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62.【特別な時間】 改

 益々暗くなった中、石畳を歩く私達の足元を、レオさんの光魔法【光球(ライトボール)】が照らしてくれる。少し後ろには、先ほどの近衛隊の騎士さん達。


 食堂に向かっているのだから、同じ方向に歩くのは仕方ないが、出来れば私達を抜かして欲しい。私の歩幅に合わせてくれているレオさんと、彼達の歩く速度が同じ訳がない。聞かれて困る話をしている訳ではないが、何となく気まずいのは私だけだろうか。


「そう言えば、なんでノアはレオさんが迎えに来てくれるって、分かったの?」

『こいつが慌ててこっちに来る、気配がした』

 もう、いい加減レオさんの名前を呼んであげて欲しい。


「気配で分かるなんて凄いね」

「さすが竜太子様だな」

 当たり前だろうと言わんばかりに、胸を張るノアの頭を撫でた時



 ――― クシュン 


  

 くしゃみが出てしまった。

「それだけじゃ、寒いんだろう」

 自分の上着を脱ごうとした瞬間、手を止めるレオさん。


「こんな汚れた討伐服を、ユイさんに貸すわけにいかないか。でも、また体調悪くなっても......」

「そんな遠くないですし、大丈夫です。こんな遅くなる予定じゃなかったから......でも、ストールだけじゃ寒かったですね。次からは、上着を着るようにします」


 身体を温める為に早く歩いた方がいいのだけれど、彼との時間を少しでも長く一緒に過ごしたい私は、歩くペースを変えない。

「その前に、もっと早く帰るように......」

 ごもっともです。


「禁書庫の中って窓がないんですよ。だから時間の流れが分からなくて......それは、言い訳ですね」

 苦笑いし、ポリポリと左頬を掻く。


「これからは、日が落ちるのがもっと早くなる。もし日没までに帰れなかったら、そのまま図書室が閉まる六の刻までいるようにしたらいい。俺が遅くなっても、他の隊員に迎えに行ってもらうから。キャロルやウイル、他の隊員も協力してくれる」


 初日から時間を忘れ没頭していた私は、絶対に日没までに帰れると、約束する自信がない。

 ......あっ、アラームがある。

 スマホの存在を思い出した私は、次からは絶対に日没までに帰ると、約束することが出来た。


「その為に、またレオさんに充電お願いしちゃうけど、ごめんね」

「それは気にしなくていいと言っただろ。まだ、大丈夫なのか?......充電は」

「実はそろそろ......」

「それなら夕食の後、ピアノを聞かせてもらおうかな」

 私が気を使わなくていいようにと、言葉を選ぶ彼。


「では、夕食の後で......わぁぁぁっ!」

「何故、何もないところで転ぶ」

 石畳の小さな凹凸に躓き、前のめりになった私の右腕を掴みながら、呆れるレオさん。


「慣れない靴と、石畳のせい......かな?」

 掴まれた右手は、そのまま彼の大きな手に包まれた。


『誰が手を繋いでいいと言った』

「レオさん、ノアが怒ってます」

「ユイさんが、また(つまず)かない為です」


 彼の言葉にノアは怒り、レオさんの頭の上に乗ってツンツンと(つつ)きだした。まぁ、本気で怒っているとは思えないが。

 あれ、私以外の人にノアが乗るの初めてだ。なんだかんだ言いながらも、ノアは彼を認めているし、気に入っているように見える。


「ノアが私以外の誰かに触るの、初めてだね」

『触ってるんじゃない、怒ってるんだ』

(はた)から見たら、仲いいように見えるよ」

 私の言葉にノアが益々拗ね始め、彼と繋いだ手を放し、私はノアに向けて両手を広げた。


「ノアおいで」

 私の腕に納まり満足げなノアは、レオさんに向いて思い切り舌を出した。

「何それ。可愛いんだけど」

 ノアの無邪気さに、レオさんも一緒になって笑ってる。




 宿舎に着き、着替えてから食堂に行くことにした私達は、後ろにいた近衛隊の騎士さん達に挨拶をして、第三部隊の宿舎三階へと戻った。着替えたら迎えに来てくれるというレオさんと別れ、自分の部屋に入りドアを閉めた途端に、安堵するように息を吐いた。


 彼と二人になるのが正直不安だった。でも、ちゃんと笑えた。緊張も、胸の高鳴りと痛みも、全部隠した笑顔だったけれど、いつもの私でいられた事を誉めて欲しいくらいだ。もう大丈夫。私は変われる。


 夕食が終わると、レオさんはそのまま私の部屋に来てくれた。ノアは元の大きさに戻り、既にベッドの上で寛いでいる。


 ベッドサイドのテーブルの引き出しから、スマホを取り出し手渡すと、ソファーに座り直ぐに充電を始めてくれたレオさん。その様子を、向かいのソファーに座って少し見ていると、前回より慣れたように雷魔法を操作しているように感じた。


「レオさん、この前より楽そうに充電してませんか?」

「あれから、魔力操作の鍛錬として何度か練習してるからな。もう少し練習すれば、集中しなくても充電出来るようになると思う」


 たったの三日で素人の私にもわかるほど、目に見えた成果をあげる彼に驚いていると「この魔力操作の鍛錬を始めてから数日だが、魔法の発動が楽に出来るようになった気がする」とレオさんが言った。


 今までは魔法を連続で繰り出す時に、少しの遅れを感じることがあったのが、それを感じなくなったという。私にはよくわからないけれど、偶然とはいえ彼の役に立てたことを嬉しく感じる。


『この前より、魔力の流れが滑らかだ』

 ノアも何かを感じているよう。


 そして私はソファーから立ち上がり、防音の魔道具を稼働させる。それからピアノの椅子に座り、最近よく練習をしている曲を弾き始めた。ノリノリのアップテンポの曲と、片思いのバラード、季節的にクリスマスソングも。この世界にはクリスマスなんてないんだけど、寒くなるとクリスマスソングを歌いたくなる。


 3曲を弾き終えたところで、休憩してもらおうと彼に声を掛けた。しかし「まだ全然疲れてないから大丈夫だ」と言う彼。確かに前回はこれくらいの時間には、額に汗を浮かび上がらせ、顔には疲労の色が出ていた。


 充電中のスマホの画面に触り、状況を確認すると驚きの事実が......。前回とほぼ同じ四半刻(十五分)くらいで、すでに85%も充電されている。


「レオさん、前回とほぼ同じ時間で、2倍の充電が出来てます」

「そうか。練習した甲斐があったな」


 満足そうな笑みを漏らすレオさんに、満杯に充電すると壊れやすくなるから、これくらいで充分だと伝え、作業を終わらせてもらった。


「レオさんって本当に凄い」

「うん。困ったな」

 突然彼がそう言って、顎に手を当てて考え始める。


「何が困ったんですか?」

「充電が早く終わるということは、それだけユイさんのピアノを聞ける時間が短いってことになる」


 冗談なのか本気なのかわからない言葉に、ドキンと胸が強く脈打つ。本気だとしても、特別な意味なんてない。ただ私のピアノと歌が、純粋に好きなだけなんだ。


「レオさんの時間さえよければ、もう少しピアノ弾きましょうか?」

「ありがとう。それなら是非聞かせもらいたい」


 レオさんはそう言って、ソファーに身体を預けるように深く座り、深い紫の瞳をゆっくりと閉じた。

 私の歌を心地いいと言ってくれた彼の為に、私はまたピアノの椅子に座り、前に彼が好きだと言った歌を奏でる。


 彼と二人で過ごす特別な時間を、もう少しだけ楽しみたい。




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