72.【私の自慢】 改
ブクマ、誤字報告ありがとうございます。
次の日の朝、私は迷惑にならないように騎士さん達がいない時間を見計らって、食堂の人達に会いに行った。
「おはようございます」
食堂のドアを開けながら挨拶をすると、朝食を取っていた食堂の人達が一斉に私の方を振り向いた。
「昨日はご迷惑をお掛けして、すみませんでした。今日もお手伝い出来なくて、迷惑ばっかりかけてごめんなさい」
頭を下げる私に「そんな謝る必要ないわ。もう身体の方は大丈夫なの?」と、キャシーさんが心配してくれた。その他の人も、口々に私を気遣う言葉を投げかけてくれる。
「もう、大丈夫です。昨日はノアも迷惑かけたって聞いて。食堂大変だったんですよね」
「大丈夫よ。掃除は騎士さんが手伝ってくれたし、倒れた従業員も今日は元気に仕事してるからね」
「た、倒れたんですか?」
その状況を想像して、冷や汗が出る。
「まぁ、そりゃしょうがねぇだよ。竜太子様の威圧凄かったもんなぁ。おっかなかったけど、竜太子様の凄さを実感できたべ。それに、竜太子様が俺達なんかに謝ってくれたんだべさ。おら、そっちにびっくりしただ」
クックさんは、興奮気味に昨日の出来事を話してくれた。
国王陛下でさえも跪く存在のノアが、自分達のような一介の人間に頭を下げるなんて、あり得ないことだと力説するクックさん。ノアは私の肩で、ちょっと気恥ずかしそうにしている。
だけど、クックさんは話を続ける。
もし昨日、最悪な事態が起こっていても、それが竜母である私を守るために起きたやむを得ない出来事なら、謝る必要なんてないんだと。それなのに、自分達に苦痛を与えてしまった事を一番に謝ってくださったと、クックさんは目を潤ませた。
確かに謝罪する事は、自分の非を認める行為だから、王族や上位貴族は安易には行わないと聞いたことがある。もしかしたら、今回の謝罪は咎められる可能性もあるのだろうか?
いや、ノアを咎めることが出来るのは、私ぐらいだろう。
でも私は、ノアが今回の件で食堂の人達に謝罪したと聞いた時、むしろ嬉しく思ったのだ。食堂の人達が感じた恐怖や苦痛を想像し、思いやることが出来たノアを思い切り誉めてあげたい。
「竜太子様はお優しい方です。ユイさんに、とても似ていらっしゃいます」
クックさんの隣で、キャシーさんがお母さんのような笑みを浮かべている。
「ノア、私に似てるって」
『僕はユイみたいな竜王になるって、言っただろ!?』
「私みたいかどうかは分からないけど、ノアはきっと優しい竜王様になるね。国民に愛される竜王様になるね」
『当たり前だろ。だってユイがお母さんなんだから』
ノアにそう言われて、私は初めて自分の事を自慢できる気がした。こんなにも優しくて可愛くて、それでいて強くて頼もしいノアを育てたのは私ですって、思い切り自慢してもいい気がする。
「ノアの存在が私の自慢だよ。私のたった一つの自慢出来る事だよ」
これまでの人生、自信を持つことも、自慢できることも、何もなかった私。ノアのお陰で、少しだけ変われた気がしてる。
それから私は食堂の人達と一緒に朝食を取り、昼食までの間に食べるお弁当のおかずを、自分で詰めることにした。事情を説明し、一日に6回食事を摂る必要があることを説明すると、お安い御用だと言ってくれたクックさん。
だけど、わざわざ彼の手を煩わす必要はない。三度の食事の時に、私が自分でお弁当におかずを詰めればいいだけの事。
しかし、改めてクックさんが用意してくれた弁当箱を見て、自分の食べる量の多さに恥ずかしくなる。20㎝四方のお重が二段。高校球児でも、きっとこれだけの量はたべないだろう。なんなら大食い番組に出れちゃうかもしれない。
『色気より食い気』
そんな言葉が頭に浮いて、私は一人苦笑いをした。いや、今の私には、色気も食い気もどっちも大事だ。
そして、部屋に帰ると直ぐにレオさんが訪ねてきた。ドアの向こうから聞こえる彼の声を聴いて、胸の鼓動が跳ね上がる。
了承の返事を聞いて部屋に入って来たレオさんの顔を、恥ずかしくて今日は真っすぐに見ることが出来ない。昨日は恥ずかしさより嬉しさの方が勝っていたのだが、夜ベッドに入ってから冷静になって考えると、身もだえするほど恥ずかしくなり、朝方まで眠ることが出来なかった。
「ユイさん、おはよう。体調はどうだ?」
「おはようございます。もうすっかり大丈夫です。ご心配おかけしました」
目線をいつもより下げて、彼と挨拶を交わした。
「今日は討伐に行かなかったんですね」
「その事で、話があってきたんだ」
彼はそう言って、ソファーに座っていいかと問いかけてきた。もちろんと返事をしてソファーに座るように促すと、彼と向かい合うように私もソファーに腰かけた。
少し足を開き気味に座り、自分の足に肘をつけ手を組む彼。身体を前か屈みにし俯き、言葉を探すようにしながら話し始める。
「実は、ユイさんに常に護衛が付くことが、決まったんだ。ユイさんが護衛なしで自由に行動出来るのは、第三部隊の宿舎と食堂棟のみ。それ以外の王城敷地内では、すべて護衛がつくことになった。このことに関して、ユイさんに拒否権ない」
「どういうことですか? 王城の中でも、お手洗い以外は護衛は付かないって......」
「状況が変わったんだ」
彼はそう言うと、昨日騎士団統括長達と話し合った内容を教えてくれた。ノアを成竜にさせない為に、竜王位を継承させない為に、私の命を狙う可能性が高まったとレオさんは言う。
私の命を狙うものが、この国に潜伏しているかもしれない。その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気が張り詰めたのが分かり、ベッドの上にいるノアに目を向けると、彼が眼光鋭くレオさんを見つめていた。
『そんなこと僕が絶対にさせない』
「もちろんです。私もそんなことはさせません。それで、ここからが相談なんだ」
視線をノアから私に戻し、今後の事について話し合おうと言ってくれるレオさん。この時にはもう、恥ずかしさなんて消え去っていた。
私の護衛にはレオさんが必ず付くことになり、彼が一緒でなければ図書室にも行けないと言われた。また彼に迷惑をかけることになるのだと申し訳ない気持ちになったが、レオさんはそんな事は気にする必要はないと言ってくれる。
しかし、通常の5倍の魔物が出現している状況を考えると、彼が魔物討伐から完全に離れることは難しく、週に三日程しか私の護衛には付けないと言われた。その為、私の予定に合わせてスケジュールを組むと言う彼。
「私がレオさんの予定に合わせます。私が行きたいところなんて、精々図書室と散歩くらいです。今までも王城の敷地外には殆ど出ていない訳だし、散歩が減ったからって困ることなんてありません。
禁書は持ち出せないけど、辞書は借りられるはずだから、部屋で出来ることをやります。文字を覚えるのが遅くなるかもしれないけど、レオさんの仕事の邪魔をしてまでやらなくていいです」
「仕事の邪魔なんかじゃない。そんな風に思わないでくれ」
懇願するように見つめてくるレオさんの深い紫の瞳に、また鼓動が跳ね上がる。咄嗟に視線を逸らし「それじゃあ、レオさんが護衛についてくれる日は、図書室での勉強に付き合ってもらえますか?」と問いかける。
「もちろんだ。散歩にも付き合うし、護衛を増やせば今まで通り、街にも行ける」
「街に行ってもいいの? 子供達と遊ぶ約束してるの。だから、また行きたい」
「前よりも厳しい条件にはなるかもしれないが、全く行けないということはない。竜太子様も街に行くことを、望んでいると聞いたしな」
『うん。僕も街の人達と触れ合うの面白かった。もっともっと、街の人と話してみたい。僕の事を知ってもらいたい』
「ただ次に街に出るのは、もう少し先になる。魔導師統括長が、ユイさんの為に特別な指輪を準備してくれているようだ。それが出来上がったら、マードック副隊長と日程を決めようと思う」
「指輪?」
私の問いかけに対し、竜王の結界では魔法陣による転移や呪いは防げないことを覚えているかと聞かれ、私はゆっくり頷いた。
「まだ俺にもどんな効果がある指輪かは分からないが、少しでもユイさんに危険が及ぶ可能性を少なくしたいんだ。だから、街に行くのはもう少しだけ、待って欲しい」
それから、レオさんは一度瞼を伏せた後、覚悟を決めたような瞳を私に向けた。
「俺は何があってもユイさんを守る。そして......俺は絶対に死なないと約束する。だから今後不測の事態が起きて俺に何かあったとしても、俺が逃げろと言ったら、迷わず逃げてくれ。俺の事は気にせず、自分の命を守ることを一番に考えて欲しい」
「そんな事、出来るわけないじゃな!!」
レオさんの言葉に、涙が浮かんでくる。
「俺を見捨てろって言ってるんじゃないんだ。俺は絶対に死なないって言っただろ!?
二人が助かる為に、ユイさんが離れた方がいい時もあるんだ。ユイさんを守りながら、戦うのが難しいと判断した時は、どんな状況であっても俺から離れるんだ。それが最善の方法だと思った時は、俺はユイさんに逃げろと命令する」
レオさんが言っていることは理解出来た。私がいることで全力で戦えないとか、守りながら攻撃するのが難しい状況があるかもしれないって。
だけど、もし彼が怪我をした状態で逃げろと言われたら、果たして私は彼の命令を聞くことが出来るのだろうか。
『ユイ、クラネルが言うことが正しいと僕も思う。クラネルを守るために、ユイが唯一出来ることが逃げることだとしたら、彼の命令は絶対だよ』
私が側にいる事で、彼を更に窮地に追い込むことになる。私が彼を守る方法の一つが逃げる事でもあるんだ。私はソファーから立ち上がり、駆け寄った勢いのまま彼に抱き着いた。
「何があっても絶対に死なないって、約束してください。もしレオさんに何かあったら、一生私は私を許せないし、レオさんの事も許しません」
「あぁ、絶対だ。約束する」
抱き着いた私の身体を優しく包み込んで、彼は私にそう誓ってくれた。いつもなら直ぐに怒るのに、この時は何も言わずに、暫くそっとしていてくれたノア。
そう言えば、ノアはいつからレオさんの名前を呼ぶようになったんだろう?




