63.【恋文と守るべき国】 改
図書室に通い始めてから数日後、昼の食堂で、私はこの前の近衛隊の騎士さん達に、呼び止められた。
「最近、この国の文字を学ばれているとお聞きしました。それで、宜しければこちらを読んではいただけませんか?」
そう言って差し出されたのは、封がされた白い便箋。
「竜太子様にですか?」
念の為に聞いてみた。
「いえ、ユイ様にです」
これは所謂恋文というやつだろうか。驚き固まっている私に、一緒にいた他の騎士さんからも三通差し出された。
えっ......どうすればいいんだろう。文字の勉強を始めたと言っても、まだ数日。初等科で習う単語を、数えられるほどしか覚えていないのだ。
「まだ勉強を始めたばかりなので、かなり時間を要すると思うのですが」
「読んでいただけるだけで、いいのです。お返事もいりません」
読むだけで返事もいらないのならと受け取ったが、正直困ってしまった。だって私の気持ちは既に決まっている。レオさん以外考えられないのだから。
感謝の言葉を口にして去っていく騎士さん。手にした便箋をどうしたものかと眺めていると、今日は休みだという、レオさんとウイルさんに後ろから声を掛けられた。慌てて便箋を隠すと「恋文ねぇ」とウイルさん。しっかり見られていたようだ。
『ユイに恋するなど、百年早い。実力もない青二才が』
怒りの籠ったノアの声が聞こえる。青二才......いや、あなた一応ゼロ歳ですよ。そんなつまらないツッコミをしながら、私はウイルさんの隣にいる彼を見上げた。
無表情のままで何の言葉もない彼。彼にとってはどうでもいい、興味すらないことなのだろう。
手にしている便箋をポケットに仕舞い、二人の後に続いて配膳台へと並ぶ。いつものようにお皿にてんこ盛りに料理を取り、ご飯をお茶碗に山盛りによそっていると「お疲れ様です」と声を掛けられた。振り向くと、爽やかな笑顔でほほ笑むケントさんが立っていた。どうやら、彼もお休みらしい。
「ケントさん、相談があるんだけど、ご一緒してもいい?」
咄嗟に口から言葉が飛び出した。レオさんに相談する訳にもいかず、助けを求めたいキャロルさんは夕方まで帰ってこない状況。今すぐこのモヤモヤをどうにかしたい私は、すがる思いでケントさんを見つめた。
「どうしたんすか? 俺でよければ聞くっすよ」
彼の言葉で少し落ち着きを取り戻すと、食堂の一番奥の席を指さし「なるべく離れたい」と小さい声で告げた。なんなら防音の魔道具を、今ここで使いたいくらいだ。
一緒に食べる予定だった、第三部隊の人に断りを入れてくれるケントさん。中庭に面した窓横、一番奥のテーブルに向かい合わせになるように座ると、先ほど受け取った便箋をテーブルの上に並べた。
「近衛隊の騎士さんから、いただいたんです」
「近衛隊ですか。あいつらは何も分かってないっすからね」
「しかも受け取っているところを、彼に見られたみたいなんです」
「最悪っすね」
彼は、私のレオさんへの想いを知っている、数少ない友人なのだ。
彼からキャロルさんへのアプローチの相談を受けている時に、気付いたばかりの自分の想いを打ち明けている。自分の想いを隠したまま、彼の相談に乗るのは、50/50ではない気がした。
「今はまだ読むことは出来ないけど、出来たとしても答えは決まってる。返事はいらないと言われたけど、ほっといていいのかな? それに、ちょっと......怖いというか」
元の世界でも好意を持ってくれる男性はいたし、アプローチを受けたこともある。だが私はグイグイ来られるのが苦手で、咄嗟に身構えてしまうのだ。
でも相手をレオさんに置き換えて考えると、もちろんそんなことはない。つまり、好意を持っていない男性からアプローチを受けても、それを好意的に受け取れないのだ。好きでもない人からモテても、全く嬉しくない。
「それなら、手紙を返すか、はっきりと断るかっすね」
「好きな人がいるからとは言いたくない」
「それなら竜太子様が竜王様になるまでは、自分の恋愛は考えられないってのはどうすかね」
彼の提案なら、誰しもが納得してくれる気がする。何も馬鹿正直に答える必要はないのか。
「ケントさんに相談して良かったぁ」
ほっと胸を撫でおろすと、途端にお腹の虫が食べ物を寄越せと暴れ始め、ケントさんと一緒に「「いただきます」」をして、お皿に盛られた料理は次々と私のお腹に消えていった。
結局ケントさんと話している間、ノアはただ黙って私達の会話を聞いているだけだった。今回の手紙の件、ノアはどうするべきだと思っているんだろう。
食事を終えケントさんと別れると、お茶を飲みながらウイルさんと会話しているレオさんの元へ。仕事が休みの日の午後は、図書室で文字の発音を、教えてもらうことになっている。
「今から着替えてくるので、待っててもらえますか? ちょっと時間かかるけど、急いで準備します」
「急がなくて大丈夫だ」
「王城へ行くのに、普段とは違うユイさんに変身する訳か」
「変身とまではいきませんよ」
ハードルを上げないで欲しい、という気持ちを込めた言葉をウイルさんに返し、私は急いで部屋に向かった。
今日選んだ服はウエストで切り返しがされている、ベルベット素材のドレスワンピ。上は無地の黒で、下は大きめの花柄が刺繍されている。丈は膝下10㎝くらい。
上に羽織るのは、ふわふわのファーで縁取られた黒色のボレロ。ニコルズさんに教わった方法で髪をアップにし、髪飾りも付けた。仕上げには、もちろんキャロルさんとお揃いの紅。
「ノア、これでどうかな?」
『うん。今日も可愛いよ、ユイ』
ノアの誉め言葉を素直に受け取り、私はレオさんが待つ食堂へ急いで向かった。
時間は既に二の刻前。
昼食時間も過ぎ、スタッフさんが食事をしている中、食堂のドアを開けて中に入った。するとキャシーさんが「まぁ、ユイさん。なんて素敵なの」とオレンジの瞳を見開いた。口元を押さえながら、少し興奮気味に誉めてくれる。
「そんなこと......ありがとうございます」
否定の言葉を口にしようと思ったが、ニコルズさんに言われた言葉を思い出し、感謝の言葉に変えた。自信を持って背筋を伸ばそう。
「やっぱりユイさんは可愛いべ。こんな娘が欲しかったなぁ」
クックさんは目を細め、お父さんというよりお爺ちゃんみたいな顔で、私を見ている。
「そんな服着てどこ行くんだ?」
ぶっきらぼうに聞いてきたのはゲイルさん。茶色の髪で背の高い、見た目強面の男性。見た目とは違い気さくな人で、とっても話しやすいお兄ちゃんみたいな人。
「今から図書室に行くんです」
「王城か......だから、その恰好か。大変だな」
「はい。正直着替えるのが面倒です」
素直な気持ちが零れてしまい、慌てて口を押さえると「あんたらしいな」と豪快に笑われた。
それから待ってくれているレオさんの元に向かい、二人で一緒に食堂を出ようとした時「楽しんで来いよ」とゲイルさん。いや、デートに行くわけじゃないんですけど......。
苦笑いを残し、レオさんが開けてくれたドアを出ると、昨日よりも冷たい風が私達を包んだ。
「今日は上着を着て正解でした」
「これから、もっと寒くなるからな」
「レオさん、待たせてごめんなさい。着替えてから昼食を摂ればいいんだけど......ちょっと嫌で」
今の私は一時的に作られた『よそ行きの自分』それを多くの騎士さんに見られるのに、まだ抵抗がある。
「そのうち誰も気にしなくなる」
私の気持ちを分かってくれたレオさんの言葉に頷き、王城への道を二人でゆっくり歩む。
王城への道の途中には、綺麗に整備された芝生の広場があり、突き抜けるような青空の今日は、芝生の緑が一段と輝いて見える。
『ねぇユイ、僕ちょっと飛んで来ていい?』
突然告げられたノアの言葉。
「離れても大丈夫かな?」
『そいつがいるから大丈夫』
そう答えると、ノアは私から離れ一気に空高く昇っていく。心配したのはノアの事なんだけどな。
元の大きさに戻り、身体を横回転させながら、高く高く突き抜ける青の中に消えていくノア。
私の側を離れることが出来ず、部屋で小さい体のまま飛ぶくらいしか出来ないノアは、この広い大空を飛びたいと、いつも思っていたのかもしれない。
「レオさんがいるから、私から離れて安心して飛べるみたい。ノアは、レオさんの事信用してるんだね」
私の言葉に柔らかな笑みを浮かべ「光栄だな」と一言だけ、彼は呟いた。
『ねぇ、ユイ。空から見たこの国は綺麗だよ。これが、僕が守るべき国なんだね』
ノアはちゃんと竜王様として、この国を守ろうとしてくれている。この国に、愛情を持ち始めてくれている。




