48.【お友達認定しませんよ】 改
それからはノアが食べたがるモノをいくつも買い、キャロルさんと二人、紙袋にいっぱいの果物を持って、マルシェを回ることになった。
「ユイ様、荷物お持ちいたします」
マードックさんにそう言われたが「騎士さんが荷物を持ったら、いざという時困りますよ」と言って断った。すると「あなたという人は」と、思い切り溜息をつかれてしまった。私そんなダメなこと言ったかな?
そして一通りマルシェでの買い物が終わった私は、ベニモモを買ったお店に寄って店主のロペスさんに声を掛けた。
「ロペスさん、お願いがあるんですがいいですか?」
このマルシェの中でも、顔の広そうなロペスさんが適任だと思ったのだ。
「私に出来ることですか?」
「街の皆さんに伝えて頂きたいことがあって......」
「それならお安い御用です」
ロペスさんはそう言うと、マルシェの端まで聞こえるのではないかと思うくらいの大声を出し、近くにいた人は鼓膜にビンビン響く声に驚き、慌てて耳を抑えた。
「みんな~。ユイ様が聞いて欲しい事があるってよ~!!」
行き交う人々の声で賑やかだったマルシェが、一瞬で静まり返り注目を浴びる私。いやいやいや、こんなつもりじゃなかったんだけど。
額にうっすらと浮かぶ汗を拭うと、覚悟を決めた私。深呼吸をしてから通りの方に身体の向きを変え、自分の思いを口にする。出来るだけ遠くまで聞こえるように、大きな声で。
「今日は楽しい時間をありがとうございました。今後も竜太子様と一緒に来たいと思えるほど、楽しかったです。だからこそ、皆さんにお願いがあります。私は『ユイ様』と呼ばれることがあまり好きではありません」
私の言葉にザワザワとした雰囲気が広がる。
「私はみなさんに『ユイさん』と呼んで貰いたいです。皆さんと仲良くなりたいんです。
竜太子様にこの国をもっともっと知ってもらって、大好きになって貰いたいです。だから、今後私達を見たら『ユイさん』と気軽に声を掛けて下さい。私と竜太子様にこの国のこと、皆さんのことをたくさん教えてください」私はそう言って頭を下げてお願いをした。
「ほ、本当にそれでいいんですか?」
ロペスさんが、恐る恐るという感じで問いかけてくる。
「敬語もいりません。このことを帰って身近な人に話してください。出来るだけ多くの人に知ってもらって下さい。いいですか、私の事を『ユイ様』と呼んだ人は、お友達認定しませんよ」
私はそう言ってにっこりと笑って見せた。
「お、お、俺も友達になれるんです......なれるのか?」
「もちろんです。ロペスさん」
一瞬の間があったあと「わぁぁぁ!!」と言う歓声と共に拍手が沸き起こり「あんた面白い人だな」と言われたけど、それは褒め言葉でいいんだよね?
「ねぇお姉ちゃん、僕達ともお友達になってくれる?」
可愛い声に気付き下を向くと、五~六歳の男の子が三人寄って来ていた。名前はロイくん、ジャンくん、ルイスくん。
「もちろん。今すぐには無理かもしれないけど、いずれは竜太子様ともお友達になれるよ」
子供達はその小さな瞳をキラキラと輝かせ、私の頭の上にいるノアを見つめて「近くで見るとかっけぇぇぇ」と騒いでいる。ノアも満更ではない様子で、少し姿勢を正してカッコつけた。
「ユイ様」
呆れたような言葉が聞こえ振り向くと、マードックさんが半分諦めたような表情で立っていた。
「聞いてはいましたが、これほどまでとは」
眉間に深い皺を刻み、大きな溜息をつく彼。これほどとは? 私の頭の上に疑問符が見えたのか、マードックさんは言葉を続けた。
「竜母様という立場にありながら、なぜそこまで平民にこだわるのですか。国民と近づけば、それだけ危険が伴います。もっと危機意識を持ってください」
言い聞かせるように優しい声で、語りかけてくるマードックさん。その金色の瞳には、私は危なっかしい子供に見えているのかもしれない。
「私のやるべき事は、ノアにこの国を好きになってもらって、この国の竜王になる覚悟を持ってもらうことです。ただ成竜に成長するだけじゃダメなんです。その為にも、私はこの国をたくさんノアに見せたいです。
それに、私はノアが竜王になった暁には、街に下りて平民として暮らして行きたいんです。それなら、お友達はたくさんいた方がいいでしょ!?」
平民で有りつづける。その思いは絶対に変わらないし、変えるつもりもない。私はあの人のような人間には絶対にならない。
それから広場の中心にある噴水の近くで、温かいルフィナ茶を買って少し休むことにした。キャロルさんと一緒にベンチに座り、ノアは私の膝の上で大きなあくびをしている。
「しかし、さっきのユイさんには驚かされたな。まさか『ユイ様』と呼ぶな。『ユイさん』と呼べって言うなんて」
口元に手を当て、クスクスと笑うように話すキャロルさん。
「命令はしてないよ!?」
「いいえ。あれは一種の脅しでしたね」
「もしかして、あれも偉そうになっちゃったかな?」
ちょっと心配になってきた。
「あれくらい言わないと、誰も『ユイさん』とは呼べないでしょうけどね。それにユイさんが心から、皆さんと仲良くなりたいと思ってることは、伝わったと思うよ」
キャロルさんはそう言ってくれたけれど、もっと他の言い方があったのではと、私は深く反省をした。
自分では同じ立場だと思っていても、相手がそう思っていなければ、言葉の受け取り方も違うんだ。
『ユイらしくていい。あれが僕が大好きなユイだ』
「そうですね。あれでこそ、ユイさんですね」
褒められているのか貶されているのかわからない言葉を言われ、私は少し嬉しくなった。二人共、こんな頑固者の私を受け止めてくれて、ありがとう。




