34.【ちょっとずつね】 改
今日から第2章が始まります。
2章はのんびりほのぼのでお話を進めて行けたらなぁと思っています。
宜しくお願いします。
騎士団第三部隊の宿舎で生活を初めて一ヶ月。
天気のいい日はノアを連れて、王城の敷地内を散歩することも少なくない。そして今は、練習場までの道をノアを肩に乗せゆっくり歩いている。
王城の敷地内だけならと、護衛を付けることなく散歩することを許されたのは、こちらに来てすぐのころ。
最初は竜太子であるノアを連れている私に、遠慮して近づこうとしなかった騎士さん達も、今では気軽に話しかけてくれるようになった。すれ違う何人もの騎士さんが「竜太子様、ユイ様、おはようございます」と挨拶をしてくれる。私が希望した通り、国王陛下からのお達示で私は竜母様ではなく「ユイ様」と呼ばれている。
本音を言えば「ユイさん」と呼んで欲しいのだが、それは無理強い出来ないと言われた。そんなに難しいことなのかと不思議に思ったが、徐々に変わっていければいいのかなと思うようになってきた。少しずつ、距離を縮めて行けるように頑張るだけだ。
練習場までは、馬が悠々すれ違えるほどの幅で土の道が続いている。緩やかな坂道を歩いておよそ三半刻の場所にある練習場で、今キャロルさんが訓練を行なっていると聞き向かっているところ。
練習場までの道を歩いていると、ノアが突然私の肩から飛び降り、道端にある草の絨毯の上に黒い身体を横たわらせ転がり始めた。練習場までの道の両端には、1~2m幅でシロツメクサがびっしりと生えており、時々馬が食べている姿も見かけたりする。
「ノア、遊ぶの?」
私の問いかけに返事もせず、右へ左へとゴロゴロと転がって遊ぶノア。
『楽しい~!! ユイもやる?』
「楽しいなら少し遊んで行こうか」
私はノアの側にしゃがみ込み、ゴロゴロ転がる彼のお腹を優しく撫でてあげた。
『気持ちいい、もっと撫でて~!!』
無邪気にじゃれついてくるノアは、幼い子供そのもの。なのに、国王陛下やエイベル宰相の前では大人顔負けの態度を見せ、時々私を戸惑わせる。ノアはまだ私以外の人に心を開いておらず、誰に挨拶をされても、返事を返したことがない。
ただ相手の事はよく観察しているようで、私が覚えていない人の名前を口にして、驚かされたりもする。今ノアの目に、この国はどんな風に見えているのだろう。
練習場に着くと、塀の上にある見学場所へと繋がる石の階段を登った。前にレオさんと来た時よりも、少し風が強く、肌寒さを感じる。日本でいう、十月~十一月くらいの気候だろうか。
キャロルさんに聞いたところ、四季はあるが日本ほど寒暖の差はないように感じた。冬に雪が降ることもあるが、それも年に一、二度しかなく積もることも殆どないらしい。
雪だるまとか雪合戦の話を、露草色の瞳をキラキラさせて聞くキャロルさんが可愛くて、ついつい笑ってしまった時は怒られたっけ。
夏も暑くはなるけど、日本ほどのジメジメした暑さではなく、比較的サラっとした感じで過ごしやすいと言う。ただ夏前には、雨季もあるらしい。
日本の季候に似ているからこそ、日本の食文化も根付いたのかもしれない。
見学場所に登ると前回とは違い、五十人くらいの騎士さんが、そこにはいた。いくつかの班に分かれ、主に若い騎士さんが訓練を受けている。しかし訓練を受けている中に、キャロルさんはいない。
目を凝らして探すと、練習場の一番奥にその姿を見つけ、彼女が一番近くで見える見学場所まで移動した。
二十代前半の若草色の髪の男性騎士と一対一で向き合い、剣を合わせているキャロルさん。いつもの彼女と違う眼差しの強さに息を飲んで、私は行く末を見守った。
年配の騎士さんの、始めの合図で先に動いたのは男性騎士。自分目掛けて一直線に突進して来た彼が振り下した剣をなぎ払いながら、彼女は踊るように身体を横回転させ、素早く彼の後ろに回る。そして彼が振り向くよりも早く、後ろに回り込んだ彼女の剣は、彼の剣を弾いて顔の前で止まった。
一瞬で勝負はつき、彼の剣が弾かれ音を立てて石畳の床に落ちた。その瞬間、私の背中にゾクゾクとするような興奮が走り、キャロルさんに向いて駆け寄った。
「キャロルさん、かっこいい~!!」
自分でも驚くほど大きな声ではしゃいでしまった。
「ユイさん、いつからいたの?」
私がいた事に驚く彼女に向いて、興奮を抑えられない私は、高揚感そのままに叫んでいた。
「すごい、すごい、もうキャロルさん好き~!!」
「あはははっ、ユイさんありがとう。私も好きよ~」
肩を揺らせて哄笑する彼女は、顔を赤らめて嬉しいそうにしている。
『キャロルは強いんだな』
「......ノア、今キャロルって言った? 言ったよね?」
『それがどうしたの?』
「うふふふっ。そっか、キャロルか」
今までラッセルと呼んでいたノアが、呼び名を変えただけで、嬉しさが込み上げてきた。
『別にいいでしょ』
「うん、もちろんだよ」
私の肩でちょっと照れくさそうにするノアの背中を、ガシガシと撫で回した。
『もう、やめてよ』
ノアはちょっと嫌そうに翼を広げて抵抗するけど、私はそれを無視して彼の顔に触れた。
ちょっとずつ、ちょっとずつね。
朝の練習を見終わると、私はノアを肩に乗せ、キャロルさんと一緒に宿舎までの道を歩いた。
「キャロルさん、練習して疲れてるんだから、先に帰っていいよ」
「ユイさんと話しながら帰りたいの」
「ありがとう。あっ、あのねさっきノアがね」
私がそう言って左肩に乗るノアを見ると、彼は決まりが悪そうに、プイッと他所を向いた。
「キャロルは強いんだなって言ったの。今まではラッセルって、呼んでたんだよ」
「それホント?」
キャロルさんが目を見開いて、私の右側からノアを覗き込む。しかし意地を張るように、目を合わそうとしない彼を見て、私は笑ってしまった。
「ノア、もしかして照れてるの?」
『そんなんじゃない』
「竜太子様に褒められたのも自信になるし、キャロルって呼ばれると、ちょっと認められたみたいで嬉しい」
露草色の瞳を輝かせ、跳ねるように歩く彼女。
『ユイの友達だとは、認めてる』
「私の友達だって、認めてるって」
「きゃぁぁぁ、どうしようユイさん。嬉しいんだけど~!!」
練習の時の凛とした彼女とは違い、喜悦の声を上げ、嬉しさを表しはしゃぐキャロルさん。そんな彼女を見ていると、私まで嬉しい気持ちになってくる。
「ノア、楽しいね。嬉しいね」
『ふ~ん』
そっけない返事をしながらも、まんざらでもない様子のノアの頭を、私はまたクシャクシャと撫でた。




