2.【竜王の終焉】 改
バネットブルク竜王国の深い森の奥にある『竜王の洞窟』
儂はそこで千年という永い時を過ごしてきた。しかし前竜王から引き継いだ竜王の座を、次代の竜王に明け渡す時が近づいてきた。儂の魔力も限界のようだ。残された時間は少なく、儂が動けるだけの魔力しか、もう残されていない。
さぁ、最後の仕事をしに出かけるとしよう。
バネットブルク竜王国の会議室。
現国王 オリヴァー・バネットブルクや国の重鎮達が顔を揃え、現竜王が亡くなった後の対策について話し合っていた。
現竜王の寿命が残り僅かだと告げられたのは一年前のこと。現竜王が亡くなれば、程なくして次代の竜王が誕生する。しかし次代の竜王が成竜になるまでの期間、この国は多くの危険に晒される。
一番の問題は、この国に張り巡らされている強力な結界がなくなることだ。
短くとも一年、結界は完全に消失する。成竜になるまでの約五年間、短くても三年間、次代の竜王の魔力は不安定で、この国が安全とは言い難い。その五年間はこの国に存在する王族や魔導師など、魔力の強い者達で結界を張り続けなければならない。
それでも竜王の施す結界の強度には遠く及ばないのだから、竜王の魔力量の膨大さがわかると言うものだ。
竜王は一日に3万の魔力を使って、国全体に結界を張り巡らせると言い伝えられている。
国民の持つ魔力量の平均値は100~150。魔力が高いと言われるのは200を超える者だ。
宮廷魔導士でさえも300~500。1万の魔力を集める為には、魔力が高い者を集めたとしても、多い時には五十人は必要になる。
しかし、それはあくまでも理論上であって、魔力が枯渇するまで供給出来ないことを考えれば人数はもっと増える。そして魔力の回復量を考えれば毎日魔力供給に参加することは難しい。
それでも竜王の結界の1/3程度の強度しかないと言うのだから話にならない。
その上、結界が弱まることで国の警備は厳戒体制を強いられる。魔力量の高い者の1/4は騎士なのだが、厳戒態勢が必要な中で騎士が魔力供給に参加することは難しい。即ち圧倒的に魔力を供給する側の人手が足りない。
一ヶ月程前からは、現竜王の魔力も不安定になりはじめた。今は多くても1.5~2万の魔力量と推測される。現竜王様に残された時間は残り少ないのだ。
結界に魔力を供給する為の魔法陣は、王城の地下にある。『竜王の洞窟』と王城を繋げる竜の門がある部屋『竜王の間』、その前室に魔法陣は展開されている。
毎日ここに魔力供給する者が集まり、その日使用される魔力を魔法陣に溜め込む。その魔力は、一日掛けて結界の維持に使われ続けるのだ。
しかしこれを最低でも一年、最長だと五年続けなければならないのだから、考えただけでも頭が痛い話だろう。
何か他に方法はないものだろうかと、今日は主にそれについて話し合われている。
何も新しい意見が出されないまま会議は膠着状態となり、休憩を取ることになった。しかしその時、突然会議室の上座、国王の椅子の後ろに金色の光が溢れ出し、その場にいた全員がそちらに集まり跪いた。
「竜王様、如何なされましたか?」
バネットブルクの問いかけに「時が来たようだ」と現竜王は自身の分身を通して答えた。静寂に包まれた会議室の中、唾を飲む音があちこちから聞こえる。
今までとは違い分身の向こう側が少し透けて見えるのは、残りの魔力が尽きかけているからだろう。
「最後の仕事をしにきた。心して聞くが良い」
現竜王の言葉に緊張が走る。額にうっすらと汗を浮かばせ、皆が頷き現竜王の言葉に耳を傾ける。
「儂の命ももうすぐ尽きる。光となり消えるのも間近だ。
だが心配するな。儂が生まれた時と同じように、まもなく竜王の洞窟に竜の卵が出現する。その卵から産まれる仔竜が、次代の竜王となるであろう。
ただ次代の竜王へ育て上げるためには、竜母となる異世界の女が必要である。
儂が死を迎える時、必ず竜母となる者を竜王の洞窟近くの森に送り届ける。
生まれて来る仔竜は竜母にしか懐かん。そして竜母が持つ魔力だけが、その仔竜が成長する糧となる。
よって必ず仔竜が生まれる瞬間に、竜母を立ち会わせるのだ。
与えられる機会は一度きり。必ず竜母を見つけ出し、仔竜を次代の竜王に育て上げろ」
そう告げると現竜王は自身の左眼球を抉り取り、バネットブルクに差し出した。差し出された眼球はバネットブルクの掌の上で黒光りする球体となり「その石に触れ変化を齎しものが竜母だ」との言葉を最後に、現竜王は光になって霧散していった。
残されたバネットブルクや重鎮達は頭を垂れ、永きに渡り国を守り続けてくれた前竜王に感謝と敬愛の心を向けた。
「結界は我々王族と宮廷魔導師で守り抜いて見せる。竜母様の捜索は、騎士団統括長クラウドに全ての権限を委ねる事とする。
卵が孵化するまで約一ヶ月。竜母様になって頂くことを説得する時間を考慮しても二週間以内には見つけ出せ。なんとしてもだ。国の存続に関わる危機だ。
ただちに魔力を供給する者を王城の地下に集め、明朝までに結界の維持に必要な魔力を供給させろ。
皆、心して業務に当たれ」
国家存亡の危機。
命令を告げたバネットブルクは、自身の寿命を削り続けてでも結界を維持することを誓いながら、前竜王が残した黒い石を見つめ続けた。
森の奥深くにある竜王の洞窟。前竜王が光となり消えた寝床には、薄水色のつやつやとした竜の卵が出現していた。