51.【偶然と偶然】 改
ユイさんが街で買ってきた荷物を部屋の前に下ろすと、俺はまた彼女のところへと急いで戻った。馬車の前でキャロライン、ニコルズと楽しそうに笑顔で話す彼女の側に行くと、ニコルズが「色々噂は聞いていたけど、本当に変わったみたいね」と俺の顔をまじまじと見てきた。
「噂とはなんだ?」
「あのロブ・ナイト様が、女性とイチャイチャしながら、街を歩いていたってね」
ニコルズの言葉を聞いて「レオさん、そんな人いるんだ」と平気な顔をして口にするユイさん。
「え? もしかして......分かってない?」
「ニコルズ、そのことには」
咄嗟に俺の言葉を理解し「あなたも大変ね」と俺の肩を軽く叩くニコルズ。「それではユイ様、本日はこれにて失礼いたします」と言って彼女は馬車に乗り込み、マードック副隊長と共に帰っていった。
「私、変なこと言ったの?」
ユイさんがキャロラインに確認すると「ユイさんは人のことより、自分の事が先ですね」と心配されていた。
彼女が俺の気持ちに気付くのは、いつになるのだろうか。俺からの告白が出来なくなった今、彼女が俺の方を向いてくれるのを待つしかない。ただ待つしか出来ない俺に、彼女が特別な感情を持ってくれるのだろうか。
そして恋愛経験のない彼女から、俺に告白なんてしてくれるのだろうか。彼女を諦めるつもりはないが、チャンスを与えられたからといって楽観的にはなれない状況に、俺は思わず溜息を漏らせた。
『もう諦めるのか?』
『彼女が鈍感なのは、分かってることです。これからですよ』
溜息を漏らした俺を見ていた竜太子様の思念が聞こえ、俺は弱気になった自分を奮い立たせるように返事を返した。
「レオさん、今日夕食の後お時間いいですか?」
突然掛けられた声に振り向くと、ユイさんが柔らかな笑顔を見せながら、こちらを見ていた。大丈夫だと返事をする俺を見て、少し照れたような表情を見せながら「じゃあ、後で伺いますね」と言った彼女の変化に気が付いた俺は「その口紅似合ってる。可愛いな」と思ったことを言葉にした。
「ありがとう。キャロルさんと一緒に買ったの」
恥ずかしそうに俯く彼女の言葉で気が付き、キャロラインの方を振り向くと「私には興味ありませんものね」とにっこりと作り笑顔を向けられ「すまない」と謝るしかなかった。
「そういう訳じゃないんだが」
「別にかまいませんよ」
造り笑顔のまま、少々棘のある言い方をされたが、それも致し方ない。誰がどう見ても、俺が悪いのだから。
夕食の後程なくして、俺の部屋の扉がノックされ、ユイさんが竜太子様を連れて部屋を訪れた。部屋に入ると彼女は直ぐに「今日、街でこれをレオさんに買ってきたんです。良かったら使ってもらえますか?」そう言って、掌より少し小さい四角い木の箱を差し出した。
「俺にか?」
「随分遅くなってしまったんだけど、服のお礼です」
彼女の肩に乗っている竜太子様は、気に入らない様子で俺達の遣り取りを伺っている。
「おかしいだろ。あれはユイさんの服を汚してしまったから、買っただけだ。お礼なんても貰う訳には」
「受けっとってくれないんですか?」
黒い瞳を潤ませて悲しそうな顔で見つめられると、何も言えなくなった。
「レオさんの為に買ってきたんです」
「......それじゃあ遠慮なくいただくよ」
俺の言葉に表情を一転させた彼女は、気色を見せると「ありがとうございます」とお礼を口にした。
「いや、お礼を言うのは俺だろ。とりあえずソファーにどうぞ」
俺は座るように促すと、彼女のくれた箱を手にして先にソファーに腰を下ろした。向かいの席に座るユイさんに「見てもいいか?」と確認すると「気に入ってもらえるといいんだけど」と言われたが、彼女がくれるものなら正直なんでも嬉しい。
木の蓋を開けると、そこには今まで何度となく女性から手渡された『願いの紐』が入っていた。もちろん今まで、それを受け取ったことはないし、欲しいと思ったこともなかった。
しかし、ユイさんから贈られた『願いの紐』は、俺にとってはどんな高価な物よりも価値がある物だった。
「ユイさん、この石の意味分かってて、選んだのか?」
きっと彼女は、意味など知らずに選んだのだろうと思ったが、俺の勘は悲しいかな外れることはなかった。
アメジストは恋愛成就の石、そして命のお守りと言われる石は黒。この二つが意味するのは「あなたのことが好きです」というものなのだが、偶然に偶然が重なっただけだったようだ。
アメジストを見て「レオさんの髪みたいにキラキラして綺麗だったの」と俺の髪を褒める彼女は、頬を染め照れくさそうに俯いた。
「命のお守りは、レオさんが怪我とかしないようにって選んだの」
恋愛成就の意味を持つアメジストと、自分の色の石の組み合わせを贈ることで、相手に自分の思いを伝えるという『願いの紐』の贈り方を、異世界から来た彼女が知らないのは当たり前だ。
だが、ただの偶然だとしても、嬉しくて仕方がない。
意識していないと緩んでしまう頬を手で隠し「明日から付けさせてもらう。本当にありがとう」とお礼を言うと「喜んでもらえてよかった」と彼女はホッとした表情を見せた。
「レオさんは、褒められるのが好きじゃないって言ったけど、私レオさんの髪の毛の色大好きなんだ。だからアメジストは、直ぐに決まったの。あっ、好きなのは髪だけじゃないよ」
耳まで赤くしながらも、一生懸命に石を選んだ理由を説明するユイさん。その彼女の言葉がまた、俺の心を軽くしてくれる。
自分の容姿を嫌い否定し続けて来たけれど、初めてこの容姿で良かったと思うことが出来たのは、自分の好きな人に褒めてもらえたからなのだろう。ユイさんに出会わなければ、彼女を好きにならなければ、一生そんな風には思えなかったかもしれない。
「あっ、髪の色で思い出した。レオさんってどんな魔法が使えるの? キャロルさんが、紫の髪の人は複数の系統の魔法が使えるって教えてくれたけど」
恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、彼女は唐突に話を変え、俺が使える魔法のことが知りたいと言ってきた。
「無属性魔法と自然魔法が使える。具体的に言えば、無属性魔法だと、俺は相手の魔力を吸い取ることが出来る。自然魔法は、風と光と雷の魔法が使える」
『へぇ、お前結構やるな』
『お褒めに預り光栄です』
最初は驚いていた竜太子様の思念も、今では自然体で話せるようになった。
「かみなり?」
何が気になるのか、その言葉を呟いたあと、彼女は暫く黙り込んだかと思うと、徐に立ち上がり「レオさんにお願いがある」と言って、竜太子様を置いて部屋を出ていった。
状況が飲み込めず竜太子様と二人見つめ合っていると、前に見せてもらったスマホなるものを手にして、ユイさんは戻ってきた。
「あのね、雷の魔法って極限まで小さくすること出来る?」
「こういうことか?」
そう言って俺は、両手の人差し指を近づけて、その間を雷が通るようなイメージで魔法を発動させた。指と指の間を小さな光がバチバチと音を立てて飛び交うと「それよ!!」と言ってユイさんは、俺の手を握り締めてきた。
「はぇ?」
驚き過ぎて変な声が出てしまった。
「スマホを動かすのに必要な電気ってそれなの。その電気をスマホに貯めることが出来たら、また音楽が聞けるの」
「あぁ......あ?」
ユイさんが言っている意味は良くわからないが、この魔法が役に立ちそうなことはわかった。
「俺はどうすればいい?」
「スマホのこの穴に、さっきの弱い雷を流してもらえる?」
何をすればいいかは理解出来た。
「これ失敗したらどうなる?」
ふと心配になって疑問を投げかけると、ユイさんはケロッとした顔で怖いことを口にした。
「壊れるか、充電出来ないかよね」
「壊れたらダメだろ!!」
「充電出来なきゃ使えないんだから、壊れてるのと一緒よ」
彼女の言うことはわかるが、彼女が大事にしていた物を壊すかもしれないと思うと手が震える。両手の指を近づけて極限まで雷を小さくするイメージを浮かべ、何度か練習を繰り返すと、俺は覚悟を決めて彼女の大切なスマホを手にした。




