71.【同情の色】 改
ブクマ、誤字報告ありがとうございます。
ユイさんに自分の想いを伝えられないまま、今は魔導師統括長、騎士団統括長、ルーカス隊長、キャロラインを含む六人で、先ほどあった出来事をユイさんの部屋で話し合っている。
自分の初めての口づけを勝手に奪った俺に対して、なんの嫌悪感も表さない彼女。今はそれを隠しているのか、それとも本当に嫌がっていないのか、俺には判断が出来ない。
しかし自分のいいように解釈しているだけなのかもしれないが、嫌悪感を隠してポーカーフェイスで会話を続けるなんて、ユイさんに出来るとも思えない。
もしかして、ケントに想いを寄せていると思っていたのは、単なる俺の勘違いだったのか? 眠りながら呟いた俺への気持ちは、空耳でも、聞き間違いでもなく、彼女の本心なのだろうか?
頭の片隅でそんな事を考えながら、フランメルが部屋に入って来た時の事をユイさんに告げると、彼女は隣に座る俺に縋るように腕を掴んできた。
やっぱり彼女は、俺の事を恐れてはいない。そのことに、心の底からホッとした。
フランメルのした事に腹を立てたが、実際には俺の方が彼女にもっと酷いことをしている。俺にフランメルを責める資格なんて、ありはしない。それでもつい、彼を責めるような言葉が口をついて出てしまう。
そんな俺を呆れたような表情で見て笑うユイさんが可愛くて、照れ隠しで彼女の頭を軽くこつくと、騎士団統括長に暖かい目で見詰められた。
彼女への想いを隠すつもりがない俺に、何か言いたげな表情をしているのはルーカス隊長。父親代わりになってくれた彼には、色々思うところは、あるのだろう。
そうして話し合いが終わりかけた頃、竜太子様が突然こんな事を言い始めた。
『ケリー、クラウド、一度僕の試験を受けてみる気はないか?』
「試験と言うのは、まさか先程の威圧では......」
騎士団統括長が毛深い眉間に、皺を寄せた。
『ちょっと二人の実力が気になってね。まぁ、合格だろうとは思うけど』
「私など、まだまだでございます。これからも精進いたします」
魔導師統括長は余裕の笑顔で、それを躱している。
『そうだ。マードックに伝えておいてよ。ギリギリではあるけど、合格だってね。僕の殺気に気付いて直ぐ、隣にいる婚約者を身を挺して守った彼は、かっこ良かったよ』
「それじゃあ、俺だけじゃねぇか。ここにる不合格者は」
「隊長、私も不合格ですので、ご安心を」
キャロラインの言葉は、慰めにもなってない。
嘆きの声を上げるルーカス隊長に「お前にそこまで求めてねぇよ。気にすんな」そう言って、騎士団統括長はガハガハと声を上げた。あ~ぁ、間違いなく、また髪が抜けるな。
暫くしてキャロラインだけを残して全員がソファーから立ち上がると、突然ユイさんが俺の背中を押して扉の外に連れ出した。
驚く俺に「私、なんの説明もないことには、怒ってますからね」そう言って、俺に向けて思い切り舌を出して部屋に戻っていく彼女。怒っているという彼女に対して不謹慎なのだが、あまりの可愛さに笑いが堪えられない。
もう、竜太子様との約束を反故にしてでも、彼女に想いを伝えたい。ケントのことを完全に払拭出来た訳ではないが、少なくとも彼女は俺の事を、友達以上には思ってれくれている気がする。
勝手に口づけしたことではなく、説明がないことに怒っていると彼女は言った。それが彼女の本心なら、彼女の想いが俺にあるかもしれないと、ちょっとは期待してもいいはずだ。
彼女が部屋に戻って直ぐに、部屋から出てきたルーカス隊長に「次は俺の部屋で話がある」と言われ、すぐ隣にある隊長の執務室の扉を開けた。執務室のソファー、俺はルーカス隊長の隣に座り、向かいに魔導師統括長、騎士団統括長が腰を下ろす。
テーブルの上の防音の魔道具を作動させると「竜太子様が食堂で話された時、三人はいなかったので、その時の事を......」と言って、ルーカス隊長は話し始めた。竜太子様が、はっきりとこの国の竜王になると仰ったと......。
『壁を作らず、人に寄り添えるそんな存在になりたい』
その言葉は、ユイさんが育てた竜太子様だからこその、言葉なのだと感じた。
「ユイ様には本当に感謝しかない。だからこそ、これからが大事なのだ」
騎士団統括長の言葉に、引っかかるものを感じた俺は「何かあったのですか?」と問いかけた。
「実は、アンフィスバエナを従事させていた魔導師が、帝国の者だという証拠を掴んだのだが、その男の所在が未だ不明なのだ。この国に紛れ込んでいる可能性が高いと、俺は思ってる。この国に奴を手引きし、匿ってる奴がいると考えるのが妥当だろうな」
「反逆者がいるということですか?」
「それは分からん。お互いの利益になる取引をしているのかもしれん」
国外に転移したと勝手に思い込んでいたが、内通者がいるのなら国内に逃げ込んでいても不思議ではない。今も虎視眈々と、竜太子様とユイさんの命を狙っているのかもしれない。
「だからこそ、レオ、お前の存在が大事なんだ」
ルーカス隊長は、強面を益々強張らせ俺の顔を見つめてくる。
「竜太子様を直接攻撃することが難しいと考えた場合、次に狙われるのは誰だ?」
「......ユイさん」
考えたくはないが、それ以外の答えが見つからない。
「そうだ。ユイさんを亡き者にすれば、竜太子様は成竜にはなれない。最悪、竜太子様までも......。
この国の安寧の為にも、お前の為にも、それだけは阻止しなければならん。
竜太子様は仰られていた。お前の事を認めていると。いや、お前以外認めないという意味だと、俺は受け取った。ユイさんの側で彼女を守れるのは、お前しかいないと竜太子様が仰られたのだ。
レオ、その意味が分かるか!? 竜太子様はこの国の騎士の中で、一番お前を信頼しているということだ」
確かにある程度の信頼を得ている自信はあった。だが、そこまでの全面的な信頼を得られているとは、正直思っていなかった。
「レオ、これからは王城敷地内でも、ユイさんに護衛を付けることが決まった。これは、決定だ。ユイさんが拒むことは出来ない。彼女が自由に一人で動ける範囲は、宿舎と食堂棟のみ。それ以外には、常に護衛がつく。その護衛はレオ、お前に決まった」
「じゃあ、討伐には出ないということですか?」
「それは、ユイさんとの話し合いになるだろう。彼女の予定とお前の予定を合わせる、そういうことだ」
俺の一週間の勤務日程は、討伐五日、休日一日、書類整理一日。それを討伐の日を減らし、ルーカス隊長が行っている書類整理日と代える案が出た。書類整理は、午前と夜に行えば、午後は自由に出来る為、そこをユイさんの護衛に充てることになる。
ユイさんは一週間に三日しか、自由に動き回ることが出来ないということだ。王城敷地内でさえも自由に出歩けなくなることを、彼女は不満に思うだろう。運動不足解消の為にしていた散歩も、図書室に行くことも、これからは自由には出来ないのだから。
「ユイ様には不自由な思いをさせてしまいますが、それも彼女の命を守る為です。今回、このようなことがあり、王城も絶対に安心とは言えなくなりました。
彼女に不満や敵意を持つものが王城内にいたとします。それを帝国の魔導師が利用することも考え、対策するべきなのです。絶対に安全な場所などないと思って、行動するべきだと認識してください。
それに、竜王様の結界が絶対ではない事を、あなたは知っていますね!? あなたが選ばれた理由は、そこにもあるのです。クラネル卿、あなたにこの国の存亡がかかっていると言っても、過言ではなくなりました。重責を担うことになりますが、あなたなら使命を成し遂げることと信じております」
魔導師統括長はそう言って、近いうちにユイさんに特別な指輪を贈る事を約束した。きっと竜王様の結界でも防ぐことの出来ない、魔法陣対策の指輪だろう。
正直国の存亡がかかった重責より、ユイさんの命を守る方が、俺にとっては大事な事だと思ってしまった。ユイさんの命を守ることが、国の為になるだけの話。国に忠誠を誓った騎士が言っていい言葉ではないのは、重々承知だ。
「ユイさんの命は、どんなことがあっても守ります。この命に代えても」
「クラネル、それは違う。お前に何かあったら、一番苦しむのは、ユイ様だ。だから、お前は何があっても生きなきゃならんのだ。それを忘れるな」
騎士団統括長の言葉を聞いて、竜王様の洞窟で騎士が殉職した時の、ユイさんの涙を思い出した。自分のことを責め、苦しんでいた彼女。ユイさんに、もう二度とあんな想いはさせてはいけないんだと、気が付いた。
「そうですね、俺の考えが間違っていました。彼女を悲しませることは、絶対にしません」
「それと私、思ったのですが、ユイ様が街に出られる時の護衛ですが、竜太子様はマードック卿を付けろと仰られたのではありませんか? だから、あえて合格だと我々に言われたのではないかと、推測するのですがどうでしょうか」
「なるほど、急に彼の名前を出したのは、そういうことだったのか」
魔導師統括長の言葉に、その場にいた全員が納得し、街に出るときの護衛の事も決まった。
竜太子様も無事生まれ、このまま順調に成長されることを願うばかりだと思ったのに、そう簡単にはいかなかった。竜太子様が成竜に成長し、竜王位を継承されるまでの数年。平穏な日々が訪れるのは、まだまだ先の事になりそうだ。
「そういえば、お前達どうなってるだ?」
突然、ルーカス隊長が強面をニヤニヤさせながら、俺の方を見た。
「お前達とは?」
「お前とユイさんに決まってんだろ!?」
愚問だと言わんばかりに返された。
「どうと言われても、なにも」
少々口ごもることになる。
「お付き合いされていないのですか? 私はてっきりいい感じなのだと、思っておりましたが」
「俺達の前で、平気でイチャイチャしてたじゃねぇか」
魔導師統括長も騎士団統括長も、なんだか暖かい目で俺を見てくる。
「何やってんだよ。さっさとしないと、ユイさんに縁談回ってくるぞ。宰相の所には、色々縁談が来てるって噂だぞ」
ずっと前から想定はしていたが、実際にルーカス隊長の口から聞くと、正直気持ちが焦る。
「それが、竜太子様から禁止されてるんだ」
「交際をか?」
ルーカス隊長が、眉根を寄せて問いかけてくる。
「俺から交際を申し込むことを」
「なんだそれ。レオの事認めておきながら、交際は許さないってことか?」
「ユイさんが、申し込んできたら認めると」
「レオ、お前色々大変だな」
その瞬間、ルーカス隊長の俺を見る目が、同情の色を濃くした。




