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33.【竜太子様】 改

『僕はまだこの国の竜王になると決めた訳じゃない。この国がどんな国なのか、お前がどんな国王なのか、これからじっくり見させてもらう。僕がこの国の竜王になるか判断するのは、それからだ。それまでは、僕のことは竜太子と呼べ』  


 これ、私が伝えるの?


 戸惑いを隠せずにいると「ユイ嬢、竜王様のお言葉をそのまま伝えて欲しい」と国王陛下に懇願され、私はありのままをお伝えした。


「竜太子様に認めて頂けるよう、このオリバー・バネットブルク精進いたします。必ずや、この国が気に入っていただけると信じております」 


 その場にいる全員が、頭を下げたままノアに忠誠を誓う光景を目の当たりにし、自分の責任の重さを改めて知り、恐怖にも似た不安を感じた。


 ノア自身、自分の事を『僕』と言いながら、言葉遣いや言っていることは子供らしくない。生まれたばかりでありながら、自分の立場をすでに理解し、いずれ人の上に立つことを見据えている。

 私なんかが、この国を、この国の人々を、愛し慈しむ事が出来るように、ノアを育てていけるのだろうか?


「お前のような小娘に何ができる」


 いくつもの無言の声が聞こえた気がして鳩尾(みぞおち)あたりが痛くなり、言いようのない不安がどんどん大きくなっていく。


『不安にならないで。僕と一緒に居ることを怖がらないで。僕はユイが居てくれたら、それでいい』


 ハッとしていつの間にか俯きギュッと閉じていた目を開くと、ノアが不安そうに私の顔を見上げていた。「ユイ様にしかなつかない」と言うケリーさんの言葉が本当なら、今のノアには私しかいないのだ。


 私がこの世界に来たとき、レオさんとキャロルさんにしか頼ることが出来なかったように、ノアにとって今の私はそう言う存在なんだ。


「ノア、不安になってごめん。大丈夫。ずっと一緒にいようね」





 私とノアの遣り取りを見守るようにしていた国王陛下に「ユイ嬢」と、名前を呼ばれ、私は顔を上げた。


「色々不安な事もあると思う。それでも我々は、ユイ嬢に竜太子様をお任せするしかないのだ。その為に出来ることはなんでもすると約束しよう。何か望みはないか?」


「それなら私は、騎士団第三部隊の宿舎に帰りたいです」

「前にもそう言っておったな。王城(ここ)に住めばその気持ちも変わるかと思うておったが、変わらなんだか。分かった。そなたの希望通りにしよう」


「陛下、それは危険ではありませんか!?」

 エイベル宰相が声を上げた。


「ユイ嬢がいれば、竜王の結界にて竜太子様も守られるのじゃ。それに騎士団の宿舎じゃぞ。ここと変わらんくらい安全な場所だと思わんか?」


「竜太子様の意向はどうなのでしょか?」

『僕はユイが行きたい所でいい』

 ノアが頭を、私の腕に擦りつけながら答える。


「私の気持ちを、分かってくれるそうです」

 私がそう言うと、エイベル宰相は渋々と言う感じではあったが了承をしてくれた。しかし、国王陛下の右後ろにいた金髪の男性が、意を唱える。


「陛下、お待ちください。それは本当に、竜太子様の意向なのでしょうか!?  私共に、竜太子様のお言葉が分からないのを良いことに」


「イーサン、言葉を慎め!」

 国王陛下の言葉とどちらが早かったのかわからないタイミングで、私の腕の中のノアが黒く小さな身体を震わせ、威嚇の声を上げた。


『ユイを侮辱することは許さない』


 ノアの怒りが、私の中に流れ込んでくる。その場にいた国王陛下以外の全員が、ノアの威嚇を聞き顔面蒼白になり、固まっている。


「竜太子様、ユイ嬢を侮辱するような発言、誠に申し訳ありません。

 イーサン、ユイ嬢を侮辱するということは、竜太子様を侮辱することだと分からぬのか」


 憤激した国王陛下の言葉に、イーサンと言う男性は、忌々しいと言いたげな顔で私を見た。後から知ったのだけれど、このイーサンという男性は、この国の第二王子だったらしい。第一王子は病弱で、去年から床に伏せっている事も、この後知った。


『ユイの事を信用出来ない人がいる所なんて、嫌い』

「ノア、そんな事言っちゃダメ」

 ノアにしか聞こえないような声で叱ると『は~い』ノアは拗ねたような返事を返してきた。


「望みはそれだけで良いのか? もっと我儘言うても良いのじゃぞ」

 優しい微笑みを見せながら、問いかけてくる国王陛下。私は難しいかもしれないと思いながらも、もう一つの希望を口にしてみた。


「私は竜母様と呼ばれたくありません。ユイと名前で呼んで貰いたいのです。そして一般国民として暮らしたいです」

「どういうことじゃ。竜母様と言えば、貴族と変わらぬ立場になれるものを」

 国王陛下以外の人達も、私の希望を理解出来ないようで、眉間に皺を寄せている。


「私は元々平凡な一般人でした。高貴な立場に今更なれませんし、なりたくありません。私には窮屈で息苦しいだけです。贅沢なんて望んでいませんし、今まで通り自由でいたいです。出来ることなら仕事もしたいです」


「働きたいじゃと? 竜母様なら、何の不自由もない生活が出来るというのにか? 必要なものは何でも、言えば良い」

 益々不思議そうな顔をする国王陛下。


「それだとダメ人間になりそうで、怖いです」


「そなたは、やっぱり変わっておるな。若い娘なら楽をして着飾って贅沢をしたいものじゃろ!? 貴族になりたい者も多いと言うのに、それを態々(わざわざ)働きたいなどとはのぅ」

 溜息にも似た声をもらす国王陛下を見て、自分の方が変なのだろうかと思ったのだが......。


「お金は自分で稼ぐものです。与えられるだけの生活はつまらない。ただこの国で、私に出来る仕事があるのか分かりませんが。ノアも一緒だと難しいですよね」

 ノアを連れて出来る仕事なんて、想像も付かない。


「それは急いで決めなくてもよかろう。今からゆっくり探せばよい。やりたい仕事が見つかったら、出来るだけの手助けはして......それも断るのか?」

 国王陛下が、困惑した表情で訪ねてくる。


「そうですね。自分で出来るだけ頑張りたいです」

 臆面もなく言うと「聞いたとおりの頑固者か」と、今度は呆れ気味に言われた。


「クラネルさんに、聞かれたのですか?」

「はははっ、クラネルにも言われたのか」

 レオさん以外にも、私を頑固者扱いしている人がいることに、びっくりしてしまった。


『僕はそういうユイが好きだよ。人に頼るだけじゃなく、自分の足で歩こうとするユイが好き』

「ありがとう。ノア」


 腕の中にいるノアの頭を撫でると、目を閉じて、もっと撫でて欲しいというように、頭を擦り付けてくる。

「つまりは、そういうユイ嬢だからこそ、竜母様に選ばれたのかもしれんな」


 国王陛下は一人、納得されたような表情を浮かべ、私の望み通りの生活が遅れるようにと、エイベル宰相に指示を出してくれた。明日には、騎士団第三部隊のあの部屋に戻れることになり、私は心の中で、思い切りガッツポーズをしてみせた。


『ユイが嬉しいと、僕も嬉しい』


 そんな可愛いことを言うノアを抱きしめながら、夜はベッドに入った。しかし私は明日を待ちきれず、遠足の前の日の小学生のように、遅くまで寝ることが出来なかった。




 次の日の昼食後。私はずっと帰りたいと願っていた、騎士団第三部隊の宿舎に戻ることが出来た。二週間余り離れていた部屋には、すでにピアノが用意されていた。それを見て驚く私に、ここまで送ってくれた近衛隊の騎士さんが「国王陛下からの贈り物です」と教えてくれる。


「贈り物?」

「ユイ様専用のピアノです」

「だから贅沢はいらないと、言ったではないですか」

 ちょっと怒ったように出てしまった言葉。


「ええ、だから華美な宝飾のないピアノを選んだそうです」

 胸を張り自信満々に言う騎士さんに、苦笑いと一緒に溜息が零れた。そういうことじゃないんだけどなぁ。


『これでユイの歌が聞けるね』

 ノアが嬉しそうに、羽をバタバタと震わせる。

「ノアがとても喜んでいるので、国王陛下に感謝をお伝え頂けますか」

「ユイ様なら断るかもしれないと、心配されていらしたので、きっと喜ばれます」

「断ってもいいのですか?」

「陛下が悲しむので」

 騎士さんに懇願するような目で見つめられ、私は諦めることにした。


『これは僕の為だと思えばいいでしょ!』

 ノアは本当に嬉しそうに「クルクル~!!」と歌うように鳴き声を上げている。

「竜太子様が喜ばれているようで、本当によかった」

 ベッドの上で翼を広げ、ポンポンとはしゃぐように飛ぶノアを見て、騎士さんも気色を浮かべている。

 どうやらこれで、よかったらしい。




 夕方六の刻(六時)前、たくさんの馬が帰ってきた音が聞こえ、私はノアを抱き上げ部屋を飛び出した。階段を上がってすぐのところにある窓を開けると、丁度レオさんがクレイに乗って帰ってきたところだった。


「レオさん、おかえりなさ~い」

 精一杯の声を出し手を振ると、それに気が付いた彼。驚いたようにクレイから下りて、窓の下に駆け寄って来る。


「ユイさん、どうして?」

「隊長さんに聞いてないんですか? また今日からお世話になります」

「そうか。ユイさん、おかえり」

「レオさん、ただいま」


 私の言葉にレオさんは満面の笑みを見せながら「夕食は一緒に食堂で?」と言ってくれ「もちろんです」と私は返した。


『僕、あいつ嫌い』

「どうしてそんな事言うの?」

『僕、絶対負けない』

 ノアの言葉の意味が分からず私は首を傾げたが、ノアがその意味を教えてくれることはなかった。


「大丈夫。きっと仲良くなれるよ」

「ふんっ」

 何故かノアは拗ねたように、そっぽを向いている。


 これから、ノアと一緒の生活がここで始まる。きっと楽しい毎日が、待っているはずだ。 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

このお話で第1章がおわりました。


続きが読みたいと思ってくださった方、ブクマ登録していただけると嬉しいです。

またここまでの評価、感想もお待ちしております。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  第1章まで読ませていただきました。  レオとキャロルと楽しそうにしてるユイが見てて微笑ましかったです♡  ノア…竜太子さま、やっと産まれましたね(^ ^)  レオさんとノアのユイを…
[良い点] ユイが色々と悩みながらも頑張っている姿をみて 応援したい気持ちになりました。 ユイと仲良くするキャロルにヤキモチを焼く レオさんにニマニマしてしまいました(*´ェ`*) [気になる点] …
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