8.【魔力は三万】 改
ルーカス・ギブソンは、自分の執務室で今日の魔物討伐の報告書に目を通しながら、先程のユイとの話し合いの時のことを考えていた。
この世界に来た意味を知らされた時の動揺した様子を見る限り、自分達が思っていたよりも、彼女には時間が必要なのかもしれないと感じたギブソン。そうかと言って、悠長なことは言っていられない。竜の卵が孵るまで二週間余り。それまでに彼女から了承を得なければ、この国の未来が危ぶまれる事態に陥るのだ。
この国は三方を農業大国、帝国、技術大国に囲まれたさほど大きくない国ながら、五千年もの昔から竜王に守られ揺るぎない地位を築き上げてきた「大陸一国民が幸せな国」と言われている。その由縁は主に3つあるが、それられは偏に竜王のおかげと言っていい。
1つ目は、この国には王位継承による争いがない。それは王位を竜王が決めるからである。竜王は王位継承権を持つ者の中から、国民を幸せに出来る者を国王に選ぶと言われている。判断基準は明かされていないが、この国の王は常に国民を思い、国民の為の政治を行なってきた。
2つ目は、貴族も王家を見習い自分の領地の領民を大切にし、無理な税の取立てを行うこともなく、他国と比べてその点でも国民の幸福度が高い。
そして3つ目の由縁、それは他国との戦争がないことだ。竜王が加護するこの国と、戦争をしようと思う国があるわけない。
しかも竜王の魔力による結界に守られたこの国は、魔法攻撃も物理攻撃もほぼ効かない。国民の安全は竜王によって保証されているのだ。それ故、この国は戦争と一番遠い国とも言われている。
だが実際には過去この国に戦争を仕掛けた国があり、その国は竜王によって一夜にして滅ぼされたと書物によって言い伝えられている。
そして今一番懸念されているのが、この戦争だ。竜王が不在の今、この国の結界は通常時の1/3の強度しかない。叩くなら今だと考える国があってもおかしくない。
一番懸念しているのは、隣国のカサンドラ帝国からの攻撃だ。カサンドラに紛れ込ませている密偵から、今のところ戦争の準備をしている様子はないとの報告を受けているが、安心は出来ない。
その他の隣国二ヶ国とは不可侵条約を結び、王女を嫁がせていることも相まって、帝国ほど懸念することはないと思っているが警戒を怠ってはいない。もちろんこちらにも、密偵は潜りこませている。
ケリーから今の国の状況、竜王がこの国に存在する意義、国民にとって神にも等しい存在であると伝えるほど、ユイの顔色は血の気が引いていくように青ざめていった。
言葉を発せず、自分が竜母であることを拒むように頭を振るユイ。全身で拒否をする彼女に、ケリーは魔力鑑定だけはさせて欲しいと願い出た。何の反応も示さない彼女が拒否はしていないと判断をし、魔力鑑定を推し進めるケリー。
ユイの前に跪き、彼女の額に触れ暫く目を閉じていたケリーは、その結果を彼女に伝えることはせず「真名を絶対に言ってはいけない」と何ども念押しをした。
魔力鑑定が終わると小さく頭を下げ、無言で部屋を出ていき客間に戻っていったユイ。彼女の背中を見送ったケリーが大きな溜息を付き、ソファーに深く体を沈めた。
「ここまでとは思いませんでした」彼の零した言葉に、ギブソンとクラウドの二人は唾を飲み込む。
「ここまでとは?」
「彼女の魔力量は優に3万は超えております」
「「さ、さんまん?」」
驚きの余り、ギブソンとクラウド騎士団統括長の声が重なる。この国で魔力量が一番高いケリーでさえ500。その彼の60倍の魔力を有するというのか。
それだけの魔力があれば、結界の安定を図れるのではとギブソンは思ったのが、答えは否。ユイの魔力は竜王の成長の為だけにしか略使えない、特別なものだということもわかった。
竜王の成長以外に使える魔力は、生活魔道具を扱える程度。逆に言えば竜王の成長にはそれだけの魔力が必要だと言うことなのだ。
どうすれば彼女に竜母になっていただけるのだろうかと、頭を悩ませるギブソン達。
国王であるバネットブルグに命じてもらうことも検討されたが、無理を強いれば竜王を愛情を持って育ててもらえないかもしれないとの不安が残る。
竜母には、国民との絆を結べるような竜王に、育ててもらう必要がある。成竜に成長しただけでは、この国の竜王にはなってもらえないのだ。
まずはユイの不安を取り除き、この国を受け入れ、竜母になる覚悟を自ら持ってもらう必要がある。
どうすればいいかと思案しているとき、ふと夕べの出来事を思い出し、ギブソンは二人に提案をしてみた。
「レオをユイ様の護衛に就かせてはいかがでしょか?」
「どういことですか?」
ケリーは表情を変えず目だけをこちらに向け、クラウドは目を閉じ思案している様子だ。
そしてギブソンは夕べ、二人が二時間近く副隊長室で話し込んでいたことを伝えた。最初は泣いている様子だった彼女が、最後には楽しそうな笑い声を上げていたことを。
「彼女もレオに魅了されたと言うことか?」またか、と言うようにクラウドが問いかける。
「というよりも、刷り込みに近いのではないでしょうか? 危険から守ってくれたレオのことは信頼している感じでしたので、私達よりは心を開きやすいのではないかと。あと世話係兼護衛にキャロラインを付けるのもいいかと。女性が側にいる方がいいでしょう」
「なるほど。試す価値はありそうですね。私達には警戒心をもたれたでしょうから」
ケリーの言葉に、二人は頷くしななかった。
今はまずユイの警戒心を解くことが、一番の近道だ。