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38.【防音の魔道具】 改

「そう言えば昨日の夜、騎士じゃない女性と宿舎で会ったんだけど、あの人は誰だったんだろ?」

 清酒をチビチビと飲みながら、ユイさんが不意にそんな事を聞いてきた。


「長い緑の髪の、綺麗な女の人なんだけど」

「カイルの婚約者じゃね? 昨日泊まるって言ってたから」

「あ~なるほど!」


 中堅クラスのカイルには個室が与えられているため、時々婚約者が泊まりに来ている。ウイルの言葉に俺とキャロラインが納得すると、ユイさんが「宿舎って外部の人も泊まっていいの?」と聞いてきた。


「女性宿舎は男子禁制だけど、男性宿舎は婚約者なら泊まれるんだよ」

 キャロラインの答えに、首を傾げて考えるユイさん。

「どうしたの?」と問いかけられ、小さい声でキャロラインに耳打ちする彼女だが、俺達にはそれが聞こえてしまった。


「婚約者が泊まるって事は、するってことだよね? それって隣に聞こえて、いやじゃないの?」

 彼女から出た言葉に、思わず吹き出しそうになった俺とウイル。


 俺達に聞こえてると思っていない彼女。酔っていることも相まって、いつも以上に素直になり、疑問をそのまま口にしたのだろう。


「あぁ、防音の魔道具があるんだよ」

 キャロラインは普通に返事を返したが、それでいいのか?


「防音?」

「機密事項とか、聞かれちゃいけない話をする時に使うものなんだけど、絶対に音が漏れないから便利なんだって聞いたことある」


「キャロル、何をユイさんに教えてんだ!」

 キャロラインに余計なことを教えるなと言おうとした時、ユイさんが目を見開き虹彩をキラキラさせながら、興奮気味に立ち上がった。




 バ~ン!! 





 その勢いで後ろに倒れる椅子。


「私、それ欲しい!!」


 その瞬間、周りにいた男共全員が口に含んだ酒を吹き出したり、変なところに入れて激しく(むせ)たり、グラスを落として酒を零したりと大慌てした。全員が知らん顔して、ユイさんの話を聞いていたようだ。


 そんな男共をほったらかして、ユイさんは 「キャロルさん、それってどこに売ってるの? 幾らぐらいする? 私でも買える?」と、捲し立てるように質問を続けた。


「ま、待ってユイさん。だ、だ、誰と使うのよ!?」

「......誰と??? え~っとレオさんと?」

 一番驚いたのは俺で、咽るどころではなかった。


「ちょ、ちょ、どう言う事ですか、副隊長!?」

 全員の視線が俺に突き刺さる。


「ごほっ、ごほっ。ま、待て。俺にも意味がわからん」

「みんなどうしたの?」


 周りがなぜ焦ってるのかわからない様子のユイさんは 「それあったら、いつでもしたいこと出来るんだよね。絶対に回りに音が聞こえないんだよね。絶対欲し~い!!」と防音の魔道具を強く強く熱望した。テーブルに手をつき、ぴょんぴょんと跳ねながら興奮が収まらない様子の彼女。


「ねぇねぇ、どうすれば手に入るの? お・し・え・て!」

 ワクワクする気持ちが抑えられない様子のユイさんは、子供のような笑顔でキャロラインに迫る。


「ユイさん、もう一度確認するけど、それ副隊長と使う気なのよね!?」

 質問するキャロラインもオタオタしている。


「誰かと言われるとレオさんだけど、一人で使う方が多いかな!?」

「ユイさん、女の子がそんな事言っちゃダメよ」

 今度は、キャロラインの方が立ち上がった。


「えっ、なんで? 部屋でピアノ弾いちゃダメなの?」

「......ピアノ?」

 全員の頭の上に、疑問符が浮かんだ。


「うん。その魔道具あったら夜も気にせず、ピアノ弾けるでしょ!?」

 ピアノという単語を聞いた瞬間の、男共のアホ面ったらなかった。


「ピアノならピアノって初めから言いなさいよ。びっくりするじゃない」

 顔を真っ赤にして怒りながら椅子を起こすキャロラインを、不思議そうに見つめるユイさん。


「だって、そう言う使い方をするって話をした後で、欲しいって言われたら勘違いするじゃない!」


 キャロラインに言われて、周りが何を想像していたのか理解した彼女は、首から上全てを真っ赤にして「違うに決まってるでしょ!!」と、頭から湯気が出そうな勢いで叫んだ。よく考えたら、そりゃそうだろ。


 こんなに焦ったのはいつぶりだろうと思うくらいに、俺達は変な汗を掻いてしまった。魔物討伐で窮地に追い込まれても、ここまで焦ることはなかった気がする。


 顔を手で覆い「信じられない」と怒る彼女に「その魔道具なら隊長が持ってるから借りてやる」と言うと「もういいです」と、彼女は拗ねたように応えながら椅子に座った。


「ところで、ピアノ弾くのに何故副隊長が一緒なの?」

 俺も疑問だったことをキャロラインが口にする。


「だってレオさんが、最近は自分がいない昼間にピアノ弾くから聞けないって言ってたから、時々はと......思って」

 尻すぼみに声が小さくなる彼女は、テーブルにうつ伏せて起き上がらなくなったかと思うと、突然「なんでそんな事言うのよ」と竜太子様に向いて怒り出した。


「竜太子様になんて言われたの?」

「ば~か。って」

 キャロラインの質問に、落ち込みながら答えるユイさんが可愛くて笑いが抑えられない。


「もう、びっくりした。なんでこうなるかな」

「いや、びっくりしたの俺の方だろ」

「うぅぅぅぅ、ごめんなさい」


 俺の言葉にまた落ち込むユイさんを「誤解は解けたんだから、もう落ち込まないの」とキャロラインが慰めても「無理、もう恥ずかし過ぎて帰りたい」と言って彼女はいじけている。


 そんな彼女が可愛くて頬を緩ませて笑うと「レオ、残念だったな」とウイルが隣からからかってきた。俺は黙って手にしている清酒の入ったグラスを、口に運ぶ。


 しかしそんな俺を見ていた竜太子様から向けられた、突然の威圧。

 その場の誰もが気付いていないことから、俺だけに向けられたであろう威圧に、全身の毛穴と言う毛穴を押し広げられる。新人の頃なら、この場にいることさえも出来ず逃げ出していたかもしれない。


 きっと今、俺は試されている。俺の気持ちに気がついているであろう彼に怖気づく訳にはいかないと、覚悟を決め、視線を合わせたまま手にしているグラスを掲げた。精一杯の強がりを見せた瞬間、俺に向けられていた威圧がスッと消滅した。


 どうやら、彼への挑戦権は得られたようだ。


 



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― 新着の感想 ―
[一言] 淡ーい感じでいいですね。ここだけを切り取っても、誰が誰をどう思っているか分かるところが、生きているお話だって感じられました!
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