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67.【おにぎりとチョコ】 改

 食堂の前でハリスと別れた、ユイとキャロライン・ラッセル。

 大切な物を忘れたことを思い出したユイは、図書室に向かう前に、もう一度自分の部屋に戻ろうと思っていた。


「キャロルさん、鞄を忘れてしまったので部屋に取りに戻ってきます。少しここで待っててもらえますか?」

「何が入ってるの?」

「防音の魔道具。発声練習に必要なの」

「確かに。あの静かな図書室で、発声練習する勇気はないわね」


 ラッセルをなるべく待たせたくないユイは、急いで階段を駆け上がり、テーブルの上に準備していた鞄を手にして舞い戻った。急いで戻って来たユイは、肩で息をしていて少し辛そうに見える。


「ユイさん、大丈夫? そんなに急がなくても良かったのに」

「ちが......違うんです。最近......ちょっと疲れやすくて」

 肩を大きく上下させるユイを見て、心配になるラッセル。


「体調悪いの?」

「ノアが......言うには、エネルギーが......足りてないって。もっと食べろって言うから、一生懸命食べてるんだけど」

『僕が成長するにつれて魔力の消費量が増えて、ユイに負担がかかってるんだ。ユイ、ごめんね』


 日増しに成長していくノアの身体。それを補うだけのエネルギーを、今のユイの身体は充分に作り出せていない。その為、ここ数日は自分でも体力が落ちてきているのを実感していた。


 ノアの成長に必要な魔力を作り続けるユイの身体。それを補うだけの食事量は、一日で成人男性の三倍にもなる。酷い時には低血糖を起こし、めまいで倒れそうになることもあるのだ。 


「これ以上どうしたらいいのか、分からないんだよね」

 困った表情のユイを見て、ラッセルが思い付きを提案する。


「それなら、回数を増やすしかないんじゃないの?」

「だって、食堂で食べられる時間って決まってるし」

「大丈夫。そこは任せて」


 そう言って速足で食堂に向かうラッセル。

 第三部隊の宿舎前で、ラッセルが戻るのを待っているユイに、またあの男達が近づいてくる。


「ユイ様、図書室に行かれるのであれば、ご一緒に」

 そう言って笑顔を向けるのは、一番最初にユイに恋文を差し出した、あの近衛隊の騎士だ。この男の名はアディソン・フランメル。近衛隊に配属されて二年目の若手だ。


「今日はキャロルさんと行くので」

「では、一人で行かれる時は、是非」

 食い下がる騎士に、困惑した様子のユイ。


「すみません。ノアが一緒にいるので、一人で大丈夫です。あと......先日頂いたお手紙、やっぱりお返ししたいのですが」

 思いきって断りの言葉を口にするユイに、こちらも困惑気味。


「読んでいただけるだけで、いいのです」

「あの後、他の方からもお手紙をもらうことが多くなってしまって、正直困ってるんです。だから、これからはお断りしようと思ってます。今までいただいたものも、全てお返しするつもりです。ごめんなさい」


「一度受け取ったんですから、返されても困ります」

「失礼なことはわかってます。それでも、皆さん平等にしたいんです」

 頭を下げて詫びるユイに、詰め寄るフランメル。


「クラネル卿のせいですか?」

「彼は関係ありません。お答えする気がないのに、手紙を受け取ってしまった私が悪いんです」

「どうしてですか!?」


 強い言葉を口にし、フランメルがもう一歩ユイに近づこうとした時「あなた達何してるの!」と、何やら荷物を手にして、ラッセルが戻ってきた。あからさまにホッとした表情を見せるユイ。


「ちょっとユイさんに対して、しつこいんじゃないの」

 フランメルとユイの間に身体を入れ、彼女を守ろうとするラッセル。


「ラッセル卿には関係ないのでは?」

「余りしつこいと、竜太子様の洗礼を受けることになるわよ。竜太子様が怒る前に、引きなさい!」


 ラッセルの声は、食堂棟の方まで届き、何名かの騎士がその様子を覗き見している。正直、ユイの肩からフランメルを見ていたノアは、いい加減腹が立ち威圧を放つ直前だった。


 ラッセルの言葉に、フランメルを宥める友人騎士。

「元々返事はいらないと言って渡したんだ。これ以上はよせ」


 友人達に引き剥がされるように連れて行かれる彼の表情には、まだ諦めた様子は見受けられない。嫌な予感がしながらも、彼達から暫く遅れて歩き出す、ユイとラッセル。


『威圧を放った方が、良かったかな』

「あんなところで、威圧を放つのはやめてください」

『大丈夫だよ。あいつだけに放てばいいだけだから』

 確かにと、ノアの言葉に納得し、ラッセルは隣を歩くユイに優しく声を掛ける。


「ハッキリと断れて、よかったね」

「キャロルさんが来てくれてよかった。ホントはちょっと怖かったの。彼の目が真剣すぎて」


『ユイがもう少し恐怖を感じてたら、竜王の結界が作動しただろうね』

「やっぱりね。......もうそんな事させない。私は強くなるって決めたんだから」

 唇を噛みしめるユイの手を、そっと包み込むラッセル。

「怖い時は怖いって、言っていいんだよ。その為に、私達がいるの。それは決して負担でも迷惑でもないよ」


 ラッセルの言葉に頷きながらも、一抹の不安を覚えるユイ。明日からまた一人で図書室に行くつもりだったが、王城勤務の彼に会う可能性もゼロではない。一人の時彼を前にして、私はもう一度強くいられるだろうかと。


 そんなユイの不安を感じ取るノア。

『大丈夫だよ。ユイには僕がいる。僕がユイを守るよ』


「ありがとうノア。そうだよね。これ以上強い護衛なんていないよね」

 当たり前だろと言わんばかりに胸を張った後、ユイの肩から飛び立ち、グルグルと周りを飛び回るノア。クラネルのいない今日は、ユイの側を離れて飛び回ることは出来ない。




 図書室に入るとラッセルは直ぐに、司書に机で飲食は出来るかと問いかけた。

「大丈夫ですよ。ただし、本は絶対に濡らさないよう気を付けてくださいね」


 そう言ってくれた司書に礼を告げたのち、窓際の席に座り持ってきた荷物を机の上に置く。そしてユイは、直ぐに防音の魔道具を起動させた。


「クックさんにお願いして、おにぎり作ってもらったの。あと、お茶も持ってきた。クックさんが『遠慮せずに言ってくだせぇ』って言ってたよ」


 クックの声真似をしながら差し出された荷物を、ラッセルから受け取るユイ。ラッセルの物まねは、似ていなさ過ぎて笑える。


「キャロルさんありがとう。クックさんにも帰ったらお礼、言わなくちゃ!」

「食べるのもユイさんの仕事。それは竜太子様の為でもあるんだから、遠慮しちゃダメよ。あと、これも貰ってきた」

 そう言って差し出されたのは、飴とチョコレート。


「これなら、どこでも食べれるよね」

 この世界に来て、飴やクッキーを食べたことはあったが、チョコレートを食べるのは初めて。突然差し出された大好物を見て、零れ落ちそうなほど目を丸くするユイ。


「チョコもあるの? 私、大好きなの。うわぁぁ嬉しい」


 まだお腹が空いている訳ではないが、我慢できずに一粒口に入れ、目を細めてゆっくりと味わうユイの顔を、嬉しそうに見つめるラッセル。元の世界のチョコと比べると甘さ控えめではあるが、充分にユイを幸せな気持ちにしてくれた。


「と、いうことで文字の勉強を始めましょか。ユイさん」

「よろしくお願いします。キャロル先生」


 至って真面目な表情で、ラッセルを先生と呼ぶユイ。その彼女に向いて「さぁ、ビシビシ行くわよ」と、ラッセルも真面目な表情で答えたが、直ぐに笑いが零れた。


「ぷっ、やっぱり私に真面目は無理だわ」

「大丈夫。それは求めてないから」


 ユイの言葉に怒りながらも、ラッセルも満開の笑顔を見せ声を出して笑っている。

 この二人は、もうずっと昔からの親友のようだ。


  

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