5.【あたしは生きてる】 改
キャロラインさんに少し体を支えてもらいながら、私は新しい服に袖を通した。白の襟付きのシャツと、紺色の膝下20cmのフレアスカート。正直ウエストがちょっときつい。
「これってキャロラインさんの服ですか?」
「ええ、そうです。団から支給された新しい騎士服を持ってきたのですが、気に入りませんか?」
「いえ、そうではなくて、ちょっと......」
「......?」疑問符を浮かべ、首を傾げる彼女。
「恥ずかしいんですが、お腹がちょっと......」
騎士だと言う彼女は、私より10cm以上背の高い、鍛えられ引き締った身体の持ち主だ。
決して私がデブなのではない。日本では標準だった...と、思う。大切なことなのでもう一度言う。
『デブではない』
私の言葉を聞いたキャロラインさんは急いで自分の部屋に行き、自分が持っている中で一番ゆったりしているというワンピースを貸してくれた。彼女の露草色の髪を引き立たせる白いワンピースは、裾や袖に小さな刺繍が入っている可愛いデザイン。
「入隊前に買ったんですが、入隊したら日焼けはするし、筋肉はつくしで結局似合わなくて着てないんです」 そう言って残念そうにしながら、服を手渡してくれる彼女。
「よかったら貰ってくれませんか?」
「えっ?」
驚いた私に「勿体ないので、よかったらどうぞ」と彼女は優しく微笑む。
有難いけど、本当に貰ってもいいのかな? 図々しくない?
頭の中で思考を巡らせていると、私の思いに気づいたのか「遠慮ならいりません」と彼女に言われた。
これ以上迷うと失礼になると思った私は「ありがとうございます。可愛いくて嬉しいです」と言って服を受け取ると、ドキドキしながら直ぐに着替えた。
そして、今度は大丈夫だったことにホッと胸を撫でおろし、もう一度彼女にお礼を告げて微笑んだ。
着替えをすませ椅子に座ると、時計はお昼の一時を過ぎたところだった。時計の形を見る限り、時間の概念は同じなのかもしれない。
キャロラインさんは部屋を出ていくと、トレーに暖かい飲み物と卵とハムのサンドイッチを乗せて運んできてくれた。
食べ物も似ているのかな? そう思ったけれど、サンドイッチに手を伸ばす気にはなれなかった。
温かい飲み物はルフィナと言うお茶で、紅茶より濃い色のはちみつのような甘い匂いのするお茶だった。見た目から濃い味を想像したルフィナ茶は、上品な甘さのある癖のないさっぱりとしたお茶で飲みやすく、強ばっていた気持ちが、ほんのちょっとだけほぐれた気がした。
「美味しい」
「気に入っていただけて良かったです」
ずっと心配そうな顔をしていたキャロラインさんが、この時優しく微笑んでくれた。きっと心配させていたのだろう。
「私はこの後、少しここを離れなければなりません。疲れていらっしゃるようなので、暫く横になられてはいかがですか?」
「ありがとうございます。そうさせて頂きたいです」
「申し訳ありません。眠っている所をお声を掛けさせて頂くことになるかもしれませんが、宜しいですか?」
「もし眠っていたとしても起こしていただいてかまいません」
私の言葉にそっと頷くと、彼女はスッと立ち上がり部屋を出ていった。
三人は横になれそうな程大きなベットに両手を広げて横になり、天井を見上げた。
「私......生きてる」
無意識に漏れた言葉。数時間前、もう二度と有希にも健太にも会えなんだと、死を覚悟した私。
両方の手を開いたり、閉じたりを繰り返した。
うん。私は、生きている。
ベットの上いつの間にかウトウトしていた私は、部屋のドアがノックされた音で目を開けた。
「はい。どうぞ」
了承すると、キャロラインさんがドアを開けて部屋に入ってきた。
「少しはお休みになられましたか?」
「はい」私は少し笑顔を作って答えた。
「少しお話をすることは出来ますか?」
彼女の問いかけに頷くと、隣の部屋の隊長さんの部屋に案内された。その時、時間は四時を過ぎていた。ウトウトしていただけのつもりだった自分が、三時間近く眠っていた事には流石に驚いた。
隊長さんの部屋に入ると、三人の男性がソファーに座って私が来るのを待っていた。促されるようにソファーに座ると、案内してくれたキャロラインさんは部屋を出た。
一人目はこの部屋の主、宮廷騎士団第三部隊長のルーカス・ギブソンさん。黒が混じった様な赤い髪と瞳をした眉毛の濃い、ちょっと強面の四十代後半の男性。右目の下に大きな傷がある、ラガーマンみたいな体型の人。
二人目は宮廷騎士団統括長ハリー・クラウドさん。騎士団のトップってことだよね?
クラウドさんは一言で言って赤紫の熊男。うん、それ以外に言葉がない。フサフサしてる腕の毛に目が釘付けになる。意識して目を逸らしても、無意識のうちにまた見ていたようで「そんなに気になるかい?」と腕の毛を撫で付けながら笑われた。その毛を隊長さんの頭に分けてあげたい、そう思ったのは内緒です。
三人目は宮廷魔導師統括長のリアム・ケリーさん。騎士団のお二人とは違って、小柄で上品な感じの銀色長髪の五十代くらいの男性。穏やかな口調で、銀縁メガネを指でクイっと上げる姿がちょっとかっこいい。
三人やキャロラインさん、副隊長さんを見て私は思った。この世界の人は髪と目の色が、基本同じなのかなと......。
ケリーさんは黒目だけど、その他の四人は髪と瞳が同じ色をしていた。副隊長さんは深い紫色、どちらかと言えば黒に近いかもしれない。正直、全員髪を染めてるのかなって思うくらい、日本人の私には違和感しかない。
三人に続いて私も自己紹介をする。「望月結、二十歳です。ユイが名前で、モチヅキが名字です」
「体の方は大丈夫かい?」とクラウドさんが気遣った言葉を掛けてくれる。それには「はい」と小さく頷いた。
「詳しい説明は後日させていただきますが、本日中に確認したいことがあり、お呼び立ていたしました」
ケリーさんはそう言って、木の箱から黒光りする球体を出して来た。
「何も言わずこれを持っていただけますか?」そう言って差し出された球体を、私は両手で受け取った。片手で持つには少し大きい黒い球体は、石のような見た目に反して、さほど重くはなかった。
「これはなんですか?」
私が言い終えるのとどちらが早いかというタイミングで、球体は熱を持ち始めた。それに目を向けると球体の中心部から優しい淡い光が広がり、その光は球体の中でゆっくりと旋回し始めた。
「なにこれ?」
首を傾げ目の前に座る三人に目を向けると、クラウドさんは目を見開き、隊長さんは口が半開き、ケリーさんはちょっと嬉しそうに微笑んでた。
「ありがとうございます。これで確認が取れました。今日はここまでにしましょう。ユイ様、何かお聴きになりたいことはありますか?」
一人で納得したような表情のケリーさんが、置いてけぼり感満載の私に問いかけてくる。
「......この世界は私がいた世界とは違うんでしょうか? 異世界というか......見たこともないものが多いように思うんです」
真っ直ぐにケリーさんの瞳を見つめて問いかけた。
「そうですね。ユイ様のいらした世界とは違いますね」
予想していた答えなのに、言葉が出てこない。私は思わず、膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めた。
「大丈夫ですか?」
「私は......元いた世界に帰れますか?」
「それは私達には分かりません」
ケリーさんの言葉に目の前が暗くなった。
生きていた事を喜んだのに、結局有希と健太にはもう会えないのかもしれないと思うと、目頭が熱くなった。俯き鼻をすすると「突然のことでお辛いと思いますので、詳しいことはまた明日にでもお話させてください」とケリーさんに言われ、私は無言で頷くしか出来なかった。
そんな重い空気の流れる中、突然窓の外で大きな花火の音が聞こえ、それと同時に湧きあがる男達の歓声。驚いて顔を上げると「ユイ様の御陰でこの国の未来に光がみえましたからね、そのお祝いです」と隊長さんが教えてくれた。私は窓の外を見つめ、ただただ戸惑うことしか出来なかった。
後で聞いた話だが、それは『竜母様』が見つかったことを国中に知らせる花火だったらしい。
読んでいただきありがとうございます。