55.【朝は戦場】 改
騎士さん達が去った後の食堂で、私一人がテーブルに張り付くように俯せた。テーブルの上でノアが私の頭を、ツンツンしてちょっかいをかけるが、それに反応する元気もない。
「つかれた......」
「ユイ様、初日から朝の戦場を味わったから、疲れたでしょ」
キャシーさんが私の前に、お水の入ったグラスをそっと置きながら隣に立った。
「今まで、騎士さん達が少なくなる時間に食べに来てたから、朝がこんなに大変だって知らなかったです」
「一日の中で、朝が一番忙しいからねぇ。今日はユイ様が居てくれたから、私は助かりましたよ」
「私ちゃんと役に立てましたか?」
私の言葉を聞いてキャシーさんは「そりゃあもう、大助かりさ」と背中をボフッと音がするくらい勢い良く叩いた。
「ごほっ!」
「あっ、ごめんなさいね。つい力入っちゃったわ」
屈託の無い豪快な笑顔のキャシーさんを見て、少し元気を貰った私は『早く食べた~い』と言うノアの言葉に押されて、重い腰をゆっくりとあげた。
「ここの賄いは、騎士さん達が食べ終わったものを食べる感じだから、ユイ様には申し訳ないね」
眉をハの字に下げるキャシーさんに、私は笑顔でこう答えた。
「残り物っていっても、美味しいものばっかりじゃないですか。全く問題ありません。それにこんなに沢山あるのに、食べない方が勿体ないですよ」
「そう言って貰えると嬉しいね」
明らかにホッとした表情を見せるキャシーさんに、食堂の皆さんに挨拶がしたいと告げると「みんなこっちを見ておくれ」と食堂に響きわたる声で、みんなの意識をこちらに向かせてくれた。
「今日からお手伝いさせていただけることになった、ユイです。様ではなく『さん』と呼んでいただけると嬉しいです。ご迷惑にならないように一生懸命働きますので、ノア共々宜しくお願いしま~す」
大きな声と笑顔を心がけ深々と頭を下げると、明るめの茶色い髪の男性に「竜母様って聞いて、ちょっとやりにくいなぁと思ってたけど、なんだこの人。本当に竜母様か?」と驚いた顔をされた。
「ノアの育ての親にはなるけど、私は一般人です。特別扱いされたくないので、気軽に用事を言い付けてください。元気に楽しく働きたいので、気を使ったりしないでくださいね」
「あんたがそれでいいなら、俺は大歓迎だ。俺はゲイル・ハミルトン。よろしくな。ゲイルと呼んでくれ」
ゲイルさんは頬にえくぼを覗かせ、強面の顔をくしゃりとさせ私を受け入れてくれた。
「こら、ゲイル。あんたは気を使わなすぎだよ」
「キャシーさん、怒らなくても大丈夫ですよ。私はそれくらいの方が嬉しいです。ゲイルさん、私も気を使うつもりはないですよ」
「おぅ、望むところだ」
お互い笑顔で挨拶を交わすと、他の人も私がどんな人間なのか少し理解してくれたようで、その場の雰囲気がかなり和やかになった。私がここに馴染みやすいようにしてくれた、ゲイルさんには感謝しかない。
それから大皿に残っている料理から食べたいものを選び、キャシーさんとクックさんの前の席に座ると、まだ決まっていないこれからのことを聞いてみようと思った。
「「「いただきます」」」
三人で手を合せ、お茶碗に大盛りに盛られたご飯を一口食べると、お米の甘さがいつも以上に感じられ、自然と笑顔が零れる私を見てキャシーさんも、朝ごはんを食べ始めた。
「朝が一番忙しいから、朝手伝ってもらえると助かるよ。今日だってユイさんが居てくれたから、あたしは洗い場にも入れたから、いつもより洗い物が溜まらなくて助かったんだよ」
「少しは役に立てたんですね。よかったぁ」
「ユイさんに『いってらっしゃい』って言われた騎士さん達の顔が、嬉しそうだったべ。朝から可愛い子に、笑顔で送り出されたらやる気が出るのもわかるべな」
「悪かったね。あたしじゃ、元気も出ないってことだろ!?」
オレンジの瞳で、冷たくクックさんを睨みつけるキャシーさん。突然勃発しそうな夫婦喧嘩に驚き「私は朝以外にはいつお手伝いすればいいですか?」と問いかけると「慣れるまでは、朝だけでいいよ」とキャシーさんに言われた。
「お昼に来る騎士の人数は朝の半分以下だし、朝勤務の人は夜当番は入らない決まりなんだよ。だから慣れたら、お昼も手伝っておくれ。今、正直しんどいんじゃないの?」
「実は足が棒のようになってます。短い時間だからと軽く考えてました」
予想以上に疲れた事を素直に口にすると、キャシーさんは笑いなから「最初は皆そんなもんだよ」と言ってくれた。私に気を使ってそう言ってくれたのかもしれないが、キャシーさんの気遣いが有難かった。
「そう言えば、手伝いの給金はいらないって言ったんだってねぇ?」
「竜母として充分な給金貰ってるんでいらないです。ただ交換条件ではないですが時々でいいので、また夜に食堂を使わせて欲しいです。余り城外に出ることが出来ないので、お酒飲んだり出来ないから」
私の交換条件を聞いて「そんなのお安い御用だべ。この前なんて、貸す前よりキレイになってて、驚いたんだべな」とクックさんは快く快諾してくれた。
手の空いた騎士さん達が、調理場を掃除してくれていたから、きっとそのことを言っているんだろう。
また皆で楽しいお酒が飲めると思ったら嬉しくて、ついつい笑顔になった私を見て「ユイさんがいると食堂が明るくなるね」とキャシーさんが言ってくれた。私はお茶碗につがれたご飯を、大口を開けて頬張りながら「うれひいでふ」と笑顔を返した。
『僕にもちょうだい』
「ほめん、ほめん。......はい、あ~ん」
ノアに好物の卵焼きを食べさせ、私も残りの半分を口に運んだ。
「美味しいね。ノア」
『うん。美味しいね』
ノアもこの食堂の料理が大好きだと伝えると「そんな事言ってもらえるなんて、後世まで自慢するだよ」とクックさんが涙ぐんだ時は、正直焦った。
この国の人にとって次期竜王であるノアに褒められる事は、それほど大きなことなんだと改めて感じ、そんな彼の母に選ばれた事を誇りに感じた。
「ノアは凄いね」
私の言葉に、胸を張りドヤ顔をするノアはまだまだ幼いが、日々成長を続けていく彼が私の肩に乗れるのは、あと少しかもしれない。
「ノア、だいぶ大きくなってきたから、そろそろ肩には乗れなくなるね」
『僕、重さも自由に変えられるけど、大きさも変えられるようになったよ』
思いもよらない言葉に驚くと、私達の目の前でノアは生まれた時と変わらないサイズにまで小さくなった。
「そんなこと出来るの!?」
『ユイの肩に乗る時は、小さくなるから大丈夫』
私が知らない間に、見た目だけではない成長をしている事に気が付き、彼の成長が今まで以上に楽しみになった。
「ノアはどんな竜王様になるんだろうね。楽しみだね」
『僕はユイみたいな竜王になるよ』
全く意味が分からない。
「どう言うこと?」
『それは内緒だよ』
彼の言った言葉の意味がわかるのは、まだまだ先の話である。




