57.【私らしく】 改
誤字報告ありがとうございます。助かっております。
おおよその金額、サイズが決まると、今度は素材と色選びに悩むことになった。もちろん素材でも金額は全然違う。ホーンラビットの毛皮を使ったラグマットだと、半年はタダ働きしなければいけなくなる。
染色のしやすさ、耐久性、値段、それらを考えると、一般的には魔羊の毛がお薦めだとウォーカーさんは教えてくれた。外国からの輸入にはなるが、魔羊は今では家畜化され、普通の羊と比べると高価ではあるが、その分耐久性が高く絨毯には最適だという。一番悩んだのは、色。
正直な気持ちとしては、薄い紫色がいいなと思ったが、あからさまな気がして気が引ける。それならと臙脂色で統一されている、今の部屋の絨毯とカーテン、ソファーに合う色がいい。
「白はどうでしょうか? 白なら竜太子様とも合いますし、部屋のイメージを損なわないと思うのですが」
「少し柔らかい白になりまが、よろしいですか?」
きっと真っ白ではなく、オフホワイトやアイボリーになるということだろうと思った私は、それでお願いしますと返事を返した。防汚魔法を付与していなければ、白を選ぶことは出来なかっただろう。
「形なんですが、角がないと嬉しいです。楕円形とか、そんなイメージなんですが。角があると、よく引っかかるんです」
私の言葉を聞きそれを想像したのか、クスッと笑うレオさんが視界の隅に見えた。
「笑わないでください」
「すまない」
きっとレオさんの中で私は『どんくさい子』確定なのだろう。隊馬のクレイに初めて乗った時も、スカートを踏み転げそうになった時も、いつも側にはレオさんがいた。でも体育の成績は悪くなかったし、足だって遅い方ではなかった。決して運動神経が悪いわけではない......と思う。
だけど、今更どんくさくないと言っても無駄なのだ。身体能力の高い騎士さんから見れば、普通の女性は皆どんくさく見えるはずだ。きっとそうに、違いない。
「ウォーカーさん、一つ聞いてもいいですか?」
「私にわかることであれば、お答えいたします」
「この国に畳ってありませんか? 私のように、絨毯に直接座る習慣ってないんでしょうか?」
「タタミは聞いたことがありませんが、王族や一部の貴族の女性は、絨毯に座ることを好まれる方もいらっしゃいますよ」
「王族、ですか?」
庶民の習慣としてあるのではないかと思っていたことが、王族の習慣としてあることにびっくりした。
「聞いた話では、竜母様が好まれたからだと伺っております。なので、竜母様とご縁があった王族、一部の貴族で習慣として残っているとか。ユイ様からご依頼があったと伺った時、驚きはありませんでしたね」
理由を聞き、納得がいく。
「教えていただき、ありがとうございました。もしかしたら、とてもはしたないことなのではと、心配だったので安心しました」
「そのような事はございませんし、気にする必要もございません」
ウォーカーさんの言葉を聞き、私はホッと胸を撫でおろした。これで遠慮なく、ラグマットの上でゴロゴロ出来るのだ。考えただけで幸せな気持ちになる。床でゴロゴロするという幸せがわかるのは、今この世界でたった一人、私だけだろう。
『僕も一緒に寝ていいの?』
『もちろんよ』
私の腕に抱かれ見上げてくるノアにそう答えると「そんなに嬉しいのか?」少し笑いの混じった声で問いかけられた。驚いて隣から聞こえた声の主を見上げると「これ以上ないってくらいニヤニヤしてる」と言われ、私は慌てて自分の頬を押さえた。
「そんなに、にやけてました?」
「幸せそうに笑ってた」
「私にも、そう見えました。当店の絨毯でユイ様にそこまで喜んでいただけるとは、至極光栄でございます」
どれだけ顔に出ていたのかと恥ずかしくなり、赤くなった顔を私はパタパタと手で仰いだ。
「私にポーカーフェイスは無理ですね」
「する気、あるのか?」
「......ないですね」
私達のやり取りを見ていたウォーカーさんの口元が少し笑ったような気がして「どうかされましたか?」と問いかけると「なんでもございません」と極上の営業スマイルで返された。
「それでは、私はこれで失礼いたします。竜太子様ユイ様の期待以上のものをご用意させていただきますので、楽しみにしていてください。納期が決まりましたら、ご連絡させていただきます」
ウォーカーさんは深々と頭を下げたのち、執務室と繋がるドアに手を掛けた。しかし、足を止めもう一度振り向くと「本日ユイ様にお会い出来た事、感謝しております。お噂通りのとても素敵な方でした。噂は......本当でしたね」とレオさんに向けて笑顔を見せ、颯爽と部屋を出て行った。
「ち、ちがうんです。ウォーカーさん。なんでレオさんは否定しないんですか~!!」
「噂なんて、今までさんざんされてきた。気にしたことなどない」
レオさんにとっては小さな、気に止める必要もないことなのだろう。
「でもレオさんが私を好きなんていう、ありえない噂は否定してください」
そうじゃないと......期待しちゃう。
「ありえない?」
レオさんの額に深い皺が現れた。
「だってレオさん言ったじゃないですか!? 誰とも付き合わないし、結婚もしないって。恋愛しないって言ってるレオさんが、私を好きになる訳ないじゃないですか!」
「俺が言ったのはそう言う意味じゃない!!」
強く否定された言葉に、微かに期待してしまった。
「......じゃあ、どういう意味ですか?」
だけど期待を込めた私の問いかけに、レオさんが答えてくれることはなく「くそっ!!」彼は怒ったように私に背を向けた。......それが答えなのだ。
もう二度と期待なんてしちゃいけない。込み上げてくる涙をこらえ「次からは、ちゃんとお友達だって言ってくださいね」私はそう言って、精一杯の作り笑顔をした。
「レオさん、今日はありがとうございました。私のせいで魔物討伐に行けなくてごめんなさい」
私の言葉に振り向いた彼の紫の瞳が、悲しそうなのはなぜなんだろう。フラれたのは私のはずなのに。
「いや、それは気にしなくていい。書類の整理もあったから、丁度よかったんだ」
「それなら、よかった」
私は張り付けた笑顔のまま彼の寝室を出ると、急いで自分の部屋に入り、ドアを閉めたところでノアを抱きしめたまま、その場に蹲った。そして声を押し殺して泣く自信がなかった私は、レオさんとの約束を破り、急いでピアノの上の防音の魔道具を起動させ、ベッドの上の枕に顔を押し付けて思い切り声を出して泣いた。
分かっていたことなのに、一瞬期待をしてしまった。だから余計に辛かった。
息をするのも苦しいほど嗚咽が込み上げ、止めどなく流れる涙。心が張り裂けそうな痛みが、彼への思いの強さを教えてくれる。
そして体が震えるほどの悲しみに包まれる私に、突然ノアが話しかけてきた。
『ユイは、なんでそこまで泣くの?』
「だって......レオ、さんに......こたえ、て、もらえ、なか、た」
『それで、あの男を、ユイは諦めるの? ユイの気持ちって、その程度の好きなの?』
「ちがう!!」
身体を起こし、睨みつけるようにノアを見た。
『ユイは、努力をしたの? あいつに好きになってもらえるように、何かしたの?』
ノアの言葉を聞いて、私は気が付いた。そうだ、私はまだ、何もしていない。彼に好きになってもらう努力も、女性としてみてもらう努力も、自分を磨く努力もなにもしていない。
『今、あいつが誰のことも好きにならないと思っていても、先のことなんてわからないだろ!? ユイだって、この世界に来た時、帰りたいって泣いていた。けど今は違う。あいつのいる、この世界を離れたいと思っているの?』
「思ってない」
『人の気持ちに絶対はない。良くも悪くも。だからユイがあいつを変えればいい。傷つくのが怖いなら、恋なんてしなければいい。あいつを振り向かせたいなら、傷つく覚悟がなきゃダメなんじゃないの?』
「子供のくせに、ノアの方が大人みたい」
『僕は子供だけど、歴代の竜王の知識を持ってるからね。子供扱いしないでほしいな』
ノアが言うように、今はレオさんの特別になれなくても、いつか彼に思ってもらえるように、そして自分の想いを彼に伝える勇気が持てるように、私は私らしく頑張るしかない。
『ユイの笑顔は一番の魅力なんだよ。だからユイはいつも、笑っていて。そしたら、きっと大丈夫だよ』
ノアの言葉に大きく頷くと、私は頬をパーンと叩いて「よし!」と気合いを入れて、ベッドから立ち上がった。




