14.【優しい歌声】 改
宿舎から一番離れたところにある練習場。王城の敷地内で言えば、正門を入ってすぐを右手に曲がった最奥にある塀の中。そこに着くと馬から先に降りた俺は、ユイさんを抱きかかえて馬から降ろした。
まだ少し不服そうな表情を見せていたユイさんは、目の前にある二階建ての建物と同じくらいの高さがある塀を見上げて「ここが練習場ですか?」と問いかけてきた。
練習場をぐるりと囲む、石造りの高い塀の上にある見学場所へ彼女を案内する。そこに上がると彼女は「うわぁ!」と興奮気味に小さな声をあげ、塀の内側にある石畳が敷き詰められた広い空間を見下ろした。目をキラキラと輝かせ、両手で口元を抑える仕草が愛らしい彼女。
練習がないとは言ったが、実際には十数名の隊員が思い思いの訓練を行っていた。
「練習、休みじゃなかったんですか?」
「若手が自主練してるみたいですね」
「休まなくて大丈夫なんですか?」
「私も若いときは、寝る間も惜しんで練習しました。あの頃は、兎に角、一日も早く一人前になりたい。そればかりなんですよ」
剣がぶつかり合う音が響く中で、ただ何も言わず若い奴らの練習風景をじっと見つめる彼女。互いの実力を余すことなくぶつけ、身体が弾き飛ばされ石畳の上を転がる隊員を見て彼女の顔が歪む。自分自身が怪我をしたかのように腕をさすり、口をぎゅっと結んで眉をしかめる。
自身の口元で手を合せ祈るような仕草や、拳をギュッと握り応援する姿を、俺はほんの少し離れたところから見ていた。暫くの間、ユイさんは彼らの練習風景をだだ黙って見続け、時々微かに聞こえる声で「がんばれ......!」と呟く彼女の横顔は、今にも泣き出しそうに見えた。
ひと対戦終え休憩に入った若い隊員が、ふと上を見上げユイさんの存在に気づき、深々と頭を下げた。それに気付いた数人も上を見上げ、驚きと共に頭を下げる。彼らに対し頭を下げ挨拶を返すと、静かに後ろに下がる彼女。
一瞬下を向きフウと息を吐いた彼女は、顔を上げ俺の方を向くと「奥の方、行ってもいい?」と、街を一望出来る王城敷地内の端に位置する塀の上を指さした。その時ユイさんの瞳が少し赤くなっていたことに、俺は気付いていないフリをした。
王城は街を見下ろせる少し小高い丘に位置しており、この練習場は王城敷地内の街側に面しているため、塀の上からは眼下に石造りの街並みを見渡せる。塀の際に立ち青空を見上げながら「きれい」と呟くと彼女は、口元を緩めて鼻歌を歌い始めた。
そよ風が彼女の黒い髪を揺らし、その髪は日差しに照らされツヤツヤと輝く。それを少し後ろで見ていると、突然彼女が焦ったように振り返り「もしかして聞こえました?」と問いかけてきた。
「鼻歌のことですか?」
「聞こえたのね」
顔を赤くしているユイさんに「時々歌ってますよね」と、つい言ってしまった。
「え?」
「時々部屋で歌ってるのが、聞こえてきます」
「うそっ! あれ聞かれてたの?」
益々顔を赤くする彼女に「私は耳がいいって言ったはずですよ」と、にやりと言ってみせる。
「それにユイさんの歌は、聞いていて心地いいですし」
「......ありがとう。でも聞かれてると思ってなかった」
「鼻歌じゃなく思い切り歌ったらどうですか!? ここなら遠慮しなくていいでしょう。近くに誰もいないですから」
「副隊長さんがいます」
「私がいるのは我慢してください。歌うのが好きなんですよね?」
「はい、大好きです。......じゃあ少しだけ」
一瞬躊躇いを見せたものの、彼女はそう言うと街の方を向き、大きく息を吐いた後知らない言葉でゆっくりと歌い始めた。目の前には遮るものが何もなく、街を一望する塀の上で目を閉じて、自分の世界の歌を口ずさむ彼女。言葉の意味はわからないが、彼女が歌うことが好きな気持ちは伝わってくる。
最初は遠慮がちに歌っていた彼女だが、その声は少しずつ大きくなり、気持ちよさそうに艷やかで優しい声を響かせた。歌い終わり振り向いた彼女の顔は少し赤かったが、すっきりとした表情をしている。
「気持ちよく歌えましたか?」
「すっごく気持ちよかったです!」
晴れ渡るような笑顔を見せる彼女を見て、俺も頬を緩ませた。
お互いの顔を見てくすくすと笑い合っていると「わぁ!」と言う歓声と共に聞こえてきた拍手。振り返り塀の中を見ると、十名近い騎士が近くまで来ており、喜色を覗かせて俺達を見上げていた。驚いた彼女は一瞬で耳まで顔を赤くし、スカートの裾を持ち上げ一目散にクレイが待つ場所に走り出した。
「彼らまで聞こえるなんて思わなかった。副隊長さん誰にも聞こえないって、言ったじゃないですか!」
「近くにいないとは言いましたが、聞こえないとは言ってないですよ。騎士は基本耳がいいですから」
「それ先に言ってくださいよ!」
プリプリと言う言葉がお似合いの怒った表情を見せる彼女に「出来ればまた、聞かせてください」そう言うと「誰にも聞こえないところなら」と返された。
クレイに乗り宿舎までの帰り道。
「そう言えば、あの歌はどんな意味の歌なんですか?」そう質問すると「歌詞の意味わからなかったんですか?」と聞き返された。
「知らない言葉だったので」
「私、今喋っているのと同じ言葉で歌いましたよ」
「どういうことですか?」
「確かに不思議だったんですよね。最初からこの国の言葉が分かることが。もしかしてお互いの言葉が翻訳されて相手に聞こえてるのかも? 私異世界から転移してきたから」
「それならなぜ、歌の意味がわからないんでしょうか?」
「歌は歌詞とメロディが一緒になってるから、翻訳出来なかったとか?」
なるほど、正直残念で仕方ない。
「それで、歌詞の意味はなんですか?」
「う~ん。自分の目標に向かって努力してる人に対する応援歌かな」
そう言って丁寧に歌詞を説明してくれた。
「あそこにいた騎士に向けた応援歌ですか。羨ましいですね」
「羨ましいの?」
「竜母様に応援してもらえたのですから、きっと彼らも喜びます」
「そういうものですかね」
ちょっと理解出来ないなって顔をしながら首を傾げる彼女に「今後は部屋で音楽聞くのに遠慮はいりませんよ」と言うと「スマホの充電が切れたから、もう音楽聞けないの」と悲しそうに告げられた。
「充電とは?」
「スマホを動かすエネルギーがなくなったの」
「この国で言う魔石みたいなものですね」
「スマホにも魔石が使えたらいいのに。せめてピアノがあったらなぁ」
「ピアノならありますよ。食堂に」
「え!? ......ピアノあるんですか?」
「今日行った食堂の片隅に。古いものだから鳴るか分かりませんが」
キラキラした希望に満ちた瞳で俺を見上げえる彼女に「弾いてもいいか確認してみますね」そう言うと「やった~!!」と、無邪気な笑顔を返された。
彼女の笑顔を見て、その望みを叶えてあげたいと思った俺は、討伐から戻ってきた隊長にすぐに確認を取ることにした。
彼女のあの笑顔を見られると思えば、隊長の下へと向かう足取りは軽かった。
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