43.【変わらない気持ち】 改
ある時を境に、ユイさんの視線が俺を通り越し、背後にいる誰かに向いていることに気がついた。俺達と会話をしながらも、俺の後ろにいる誰かを気にし、そして時々笑みを見せる彼女。
顔を赤らめているのは、お酒に酔ってるからなのか、それとも......。嫌な胸騒ぎを感じている俺を、更に追い詰めるユイさんの言葉。
「可愛い。私がんばろう」
「(好みのタイプは)可愛い人」
それは、俺の後ろにいる誰かの事を指しているのだろうか? ドクドクと大きく脈打つ心臓と、息が苦しくなるような胸の痛み。自分の勘違いであって欲しいと、願わずにいられない。
そして間違いなく俺は『可愛い』と称されるタイプではないということも、追い打ちをかける。
「そう言えば、私達っていつまで王城敷地内から出ちゃダメなの? ノアを連れて街に買い物に行きたいんだけど、やっぱりダメかな?」
以前から落ち着いたら街に出たいと言っていた彼女が、俺の顔色を伺うように聞いてきた。
「護衛を付ければ大丈夫だと思うが、隊長に確認してみよう」
「護衛はキャロルさんでもいい?」
可愛く首を傾げお願いするように問いかけてくる。
「俺じゃダメなのか?」
不安な気持ちが益々大きくなる俺に、恥ずかしそうに答えるユイさん。
「う~ん。女性の方がいいかな」
男の俺が一緒だと、買い物しにくい物なのだろうと自分を納得させ、平静を装って了解の返事をしたが、心中は穏やかではない。小さなことなのに、なぜこんなにも不安になるのだろう。それとも人を好きになると、些細なことでも気になったり不安になったりするのだろうか。
今まで感じたことのない感情に戸惑い、大きく溜息を漏らした俺を見て「レオさん疲れたの?」と心配してくれる彼女。そして彼女の腕に抱かれ、俺を観察するように見つめる竜太子様。
そうだ、こんな事で不安になっている場合じゃない。もし彼女が俺以外の誰かを好きになったとしても、俺の気持ちは変わらない。
あと少しで制限時間の十の刻だという頃、ユイさんは徐に立ち上がり、竜太子様をテーブルの上の籠に下ろした後、配膳台に置かれている大皿を片付け始めた。
第三部隊に配属されて二年未満の若い隊員達が慌てて立ち上がり「ユイ様、俺達が片付けるんで止めてください」と言うと「なんで? 私も参加したんだから片付けるよ」と彼女は疑問符を浮かべたような表情を見せた。
「これは俺達の仕事なんで」
彼女が手にしている大皿を取り上げようとする隊員。
「今は仕事中じゃないですよ」
それを躱し、取られないようにと背を向ける彼女。
「隊長から言われてるんですよ~!!」
「片付けちゃダメって、私は言われてませんよ!?」
穏やかな口調でありながら圧を感じさせる彼女に、若い隊員達はタジタジになっている。
「いや、勘弁して下さい。俺達が怒られます」
彼女に手伝わないでくれと懇願する若い隊員と、意地でも手伝おうとする彼女のやり取りをどうなるのかと見ていると「レオさん、私が片付けても怒りませんよね?」と俺に振ってきた。
「お前達、諦めろ。ユイさんは言い出したら聞かない人だ」
「そうです。私は頑固者なんです」
彼女らしい言葉に声を出して笑うと「レオさん、笑いすぎです」と睨まれたが、それさえも愛おしいと思うのだから仕方がない。
「よし、俺も片付けるか。皿を片付ける奴と、洗い物をする奴に別れるぞ。全員でやれば早く済む」
「え~!! 俺達もやんのかよ。ったく、仕方ねぇなぁ」
面倒くさいといいながらウイルも立ち上がり、酔っ払って動けなくなった奴はそのままにして、半分以上の隊員で片付け始めた。ちなみにキャロラインは既に半分寝ている。
「ノア、キャロルさんの事お願いね」
ユイさんは竜太子様に向かってそう言うと、そそくさと厨房に入って洗い物をし始めた。
「さぁ、どんどん持ってきてくださ~い」
鼻歌を歌いながら、手際よく洗い物を済ませていく彼女の隣で、彼女が洗ったお皿を濯いでいく。
「それはどんな歌?」
「内緒です」
「どうして?」
「......なんとなく出てきた歌なので、意味なんてないですよ」
酔いが冷め始めている彼女の横顔が少し赤みを増し、前を向いたまま微かに照れたような表情を見せた。
「今日楽しかったですね」
「それなら良かった。また調理長に頼んでみよう」
「本当ですか?」
黒い虹彩をキラキラさせ、興奮気味に問いかけてくるユイさん。その表情に思わず笑みを漏らすと「もう、また笑う」と彼女は不満そうに頬を膨らませた。
「私の事ちょっと子供っぽいと思ってるでしょ!?」
「ちょっと?」
「もう、レオさんひどい!!」
泡の付いている手を使えない彼女は、身体を軽く俺に体当たりさせて精一杯の反論をしてみせる。声を上げ笑っていると「そこのお二人さん、皿洗いってそんなに楽しいですか?」とウイルに嫌味を言われ「まぁな」と返事を返した。
「洗い物はこれで終わりなんで、お願いしますね!」
語尾を強めるウイルにほくそ笑むと、片方の口角だけを上げてニヤリと笑われた。
洗い物が全て終ったとき、タオルで拭いているユイさんの手が真っ赤になっている事に気が付いた。「濯ぎの方がお湯使えたから、変わればよかったな」そう言って、俺は彼女の手を取る。
「あったかい」
向かい合わせのまま、俺の手を握り返してくるユイさん。
「レオさんの手って大きいですよね。この前も思ったんですけど」
「ユイさんの手が小さいんだろ」
「そうかな?」
首を傾げ可愛い表情で俺を見上げる彼女に「お疲れ様」と声を掛けたとき「あの~、そろそろ帰りたいんですけど、イチャイチャするのやめて貰えませんかねぇ」とウイルに言われ、俺達は食堂の方を振り向いた。
厨房と食堂の間にある配膳台の空間から、隊員達が俺達二人をニヤニヤしながら見ていることに気が付き、ユイさんは慌てて手を離そうとした。だが、そうはさせない。
「レオさん?」
戸惑いを見せる彼女の言葉を無視し、左手を繋いだまま歩き出すと「「「「ひゅ~!!」」」と口笛を鳴らして隊員達にからかわれた。だが、ユイさんは俯きながらも嫌がる素振りを見せなかった。
自分の好意を表しながら、誰かわからない相手に対する牽制。
しかし寝ているキャロラインの所に戻ると、竜太子様が直ぐにユイさんの胸元に飛び込み抱っこをせがんだようで、繋いだ手は無情にも離された。
「ノア抱っこがいいの? 仕方ないな」
彼女の両手に優しく抱えられた竜太子様の表情は、明らかに俺に圧力をかけている。苦笑いを浮かべる俺に「そりゃそうだ」と隊員達も仕方ないというように溜息を漏らした。竜太子様の防壁は、かなり厚そうだ。
寝ているキャロラインを起こし「部屋まで送るから帰ろう」と言うユイさんに「誰かに洗濯棟まで送らせるよ」と言うと「三階には女性しか行けないなら私が行くしかないでしょ」と言われた。
「キャロルなら大丈夫だって。その辺で寝てても風邪引かねえよ」
キャロラインと同期の隊員の言葉に、ムッとするユイさん。
「キャロルさんだって女性です。怒りますよ」
もう既に怒っているユイさんに、隊員達は「はい。すみません」と小さな声で謝っている。
「皆さんとっても楽しかったです。それでは、おやすみなさい。はい、キャロルさん帰るよ」
頭を下げて挨拶をした後、彼女は竜太子様を肩に乗せると、キャロラインを立ち上がらせ、腕をささえるようにして歩きだした。
「まだ飲む~!!」
「もう飲み会は終わりました。解散ですよ」
千鳥足のキャロラインを、俺とユイさんが両側から支えるようにして、洗濯棟の二階まで連れて上がり、三階へはユイさんだけが付いていった。
「レオさんお待たせしました」
「キャロルは大丈夫か?」
「そのまま寝ちゃいました。明日は二日酔いですね」
もう一度手を繋ごうと、階段を降りる彼女に自分の左手を差し出すと、竜太子様がまた彼女に抱っこをせがんで腕の中に収まった。
「ごめんなさい。ノアが手を繋ぐなって」
彼女と二人苦笑いをすると「ノアはヤキモチ焼きだね」と彼女はくすりと笑った。彼との戦いは始まったばかりだ。




