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13.【天真爛漫】 改

 食堂のテーブル斜め前に座るユイさんが見せる色々な表情が、俺の中の何かに触れた気がした。


「先代の竜母様は絶対に日本人です」と力説していたかと思えば、「料理が美味しいのは有難いです」とニコニコと笑ったり「他にも日本の文化があるはずです」と人差し指を立て、大げさな仕草でおどけてみせる彼女に心が揺れる。


 俺の容姿を気に入り近づいてくる女性は少なくなく、好意を向けられることに嫌悪感を持つことも多い。「性格が想像と違う」と勝手に理想を押し付けてくる女性に嫌気がさし、十代の頃は来るものは拒まず、去る者は追わずで女性と真面目に付き合ったことすらない。


 二十代になってからは、それさえも面倒になり女性と関わることもしなくなっていた。未だに自分の容姿に好意を表す女性には無意識にすげない態度をとってしまうことが多く、さっき彼女に「紫の髪が綺麗」と言われたとき、今までとは違う感情が生まれ戸惑いを感じた。

 彼女が好意からではなく素直に「紫の髪が綺麗だ」と言ってくれた事を『嬉しい』と感じた自分がいることに困惑する。


 キャロラインと話している間中、ころころと表情を変える彼女。魔物討伐の際の失敗談を聞いている時の、驚きから青ざめていく表情には正直笑った。彼女を見ているとなんだか、ホッとする。この感情はなんなのだろう。


 食事が終わり食堂棟を出る時に、すれ違う騎士に最敬礼をされ苦笑いを浮かべながら会釈をするユイさんに「どこか見たいところはありますか?」と問いかけると「騎士の方の練習風景を見てみたいです」と言われた。


「今は魔物討伐が毎日あり、日常練習はしていないんですよ」

「毎日実践ってことですか」と、かなり残念そうに言われた。

「練習場だけでも宜しければご案内いたしますが?」

 俺の返事に目を丸めて「いいんですか?」と問い返す彼女。


「練習場なんて面白いこともないですよ」

 そう告げると俺達はキャロラインと別れて、宿舎の向こうにある馬場に歩き始めた。


「馬場まで少し歩いていただけますか?」

「えっ、馬に乗るんですか?」

 身を引き驚きを隠さないユイさん。

「歩きの方がいいですか? 敷地内は広いので少し歩くようにはなりますが」


「......いえ、大丈夫です」

 眉を下げなにやら心配している様子の彼女に「私が一緒に乗りますから大丈夫ですよ」と言うと、益々眉が下がった。小さく溜息をつき黙って歩く彼女を見て、不機嫌にさせたのかと心配になったがユイさんが馬場までの歩を止めることはなかった。


 馬場に到着すると、先程食堂棟近くで会ったクレイが、背中から鞍を外そうとするところだった。


「あれ、クレイですよね?」

 表情を一変させる彼女にホッとする。

「クレイに乗ってみますか?」

「いいんですか?」クレイに駆け寄るユイさん。

「クレイは第三部隊の馬ですから、大丈夫ですよ」

「クレイ、あなたの背中に乗せてもらってもいい?」

 馬の首をポンポンと触りながら、ニコニコと微笑む彼女。クレイは「ドゥドゥ」と鳴いて返事を返したようだ。


「よし、覚悟は決まった」と、突然握りこぶしを作って気合を入れるユイさん。

「なんの覚悟ですか?」

「副隊長さんと一緒に、馬に乗る覚悟です」

「覚悟が必要ですか? 怖いですか?」

「怖いんじゃありません。恥ずかしいんです」

「恥ずかしいって今更じゃないか。もう一緒に乗っただろ!?」

「あの時は、意識が朦朧としてましたから。......副隊長さん、素に戻ってますよ!?」

「あっ、申し訳ありません」

 慌てて態度を立て直す俺を見て、ケタケタと笑う彼女に『天真爛漫』という言葉が浮かんできた。


 クレイの横で片膝をつき組んだ掌に彼女の足を乗せてもらい、押し上げて先に馬に乗ってもらおうとしたのだが、足を押し上げた所から先に進まない。鞍に手を掛け一生懸命クレイに乗ろうとしているのに、うまく乗れずジタバタする彼女に思わず笑ってしまった。


「ユイ様、ひどい......ですね」

 彼女のお尻を押して上げる訳にもいかず、ユイさんを先に馬に乗せる事を俺は諦めた。


「ちがうんです。私運動神経悪くないんです。本当ですってば」

 先にクレイに乗った俺は、一生懸命反論する彼女の両腕を持って引っ張り上げた。俺の前に横座りした彼女は「足だって遅い方じゃないんです。力が弱いだけなんですからね」と、語尾を強めて反論する。


「そういうことに、しておきましょう」

「副隊長さん、信じてませんね」

 じと目をする彼女が可愛くて仕方がない。俺は笑いを抑えることを忘れて、大笑いをした。


「そんなに笑わないでよ」

 頬を大きく膨らますユイさんをよそに、俺は手綱をもってクレイを出発させた。

「今日はたまたま調子が悪かっただけです」

「たまたまですか?」

「そういう事ありま......わっ!」

 ユイさんが少しバランスを崩した為、彼女の腰に手を回し支えると焦ったような声を出された。


「大丈夫ですか?」

「......」

 顔を赤くするユイさんに「どうしましたか?」と問いかけると「だから嫌だったんですよ」と言われた。


「馬に乗るのが嫌だったんですか? 降りますか?」

「違います。ぷにょがバレるのが嫌だったんです!」

「ぷにょ?」

「お肉が......」

「それさっきも言いましたけど......今更ですよね?」

「そこは『そうでもないですよ』とか言わないんですか?」

 髪の毛を掛けた、ユイさんの耳まで赤い。


「そうでもないですよ?」

「なんで疑問形なんですか。副隊長さんって実は意地悪ですよね!?」

「ユイ様のこと、つい虐めたくなりますね」


 俺の顔を見上げてユイさんは、不満そうに目を細めている。自分の感情を素直に口にする彼女に、俺もつられてしまったようだ。




読んでいただきありがとうございます。



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