心に響き渡る。


 ノアと子供達が遊ぶ微笑ましい風景を見ながら、私は隣にいるレオさんの顔を見上げた。

「ノア、本当に楽しそうだね」

「あぁ、子供達もな」


 ノアの周りをはしゃぎ回る子供達を目で追っていると、人ごみの奥に見覚えのある顔を見つけて、私は一歩後ろに下がった。レオさんと繋いだ手をギュッと握り、彼の腕にしがみ付く。


「ユイ、どうした?」

 言葉には出さず視線をその人のいる方へ向けると、レオさんも彼女の存在に気が付いた。


「心配するな」

 彼のたった一言で、強張った身体の力がスッと抜ける。


 私は大きく深呼吸をすると「ノア、そろそろ買い物行くよ」と声を掛け、彼女から離れることにした。子供達に向いて羽を広げ、頭を下げて挨拶をするノア。


『また遊ぼうな』

 ノアの言葉でまた子供達の口から、ゆびきりげんまんの歌が流れる。





 ゆびきりげんまん♪うそついたら♪おしりペンペンす~るぞ♪指きった。





「やくそく、やぶったら、おしりペンペンだぞ」


『それは嫌だから、約束は守る』

 ノアがおしりを叩かれる場面を想像して、また皆で笑い合った。




 それからマルシェの入口に移動する際は、私の周りは近衛隊の騎士さんに囲まれ、一切街の人と接触できないようにされた。近衛隊の騎士さんのピリピリした雰囲気に、私まで緊張が伝わってくる。


 そして私の肩では周りが見えないと言って、レオさんの頭の上に乗っているノア。他の人から見たら、私っていつもこんな感じなのね。これが思いの外、シュールで笑ってしまった。


 マルシェの中を通る間も、挨拶やお祝いの言葉を言われ、私達は笑顔で答えながらロペスさんのお店に辿り着いた。


「ロペスさん、こんにちは」

「ユイさん、待ってたよ。竜太子様、いらっしゃいませ」


 ロペスさんは挨拶を口にすると「ユイさん、クラネル卿、ご婚約おめでとうございま~す」と言って、周りの人も巻き込んで拍手を送ってくれた。


「皆さん、ありがとうございます」


 私が頭を下げてお礼を言うとロペスさんが「クラネル卿、ここのマルシェの皆はユイさんが大好きなんだ。だから、ユイさんを大事にしなかったら、俺らが許さないからな」とレオさんに返事を求めるように声を上げた。


「大丈夫だ。絶対に幸せにする」


 レオさんは落ち着いた低い声で、ロペスさんに真剣な表情を向ける。彼の言葉にまた拍手が沸き起こり「もうロブ・ナイトとは呼ばないでくれよ」とレオさんは願いを込めた言葉を口にする。


「もう呼ばねぇから安心してくれ」

 今度はその場に笑いが広がり、レオさんは決まりが悪そうに咳ばらいをひとつした。


 皆の前で何度も『幸せにする』と、誓いの言葉を口にしてくれるレオさん。私はその度に、幸せを噛みしめている。




「そうだ、今日はベニモモはないんですか? ノアが食べたいらしくて」


 店先に並んでいないベニモモの事を尋ねると「あれは、季節が終わったよ」とロペスさん。レオさんの頭の上で明らかにガッカリするノアに「今はこのバネネが美味い季節だ。食べてみてくれ」と言って、バナナそっくりの果物を差し出された。


 皮を剥いてパクリとかぶりつくと、そのまんまバナナの味がした。完熟してて、めちゃめちゃ濃厚で甘くて美味しい。だけどノアは気に入らなかったらしく、もっと酸味が強いものがいいと言ってきた。


「もう少し酸っぱい果物ありますか?」

「それならオランジかな」


 こっちは、見た目が柑橘系のオレンジそのままだ。皮を剥こうとするロペスさんを止め『そのまま食べたい』とノアが言うと、どよめきが起こった。


「あっ、今しゃべったの竜太子様です。これからは多分、皆さんにも聞こえるんじゃないかな?」

 私の言葉に、またどよめきが起こる。今日、何度同じ状況を見ただろう。


 ノアがオランジを気に入ったので袋いっぱいに買い込むと、レオさんが黙って持ってくれた。それを側で見ていた男性の一人が「やっぱりクラネル卿でも、惚れた女には優しいんだな」という、感心したような納得したような声が聞こえてきてた。


 荷物を持っただけで、これだけ感心されるレオさん。女性に対して優しいイメージが全くない彼に、笑いが零れる。本当はとっても優しい人なのに。


 肩を揺らせて笑いを堪えている私を見て「ユイ」彼が、ちょっと拗ねたように呟いた。

「だって、どこに行ってもレオさんのイメージが同じで」


 私の頭を小さくコツンと叩くと「もうそろそろ行くぞ」と、レオさんは見た目にも分かるほど、拗ねて見せた。

 ほら、やっぱりレオさんは可愛い。私の後ろからはニコルズさんの、必死で抑えた笑い声が聞こえてきた。


 そしてマルシェの端にある花屋さんで花束を買い、クックさんお薦めのお店で緑茶を買って馬車に乗り込もうとした時、突然近衛隊の騎士さん達が私を守るように取り囲んだ。


 驚いて辺りを見回すと、前にレオさんとデートした時にルフィナ茶を私に掛けて来た女性が、近くまで来ていた。さっき広場で私を睨みつけていた、あの女性だ。


 私を庇い馬車にエスコートするレオさんに、声をかける彼女。

「別にもう何もいたしませんわ。ただ、お祝いくらい言わせてくださいな。クラネル様、ご婚約おめでとうございます。どうぞ、お幸せに」


 彼女はそう言うと、何事もなかったように立ち去った。しかし彼女の瞳の奥に見えた嫉妬に、私は身震いするほどの恐怖を覚えた。呼吸が早くなり鼓動の音がはっきりと聞こえるほど、身体が強張る。


 前回会った時も睨みつけられはしたが、今日はその時とは比べ物にならない程、彼女の瞳には負の感情が満ちていた。


 私の異変に気が付きレオさんが素早く馬車に乗せてくれると、ニコルズさんが「クラネル卿、少しお二人でお話された方がユイ様が落ち着くのではないですか?」と声を掛けてくれ、私達は馬車の中で二人きりにしてもらえた。

 

「ユイ、大丈夫か?」


 私は黙って首を横に振り、レオさんに抱き着いた。何がそんなに怖いのか、どうしてこんなに不安になるのか分からない。だけど、何かが警鐘をならしてる気がした。彼女には絶対に近づくなと。


「今日は帰るか? 母さんの所に行くのは、またの機会にしよう」

「それは絶対にイヤ!」


 まだ鼓動は早く気持ちも全然落ち着いてはいないし、半分以上私の勝手な意地だけど、絶対に今日お義母さんに会いに行くんだ。あんな人のせいで、お義母さんに会える機会が遠くなるのなんて嫌だ。


「レオさん、ギュってして」

 私を優しく抱きしめていた腕に力を入れ、頭をそっと撫でてくれるレオさん。おでこに触れた唇から、彼の不安な気持ちが伝わってくる。


「ごめん。俺のせいで......」

 彼の言葉を遮って、私は彼にキスをした。


「絶対にレオさんのせいじゃない!」


「だが......」

 私の言葉を否定しようとする彼に、もう一度唇を押し当てる。

 

「ちょっと怖くなっただけ。それにレオさんとノアが一緒なんだから、大丈夫でしょ!? 私のこと守ってくれるんだよね?」


「当たり前だろ」


「じゃあ、もう一回キスして」

 私は(わざ)と甘えたような声を出し、目を閉じて彼からのキスを待った。


 しかし『そろそろ、僕も中に入れて欲しいなぁ』というノアの思念が聞こえ、レオさんから身体を離すとノアがいないことに気が付いた。


『もうそろそろ、大丈夫でしょ!?』

 私の心の波動を読めるノアには、私が落ち着きを取り戻しつつあるのが分かったようだ。


『ノア、ごめんね。もういいよ』

 ノアに返事を返すと、私達はもう一度だけ軽いキスを交わしてから馬車の扉を開けた。


 これからレオさんのお母さんに会いに行くんだから、ちゃんと笑顔でいなくっちゃ。

 私はそっと頬を叩いて、気持ちを明るい方へと切り替えた。





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