37.【豚汁】 改
討伐から帰ると、ケントから今夜食堂でユイさんの歓迎会をすると言われ、彼女と一緒に酒を飲めることを嬉しく思った。少しだけなら飲めると、話したことはあった。しかし夜、王城を出ることが出来ない彼女と、お酒を飲むことは無理だと勝手に諦めていた。キャロラインの提案で食堂を借りることが出来たと聞き、その手があったかと俺は一人、感心した。
酒が飲める人間であれば、酒の席を介して今までよりも距離が縮まると思っている。だからいつか、彼女と飲んでみたいと密かに思っていたのだが、まさかこんなに早く実現するとは。キャロラインを飲みに誘ったケントと、食堂を貸し切ってくれたキャロラインには感謝しかない。
開始の時間より早めに食堂に行き、調理長と終了時間や片付けなどについて話していると、竜太子様を抱いたユイさんとキャロラインが現れ、調理場の奥へと入っていった。調理長が言うには、隊員の為に何か一品作りたいとユイさんが言ったらしい。
ユイさんの手料理を食べられると思っていなかった俺は、勝手に緩んでいく口元を手で隠して、調理長との話を続けた。そして街に酒を仕入れに行っていた隊員が帰って来たのは、宴が始まる四半刻前。ちょうどいい時間だった。
隊長の合図で始まった飲み会。俺の前にはユイさんが座った。当たり前のように彼女の側にいられることを、幸せだと感じる自分に笑いが出そうになる。
目の前に座る彼女は、イチャイチャと言う表現がピッタリなほど、キャロラインと楽しそうに話している。そんな二人を見ながら、キャロラインに嫉妬している自分に気が付き、苦笑いしてしまった。
本当に手に入れたい人の心は手に入れられないというのに、何が『ロブ・ナイト』だ。
俺はユイさんの笑顔を見ながら「元の世界に帰るかは、わからない」と言った、彼女の言葉に胸を痛くした。それを引き止める権利は、今の俺にはない。
飲み会が始まって、三半刻ほど過ぎた頃だろうか。
「そろそろ出来たかも」
突然そう言ってユイさんは立ち上がり、竜太子様を残したまま厨房へと入って行った。それから暫くして「誰か運ぶの手伝ってくださ~い」と中から声を掛ける彼女。厨房に一番近い席に座っていた若い隊員が立ち上がると、厨房の中から大きな鍋を二人がかりで運んできた。
「寒くなって来たので豚汁を作ってみました。よかったら食べてください」
「もしかしてユイ様の手作りですか?」と、驚いた隊員達が声を上げる。
「こんなものしか作れなくて申し訳ないんだけど」
気恥しそうにするユイさんに、若い隊員達が喜悦を表す。
「めちゃめちゃ嬉しいっす」
「食べるのが勿体ねぇ」
「すげぇぇ。俺、明日からの討伐がんばれそう」
「いや、いつも頑張れよ」
隊員達の喜び笑う姿を見て、ホッとしたような表情を見せるユイさん。彼女の柔らかな笑みに、また胸が痛くなる。人を好きになると、こんな風に胸が痛くなるのだと、彼女に出会って俺は初めて知った。
「お前さぁ、そんな顔して彼女見んなよ。こっちが切なくなんだろ」
隣に座っている悪友にそう言われ、振り帰る。するとチクリとした視線を感じた。そして、そちらへ目を向けると、ユイさんの席にいる竜太子様と目が合い、すぐに逸らされた。
「ホント、人って変わるもんだな。あのレオがねぇ」
「副隊長バレバレなんですけど」
キャロラインにまで、そう言われる始末。居た堪れない気持ちになった俺は席を立ち、ユイさんが配る豚汁の列に並んだ。
「レオ、俺とキャロルのも頼むわ」
俺の背中に、ウイルの声が届く。
「レオさん、どーぞ!」
「ありがとう」
笑顔の彼女から豚汁を受け取り席に戻ると、二人が箸を手にして、まだかまだかと待っていた。
「めっちゃ、うまそう」
「豚汁はお婆ちゃん仕込みだから、自信あるそうですよ」
二人の会話を聞きながら豚汁を一口啜ると、調理長が作る豚汁とは違い、微かに生姜の香りがした。
「ほんとに、うまい」
ホッと気持ちが安らぐような優しい味の豚汁。心まで温めてくれるユイさんらしい味。
「やべぇ、マジうまいっす」
「最高にうまいな」
「美味しい以外に言葉がない」
もれなく全員が絶賛すると「それ絶対言い過ぎ」と言って、俺達に疑いの眼差しを向けるユイさん。その表情が余りにも可愛く、全員でそれを否定して大笑いをした。
ユイさんが作ってくれた豚汁は大盛況で、俺はおかわりすることが出来なかった。
「ちょっと少なかったかな」
席に戻ってきたユイさんに「本当に美味しかった」と伝えると「レオさんに言われると嬉しいな」と笑ってれた。特別な意味なんかないとは分かっていても、嬉しいと思ってしまう俺は、単純だな。
「しかし、なんで豚汁?」
「寒くなって来て、私が食べたかったから?」
「なんで疑問形なんだよ」
ウイルの質問に、笑顔で答えるユイさん。
「あっ、自分の忘れた。ごめん。ノアの分ないや」
どうやら竜太子様に自分のはないのかと聞かれたようで、一生懸命に「また今度作るからね」と謝っている彼女が可愛くて、また笑みが零れる。
「ユイさん、おかわりはどうだ?」
エールの瓶を差し出すと「いただきます」とグラスを差し出してきた彼女。
「調理場が暑くて喉渇いてたの」そう言って、グビグビとエールを飲み干す彼女に「おい、そんなに飲んで大丈夫か?」と聞くと「だって楽しいんだもん」と可愛い笑顔で言われ、俺は止める事を止めた。
「そうだよね。楽しいよね、ユイさん」
「楽しいね。キャロルさん」
見合わせ顔を近づけて、ケラケラと笑いだす二人。
「この二人、もうだいぶ酔ってないか?」
ウイルの言葉に俺も頷いた。
時間が経ち、ウイルがいつものように清酒をグラスに注ぎ飲み始めると「日本酒まであるの?」と驚く彼女に「ユイさんも飲むか?」とウイルが勧めた。いつの間にかウイルも『ユイさん』呼びに変わっている。
「おい、清酒はダメだろ!」
「ちょっとだけ、いたらきます」
止める俺の言葉を聞かずグラスを差し出すユイさん。顔を赤らめ舌っ足らずになっていることからも、すでに酔っているのは間違いない。
「ユイさん、それでやめとけ」
「キャロルさ~ん、レオさんに怒られた」
「副隊長、ユイさんを虐めないでください」
「いや、俺は間違ってないだろ」
俺の目の前でキャロラインに抱きつき、頭をヨシヨシされるユイさん。どうやら竜太子様にもいい加減にしろと言われたようで、益々いじけ始めた。
「あ~、俺も可愛い女の子とイチャイチャしてえなぁ」
天井を見上げながら、椅子を後方にゆらゆらさせるウイル。
「……ウイルさん彼女いるんですか?」
ユイさんが疑うように尋ねる。
「いや、いない」
「じゃあ誰とイチャイチャするの?」
気になるのはそこだろうな。
「彼女じゃないけど、イチャイチャする子はいる」
「......」じと目をする彼女。
「もしかして俺、軽蔑されてる?」
俺に答えを求めてくるウイル。頼むから、その話題を俺に振るな。
昔の話を出されるのではないかとヒヤヒヤする俺を見て、ウイルが悪巧みする時の笑みを見せた。嫌な予感しかしない。
「男ってそんなもんだよ。な、レオ」
ウイルが肩に乗せてきた手を払い除けながら「同意を求めるな」俺はそう答えた。
「お前だって昔は「昔の話だ!!」」
ウイルの言葉を遮ったが、前を向くことが出来ない俺の名前を、ユイさんが呼ぶ。恐る恐る彼女の方へ目をやると「昔の事なんですよね!?」とにっこりと優しい笑顔で問いかけられたが、確実に瞳の奥は笑ってはいない。
「今は本当に全くなにもない。誓う」
「まぁ、私には関係ないですけど」
関係ないと言われると何も言えないが、トゲのある彼女の言葉に嫉妬心が見えた気がして、俺は少し嬉しい気持ちになった。いや、そんなことあるわけないか。




