25.【竜王の寝床】 改
少しだけ残酷なシーンあり。
竜王の間の扉が開くと、ランプを手にしている緑の髪の人の後を、国王陛下、ケリーさん、私が続いた。ランプによって照らし出されたのは、床には何もない20帖程の広さのガランとした空間。天井の高さは、5mはあるのではないかと思うほど高い。
この部屋にあるのは、壁に立体的に彫られた竜の彫刻のみ。翼を大きく広げ飛翔する竜は、左の目を見開きながら口を大きく開けている。
「これが竜王様ですか?」
「そうじゃ」
「なぜ左目が空洞なのですか?」
私の問いかけに答えてくれたのは、ケリーさんだった。
「ユイ様、こちらを覚えていらっしゃいますか?」
ケリーさんが差し出したのは、私がこの世界に来た日に手渡された黒い丸い石だった。
「先日私が持ったとき、中で光がクルクル回った石ですか?」
「これは竜母様が触られた時のみ変化が起こる、竜王様の左目です。ユイ様が触った時のみ変化をいたします」
竜王様の左目と言われるその石は、ケリーさんの掌の上では何の変化も起きていない。
「それで私は、竜母と認定されたのですね」
ケリーさんは頷くと私に近寄り「どうぞ」と言って、竜王様の左目を差し出した。私が受け取ると前回と同じように、中心部から優しい淡い光が広がり、その光は球体の中でゆっくりと回り始めた。
「ほぅ、これがそうか」
国王陛下が、少し興奮したような声を漏らした。するとその光が球体を飛び出し、竜王様の彫刻の掘られている壁近くに文字を映し出した。
「この文字はなんじゃ。読めぬではないか」
「見たこともない文字ですな」
「ふむ、困りましたね」
驚き困った様子の三人。
えっ、なんで日本語? 口をぽかんと開けている私に「どうしたのじゃ、ユイ嬢?」と、国王陛下が問いかける。
「これ、私の国の言葉です。私読めます」
「なんと」
「竜母様にしか読めない文字ですか」
「なるほど」
驚きと納得の声が上がる。
竜母であるお前に今、力を授ける。
竜王の目はお前と次代の竜王を『竜王の結界』にて守ると誓おう。
お前の寝床に連れて帰り、絶対に仔竜と離れるでない。
次代の竜王を、お前に託す。
その言葉を読み終えると、手にしていた竜王様の左目が小さな輪に形を変え、私の左手首に嵌った。竜の鱗のような飾りが施された、少し太めの腕輪は、私の左手首で青白い光を放ち始める。
そして、突如足元に現れた魔法陣から放たれた光に包まれ、私は一人竜王の寝床に転移し始めた。
「うわぁぁぁぁ~!!」
叫び声を上げながら、青白い光の中を体が落ちていく感覚。その感覚には覚えがあった。私はこの世界に来た時、この空間を通った。だから目を開けたときには、別の場所にいるはずだ。
青白い光が消えると、真っ暗な空間の中に私は立っていた。
たぶん竜王様の寝床だよね? 卵はどこだろう?
そう思った瞬間、腕輪から優しい光が溢れ出し、空間全体を照らしてくれた。広い空間の真ん中に、たくさんの木の枝で作られた寝床らしきものが。その中央に、ダチョウの卵より一回りほど大きな卵があった。
「あれが竜王様の卵ね」
その薄水色の卵に近寄り触れようとした瞬間、爆音と共に壁が大きく揺れた。パラパラと落ちてくる天井の石。繰り返される爆音。
「きゃぁぁぁ!! なに、なに、なに???」
慌てて卵を抱え壁際に寄ると、少し離れたところに大きな竜の置物があった。急いで竜の置物に駆け寄ろうとした時、5回目の爆音と共に壁が大破した。
早く王城に戻らなきゃ!
そう思い竜の置物に駆け寄ったとき、私は見たこともない化け物を目にし、腰を抜かしてしまった。
なにあれ? なにあれ? なんなの???
青い光のベールの向に見えるのは、巨大な双頭の蛇と十人くらいの騎士さん。騎士さんの中にレオさんの姿を見つけた時、私は無意識のうちに、彼の名前を呼んでいた。
青い光のベールは、双頭の蛇がこちらに来るのを拒んでいるように見える。しかし、双頭の蛇の攻撃に耐えられなかったのか、青い光のベールがパラパラと音を立てながら崩れていく。
それを目にした私は咄嗟に、卵を守ろうとして、両腕に抱え込んで身体を丸めた。
どうしよう。あの蛇がこっちに来る。
パニックになり、どうしていいかわからない私の耳に、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ダメだ。冷静にならなきゃ。私にはこの腕輪がある。きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせ、私は震える声を我慢して、騎士さん達に聞こえるように精一杯の声で叫んだ。
「私と卵は竜王様の結界で守られています。だから大丈夫。私達のことは、気にしないで戦ってください」
私が叫んだ途端、巨大な双頭の蛇が私達に向いて、口から大量の液体を吐いた。しかし、その液体が私達にかかる事はなかった。私達の周り半径2mくらいを青白い光が囲み、その外側を大蛇が吐いた液体が、水が流れるようにサラサラと垂れていった。下に流れ落ちた液体は、床の岩を溶かして、白い蒸気を上げる。
本当に、守ってくれてるんだ。半信半疑だった私は、ホッと息を吐いた。
そして、私に駆け寄ろうとするレオさんに「私は大丈夫」と、もう一度叫んだ。さっきよりも、強い口調で。私はお荷物にはなりたくない。彼らの足を引っ張りたくなんかないし、もう誰にも傷ついてほしくない。
レオさんとのやり取りの間にも、私達に目掛けて酸をまき散らす双頭の蛇。私は怖くて何ども目を逸らせそうになった。でもこれは、私が選んだことだ。もう後悔はしないと決めた。
怖い気持ちを押さえ込み、双頭の蛇と戦う彼らを見つめる。次々と繰り出される魔法と振るわれる剣によって、傷つき血飛沫を上げる双頭の蛇。片方の蛇の頭に剣を突き刺した騎士さんが、蛇の抵抗によって岩壁に叩きつけられた時には、思わず声が漏れた。それでも立ち上がり、再度向かっていく彼。
その後、片方の頭は動かなくなり、残りの蛇の首を勢い良く切り落としたレオさん。レオさんに首を切り落とされた双頭の蛇は、黒い霧になったかと思うと、そのまま消えていなくなった。今まで見ていた光景が、嘘だったのではないかと思えるほど、跡形もなく......。




