24.【竜王の間】 改
レオさんと一緒に宿舎に戻ると、キャロルさんが帰りを待っていてくれた。私を馬から下ろし、キャロルさんに私の事を頼むとだけ言って、急いで宿舎に入っていくレオさん。
宿舎の前には馬車が用意されており「どうしたの?」と聞くと「治癒魔法を掛けられる魔導師が、今から竜王の森に行く」とキャロルさんが教えてくれた。
「治癒魔法? ケガ人が出たってこと?」
私の言葉を聞いて、彼女はぎゅっと拳を握り締めて悔しそうに涙を浮かべた。
「もしかして、死んでしまったの?」
私の言葉に彼女は答えてくれなかった。その瞬間、強い後悔が私を責めたてる。
「魔導師さんが行くってことは、竜王の森が今も危険だってことだよね?」
「卵が狙われている可能性が高いから、念の為に魔導師もって」
「キャロルさん、私を直ぐに竜の卵のところに行かせて」
私は彼女の腕を思いきり掴んで、懇願した。
「ユイさん、洞窟は今危険なの。そんなこと出来ない」
危ない場所に私を連れてはいけないと、首を横に大きく振って答えるキャロルさん。だけどジッとなんてしていられない。
「お願い。騎士団統括長さんと話をさせて」
私はキャロルさんの手を引き、クラウドさんの部屋があると聞いていた建物に走り出した。本当はレオさんが無事に帰って来れるよう、見送るつもりだったのだけれど。
「クラウド統括長は、部屋にいないかもしれない。たぶん王城内にある会議室にいると思う」
「そこに私は行ける?」
覚悟を決めた私の言葉に、彼女は大きく頷いてその部屋に案内してくれた。
長い長い迷路のような王城の廊下を、急いで歩く。どんな時でも走ってはいけないと言われたが、こんな時ぐらい許して欲しいと正直思った。
王城の廊下ですれ違う女性達は、綺麗なドレスを着た人や、侍女さんらしき人ばかりで、私のような普段着のワンピースを着いてる人なんて、一人もいない。自分が場違いな格好をしているのは一目瞭然だったが、そんな事今はどうだっていい。私は兎に角すぐにでも、竜母である自分に出来ることがないか、クラウドさんと話したかったのだ。
会議室の前には見張りの騎士さんが立っており、キャロルさんが「竜母様が至急クラウド統括長と話がしたいと言っている」と伝えると、確認をするために騎士さんは会議室の中に入って行った。
暫くして会議室へ入ることを許され、キャロルさんと私は部屋に通された。部屋の中にはクラウドさん以外に十五人くらいの男性がおり、その人達の顔が一斉にこちらに向けられる。強い眼差しばかりで、正直怖いとしか思えなかった。
「騎士団第三部隊、キャロライン・ラッセルです。竜母様が直ぐに、クラウド騎士団統括長とお話されたいとおっしゃられたので、お連れしました」
緊張で震える足に力をいれて踏ん張り、キャロルさんの隣で私は精一杯の深いお辞儀をした。
「突然の訪問、申し訳ありません。わたくしユイと申します。礼儀作法など分からぬゆえ、失礼があると思いますがお許しください」
私が挨拶を終えると、クラウドさんに促されるようにして、キャロルさんが部屋を出ていった。
「それは気にしなくて大丈夫ですよ。ユイ様、どうされたのですか?」
「先程、竜王の洞窟近くで、騎士の方が殺されたとお聞きしました。竜王様の卵が危ないのではないかと。
本当は今日の夜、隊長のギブソンさんに竜母になる覚悟が出来たと、報告に伺うつもりでした。明日にでも竜の卵に会いに行ければと。だけど、卵が危ないかもしれないと聞いて、じっとしていられなくて。
私の持ってる魔力が膨大なのなら、もしかしたら卵を守ることが出来るんじゃないかと思って......。
今すぐ卵に会いに行かせてください。竜母になるって決めたからには、私は自分に出来ることは全部やりたいんです」
「驚きましたね。あれほど竜母様になることを、拒否されていたユイ様が」
「拒否していたというより、現実を受け止められなかっただけですかね。でもラッセルさんと、クラネルさんのお陰で、覚悟を決めることが出来ました」
「ユイ様、大変危険かもしれませんが、よろしいのですか?」
「大丈夫です。覚悟しています」
怖くないって言ったら嘘になる。だけど私はもう後悔したくない。手をぎゅっと握って、自分を奮い立たせた。
「わかりました。一同感謝いたします」
クラウドさんが立ち上がり頭を下げると、その場にいたお偉いさん達も立ち上がり、頭を下げてきた。食堂で見た風景を思い出す。
「や、や、やめてください」その光景を嫌忌して、涙がそうになった。
「ユイ様、竜王様の卵がある場所には、国王陛下と一緒でなければ行けないのです。申し訳ありませんが騎士に案内させますので、地下にある竜王の間の前室で、お待ちいただけますか?」
「国王様......ですか」
いきなりの国王陛下との対面に、自分でも顔が引き攣るのが分かった。竜母になると覚悟はしたが、まさか国王陛下に今日、会うことになろうとは。
「急なお願いにも関わらず、ありがとうございます」
「ユイ様は不思議な方ですね。私達がユイ様に助けていただいているというのに」
クラウドさん以外の人達も、苦笑いを浮かべていた。
その後すぐに騎士さんに案内され、地下へ続く階段を降りていく。ひんやりとした冷たい空気が漂う中、奥へ奥へと続く薄暗い廊下を歩く。
「あの、聞いてもいいでしょうか?」
「なんなりと」
「竜王の洞窟は森にあると、聞いたのですが?」
案内してくれる騎士さんの後ろを歩きながら、気になっていた事を聞いてみた。
「この地下にそこへ転移できる、竜王の間がございますので」
「転移......魔法ってことですか?」
「詳しいことは陛下しかご存知ないのですが、おそらく魔法陣での転移かと」
本当に魔法ってあるんだ。
「それと......国王陛下にお会いしたとき、どう挨拶したらいいのでしょうか? この世界の作法とか全然わからなくて」
「国王陛下は、そのような事を気にされるお方ではありません。とても心の広いお方ですので」
正直ほっとした。カーテシーくらいしか分からない一般人である。それ以上の事を今すぐ求められても、出来る気はしなかった。
竜王の間の前室。そこには部屋の床いっぱいの大きさに魔法陣が描かれており、その魔法陣はずっと青白い光を放ち続けている。
「この魔法陣で、卵がある場所に行けるんですか?」
魔法陣を見て問う私に騎士さんは、その魔法陣の大切な役割と、竜王の間はこの奥だと教えてくれた。
この国は普段、竜王様が結界を張って守ってるけど、今は不在だから魔法陣と多くの人の魔力で結界を維持してるってことよね。で、私が竜王様を無事育てられれば、この国に平穏な生活が戻るってことよね。出来なかったらどうなるんだろ?
不意に失敗した時の事を考えて恐ろしくなった。
竜王様が国の象徴だとかは聞いていたけれど、そんな風に直接的に国を守ってるなんて想像もしてなかった。想像以上に重たい自分の責務。不安と緊張から出た汗と、地下室特有の冷たい空気のせいで、体中がゾワリと寒気に包まれた。
暫くすると、石の階段を降りてくる複数の足音が聞こえた。振り返ろうとした私は、隣にいる騎士さんを見て思いとどまった。右膝をつき頭を下げる騎士さん。私はその隣でどうしたらいいのか分からず、とりあえず頭を下げて国王陛下が来るのを待った。カツカツという足音が、私の前で立ち止まる。
「そなたがユイ嬢だな? 儂はオリバー・バネットブルクである。面を上げよ」
低い穏やかな男性の声に緊張が走る。ドキドキと自分の心臓がうるさい。ゆっくりと頭を上げると、鮮やかな金髪の優しい目元をした中年男性が立っていた。その後ろにはケリーさんと、会議室の一番前の席に座っていた、緑色の髪をした男性が立っていた。
ぎこちない動きのカーテシーで挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ユイと申します。この度は突然の訪問申し訳ありません。礼儀作法など分からぬゆえ、失礼があるかと思いますがお許しください」
「堅苦しい挨拶はなしじゃ。そなたが竜母になってくれると聞いて、喜んで来たのじゃ」
「私に何が出来るかわかりませんが、出来ることがあるのではないかと思い、こちらに参りました」
「では儂と、竜王の間に行こうかの」
国王陛下の言葉に「はい」と返事をして、隣室に騎士さん以外の四人で向かった。
竜王の間の扉横には石で作られた竜の置物があり、国王陛下が竜の口に手を入れると、石の扉がゴゴゴーと音を立てながらゆっくりと開いた。
どうやら国王陛下が嵌めている指輪が、竜王の間の鍵になっているようだ。
面白かった。ちょっと続きが気になる。頑張れ。
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