66.【私の戦闘服】 改
侍女さんの件があってから四日後。今日は仕事がお休みのキャロルさんにお願いして、一緒に図書室に行ってもらうことになっている。
実は、あれから図書室に行くのは初めて。あの後予想通り、王城の中でも警護を付けた方がいいと提案されたのだが、ノアが一緒にいるのだから必要ないとお断りをした。
ただ今回の件があったため、私がお手洗いに行く場合のみ入口に警護を置くと言われ、どうしても断ることが出来ず渋々了承することとなった。
お手洗いは一番人目に付かない場所の為、警護を付けないのであれば、禁書庫を含む図書室の利用は出来ないと言われると、頷くしかない。それにしても、お手洗いの前で待たれるのは、女性としては恥ずかしい限りだ。
今日はキャロルさんが一緒だから、お手洗いに行くにも警護は付かない。だけど、私一人が禁書庫の利用をする時のことを考えると、気まずさしかない。それならば、いつも長い時間お手洗いから出なければ、それが普通だと思ってもらえるのだろうか。そんな事を考えながら、私は王城へ向かうための準備を進めている。
洗面台に宮廷からいただいた化粧道具一式を並べると、鏡の中の自分に言い聞かせる。彼の隣にいても恥ずかしくない自分になると......。
侍女さんの件があり、私なりに色々と考えた。なぜ彼と噂になるだけで、あそこまで嫌悪感を持たれたのだろうと。恋愛経験のない中で、あーでもない、こーでもないと考えたあげく、最終的に出た結論。
それは私が彼の隣にいてもおかしくない、相応しい女性になればいいのではないかと言うことだった。誰もが認めるような魅力的な女性になれば、こんなこともなくなるのではないだろうか。
あの後、何度もレオさんに謝られた。だけど、どう考えても彼が悪い訳じゃない。あの時、もっと自分に自信が持てていたら、もっと強い気持ちで侍女さんに立ち向かえていたら、あんなことにはならなかったし、レオさんに謝罪の言葉を言わせなくてすんだのに。
少しずつ自信を持って、変わっていけたらと思っていたが、それでは遅いのだ。私はもう二度と、あんなことで彼に謝罪をさせたくない。
国王陛下に謁見する時以外、この国でフルメイクなんてしていなかったが、次図書館に行く時からは堂々と、完全な余所行きの自分を演出すると決めていた。
明るめの粉白粉をうっすらと肌にのせ、普段の眉より少しだけ山を作って、濃くなりすぎないようにパウダーでぼかした。アイラインは全体ではなく目じり1/3にだけ書き、目力が強くなりすぎないことを意識する。睫毛をカールさせ、マスカラも忘れずに。ただし、塗りすぎない。あくまでも優しい印象を心がける。
凹凸のない顔を少しでも誤魔化すために、ノーズシャドーを薄く入れて、アイシャドーは控え目な色を選んだ。いつもの口紅では色が薄い気がして、少しピンクが濃いものを選択。
派手ではないが、きちんとした大人の女性に見えるように、今私が出来る精一杯の自分演出。もっとはっきりとした濃いメイクも出来るが、それだと私らしさが消えてしまう気がする。お化粧して着飾って、余所行きの自分を演出しても、私は私らしくいたい。
「今日のユイは完璧だね」
完璧なんてことはないが、ノアの言葉に私は笑って答えた。
「よし、行くよ」
キャロルさんと約束をした昼食の時間、王城勤務の騎士さんや、非番の魔物討伐部隊の騎士さんが多くいる時間に、私は完全なる余所行きの自分で食堂に向かった。
食堂棟までの短い時間、すれ違う騎士さん達が私を見て振り返る。恥ずかしいという気持ちを抑え込み、笑顔を作って食堂のドアを開けると、そこで待ってくれていたキャロルさんに声を掛けた。その瞬間、食堂の空気の色が変わったように感じる。
「うん。今日のユイさん、めちゃくちゃ可愛い。いつものユイさんも可愛いけど、今日のユイさんも素敵。あっ、竜太子様、今日はよろしくお願いします」
ノアがペコリと頭を下げて、挨拶を返している。
「ありがとう、キャロルさん。覚悟してきたけど、やっぱりちょっと恥ずかしいね」
俯きがちになる私の背中を、ポンッと叩くキャロルさん。
「何言ってるの。こんな可愛いと、ここにいる騎士全員惚れちゃうかもよ」
「それは、ちょっと困る」
「そうね。私も困る」
彼女の視線の先にケントさんを見つけ、私達は顔を見合わせて笑った。
「まぁユイさん、どうしたの。今日は一段と素敵よ。おばちゃんもドキドキしちゃう」
昼食の準備で忙しい中、キャシーさんがはしゃぎながら走り寄ってくる。
「今後王城に行く時は、こうなる予定です」
私は背筋を伸ばし、スカートの脇を持って笑顔を作った。
「あそこは、女にとって別の意味で戦場だからね。それはユイさんの戦闘服、鎧みたいなものね。
いつものユイさんは可愛いけど、今日のあなたは何だかカッコいい。私、変化を恐れずに戦う女性って好きよ」
キャシーさんはそれだけ言うと、また忙しくしている厨房へ戻っていった。同性からカッコいいって言われるの初めてだけど、ちょっとくすぐったくて、かなり嬉しい。
まだ少しザワザワとする中、いつものようにお皿に山盛りの料理を盛り付け、私はキャロルさんに何も言わずに、一人で食事しているケントさんのいるテーブルへと向かった。
「ケントさん、ご一緒してもいいですか?」
「ユイさん、あの......もちろんです」
顔を真っ赤にしているケントさんの答えを確認すると、私は振り返りキャロルさんに笑顔を向ける。
「キャロルさん、ここ座ろう」
「ユイさん......」
「何か不都合でも?」
こちらもまた、頬を赤く染めている。私は、ケントさんの前にキャロルさんが座るように促した。
ノアは私の隣で、既に口を大きく開けて待っている。
「今日は一緒に図書館に行くって聞いたんすけど、本当っすか?」
「そう、お休みの日に、キャロルさんには申し訳ないけど」
ノアに料理を食べさせながら、会話は続く。
「どうせ休みの日でも、自主練くらいしかすることないんだし」
「デートに誘ってくれる人でも、いればいいのにねぇ」
私は斜め前に座るケントさんに、チラリと目を向ける。
「ゆ......ユイさん!」
焦るキャロルさんを無視して「ケントさんも、そう思いません?」と、また彼に問いかける。
「あ、あの......俺と、あの......今度、出来れば......出来ればでいいんけど......あの」
次の言葉が中々出てこないことに、私の方がもどかしくなってくる。
ケントさん頑張れ~!! 心の中でエールを贈る私の隣で、キャロルさんは既に頷いている。その間も、次々と私のお腹に消えていく料理。
「今度一緒に街に行きませんか?」
ふり絞るように出したケントさんの言葉に、私は更に問いかける。
「誰と一緒に行きたいんですか?」
そんなのキャロルさんを真っすぐ見ているのだから、既に伝わっている。
「きゃ、キャロルさんと二人で行きたいっす」
声が裏返り焦り気味のケントさんを見て、黙って何度も頷くキャロルさん。
「キャロルさん、頷くだけでいいの?」
「お休みが、合う日があればその時にでも......」
段々と小さくなっていく言葉を聞き「よっしゃ~!!」と、ガッツポーズを決めるケントさん。何事かと振り返る食堂にいる人達を無視して、私はケントさんに向けて手を高く掲げた。私の手をパーンといい音をさせながら、ハイタッチする彼。
二人を見ていると胸がキュンキュンと高鳴る。
「あ~羨ましいなぁ」
つい本音が零れてしまう。
「ユイさんは、どうなんすか?......あれから」
「何にもありません。だからこれから頑張るんです。絶対に、諦めませんからね」
私の言葉に二人は、何故か苦笑いをしている。
「えっ......無理そう?」
「いや、そうじゃなくて......。応援しか出来ないけど、がんばろうね」
キャロルさんの言葉に頷くと、私はお替りする為にお皿を持って席を立ちあがった。最近、益々食べる量を増やした私を、驚いた顔で見ている騎士さん達。この服でこれだけ食べれるって、ホント凄いと自分でも思う。
食事を終え図書室に行こうとする私を呼び止める声が聞こえ、溜息をつきながら振り返ると、思っていた通り王城警備の騎士さんが便箋を手にして立っていた。
これで手紙を渡されるのは、何度目だろう。多分15通は超えている。最初の手紙を受け取ったことを今、本当に後悔している。
「あの、これ受け取っていただけませんか?」と、緊張の面持ちで便箋を差し出す騎士さん。
「ごめんなさい。色々考えて、今後はもう手紙を受け取らないようにしようと思ってます。まだ全然読むことも出来ませんし、それに受け取るべきじゃないと思って。今までいただいたものも、返そうと思ってるんです。ごめんなさい」
私は頭を深く下げ、便箋を手にして落ち込んでいる騎士さんを残して、食堂を急いで出た。
「ユイさん、断ることにしたんすね」
「初めから、そうするべきだった。ただ既に受け取った手紙には、どれが誰のか全然わからないものもあるの」
「まぁ、今回の件もすぐ広まるだろうから、これからは誰も渡そうとはしないでしょ」
キャロルさんの言葉に、そうなって欲しいと心から願った。
そう言えば何となく気になっていたことを、二人に質問してみる。
「あのね、手紙をくれたのって全員、近衛隊と王城警備の騎士さんなの。討伐部隊の人がいないのは、偶然かな?」
「ユイさんに手紙を渡そうなんて、そんな怖いもの知らず、討伐部隊にはいないっすよ」
ケントさんは納得顔で、何度も頷いている。
「そうよね。討伐部隊の人は、私がちょっと変わってるの知ってるものね。どんくさいのとか、頑固者なのとか、ちょっとおバカなのとか」
「いや、そういう意味じゃないっす」
ケントさんとキャロルさんがまた、苦笑いをしている。
じゃあ、どういう意味なんだろう。




