4.【これ以上ないブサイク】 改
私は今、騎士団宿舎の三階にある客室の脱衣所にいる。
宿舎に到着してすぐ、名前と年齢を確認された。そして体のあちこちに傷があったことと、裸足だったことを理由に、私を助けてくれた副隊長さんにお姫様だっこで客室まで運ばれた。
少し冷静さを取り戻していた私は、恥ずかしいから降ろして欲しいと言ったのだが『今更だ』と一言言われ息をもらして笑われた。意識のない私を馬で運んだ上、嗚咽が出るくらい副隊長さんの胸で泣いたのだから、今更だと言われたら返す言葉がない。
「運びにくいから腕を首に回してくれ」
そう言われ素直に従ったのだが、顔が赤くなっているのが自分でも分かり、それを隠そうと首を横に逸らせて俯いた私。人生初のお姫様抱っこは、息を止めてただただ恥ずかしさに耐えるという、忘れられない出来事となった。
三階には隊長さんと副隊長さんの執務室兼寝室があり、その奥中央の客室に私は運ばれた。
客室にあったのは大きなベットにテーブルと椅子。部屋には二つのドアがあり、浴室とトイレが完備された広い部屋だった。正直、浴室とトイレがあるのはありがたい。
部屋に入るとすぐに、背の高いスラリとした女性騎士さんが入ってきた。
キャロライン・ラッセルという名前の女性で、ポニーテールにした露草色の長い髪と瞳が印象的な美人さん。副隊長さんは私のお世話を彼女に頼むと、すぐに部屋を出ていった。
「まずはこの回復ポーションを飲んでください。傷が直ぐに治りますから」
そう言って彼女は、薄い緑色の液体が入った小瓶を差し出した。回復ポーション...なんかの漫画でみたことあるかも。そんな事を思いながら、私は差し出された回復ポーションを躊躇わずにゴクッと飲み干した。
うっ、まずい。
絶対不味いだろうと思って一気に飲んだ回復ポーションは、想像以上に不味かった。でもその効果は絶大で、体のあちこちにあった擦り傷がキレイになくなっていく様は、逆再生動画を見ているようでちょっと感動した。
そして彼女に手渡された、新しい服と下着を持って脱衣所に入り、今に至る。
手にした服を見つめ今、置かれている状況を考える。異世界......どう考えてもそうとしか思えない。
あの気持ち悪い緑色の生き物、回復ポーション、この世界の人の髪や瞳の色、馬や馬車しか行き交わない道、中世のような建物。それ以外にも、元いた世界とは違うことが多過ぎるのだ。
異世界転生? 転移? そんな物語を読んだことはあるが、まさか自分が巻き込まれるなんて思いもしなかった。
新しい服を棚に置くと、大きな溜息をつきながら着ていたお気に入りのワンピースを脱ぎ捨てた。ワンピースには、あの気持ち悪い緑色の生き物の血がべっとりと付いており、生臭さと気持ち悪さで一刻も早く脱いでしまいたかった。そして脱衣所にある大きな鏡をみると、私の胸にはもちろん、首や肩にも血がベットリと付いていた。
でもそれ以上に驚いたのが自分の顔だ。顔には飛び散った血と泥が付き、髪はグシャグシャ、極めつけには泣きはらした腫れぼったい目。これ以上ないという程のブサイクさ。
この顔で人生初のお姫様だっこ......ありえない。洗面台に手を付き、先程とは違う意味の溜め息をついて項垂れた。
今更ショック受けても仕方がないか。シャワーを浴びてさっぱりしよう。
気持ちを切り替え浴室に入ると、日本のものとはちょっと違う形の蛇口を捻って、勢いよくシャワーのお湯を出した。二つある蛇口(一つは水、一つは熱湯)を捻って自分で温度調節するタイプで、最初は温度調節が上手く出来ずに冷たい水を浴びてしまった。
そして丁度いい温度になったタイミングで、キャロラインさんが扉の外から声を掛けてきた。
「確認を忘れたのですが、お湯は出ましたか?」
「はい、大丈夫です。出ましたよ」
そう返事をすると「魔力はあるようですね」と言われた。魔力?......なんのことだろう?
彼女の言葉を疑問に思ったが、私はそれを口にはせず先にシャワーを浴びることにした。どういう意味かは、お風呂から出た後で聞いてみよう。
ほっとするような温かなお湯を頭から浴びて顔を洗うと、そのまま指を滑らせるように首を撫でた。その瞬間ゾワリと全身に鳥肌がたった。自分の首にヌルヌルとした粘液がついており、緑色の生き物に組み敷かれたことをまた思い出す。
自分の上に覆いかぶさり涎を垂らしていた口と、ぎらつかせていた大きな目。興奮したようにはぁはぁと吐かれた息は臭く、掴まれた手の感触は蛙のようにぬめっとしていた。
気持ち悪い。気持ち悪い。
首に付着した汚物を落とす為にゴシゴシと強く擦って洗ったが、何度洗ってもキレイにならないかもしれないという感覚に陥った。その瞬間目眩と共に吐き気を催し、私は大きな音を立ててその場にしゃがみ込んだ。そして大きな音に驚いて、浴室のドアを開けるキャロラインさん。
「ユイ様、大丈夫ですか?」
彼女はバスタオルで私を包むと、抱えるようにして浴室を出て、脱衣所で私の髪や体を労わるようにして拭いてくれた。
「迷惑かけてすみません」
「気にしなくて大丈夫です。私を頼ってください」
彼女の優しい言葉にまた涙が込み上げてきそうになった。
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宮廷騎士団第三部隊の隊長室の前で、ラッセルは一度大きく深呼吸し扉をノックをした。
入室許可の返事を確認し扉を開けると、そこには第三部隊の隊長、副隊長の他に宮廷魔導師統括長や騎士団統括長、第一、第二、第四部隊の隊長までも揃っていた。入室を躊躇ってしまいそうな程の威圧に、唾を飲み込むラッセル。
「キャロライン、どうした。入れ!」
騎士団統括長ハリー・クラウドに声を掛けられ、一層背筋を伸ばし「失礼します」とおじぎをして入室をすると「ご報告に上がりました」と告げた彼女。
「ユイ様は、治療と入浴をすまされ休まれています。昼食はほとんど手を付けておらず、ショックを受けられてるご様子です。あと、魔力はお持ちのようでした。お湯が出ていたので間違いないと思います」
「魔力持ちか......。それで彼女と話は出来そうか?」クラウドの言葉にラッセルは首を横に振って答えた。
「入浴をされた際にゴブリンに襲われた時のことを思い出された様子で、蹲って......あの.....泣かれていました。今、話をされることは難しいと思います」
「しかし、彼女が竜母様か確認を急ぐ必要がありますからね」宮廷魔導師統括長のリアム・ケリーが、顎を触りながら困ったように呟いた。
「とりあえず竜母様かどうかを、確認するだけではダメでしょうか? 詳しい説明とかは後日ということで」クラネルの言葉に「今日は鑑定だけと言うことですか?」ケリーが聞き返す。
「私からもお願いします。今の彼女に説明するのは精神的負担が大き過ぎます」
同じ女性として、これ以上彼女を苦しめたくないという思いから、腰を90度に曲げ必死に頼み込むラッセル。
「竜王の石に触れて頂くだけなら、負担も少ないでしょうか?」
諦め気味にケリーは答えると「夕方、竜王の石を持ってこちらに伺います」そう言って部屋を後にした。
それから頭を上げると、ラッセルは言いにくそうに困った顔をしながら「あの、もう一つお願いがあります」と目の前にいる男達に告げる。ラッセルに向けられる六対の瞳。
「出来れば鑑定の時は最小人数でお願いしたいです。この威圧は彼女には......ちょっと、耐え難いかと」
段々と小さくなる言葉を口にしながら、背中に冷たい汗が流れるラッセル。
「お前の顔が怖いってよ。ルーカス」
「えっ、俺ですか? 統括長のでしょ?」
第三部隊長をからかうクラウドを見て、他の隊長達は「どっちもでしょ!」と笑っている。それを困惑気味に見ているラッセルは(全員怖いですけどね)そんな事を思いながら、自分の意見を聞き入れて貰えたことに、ホッと息を吐いた。
読んでいただいてありがとうございます。