12.【食文化】 改
食堂棟の入口で、旗を見ている私達の隣を通り過ぎて行く数名の騎士さん。私と目があった騎士さんが突然立ち止まったかと思うと、腰を45度に折って最敬礼をしてきた。次の瞬間、一緒にいた他の騎士さんも同じように私に対して頭を下げ、驚き一歩後ろに身を引いた私。
な、なにごと?
言葉を発せず引き攣りそうな顔で隣のレオさんを見上げると「竜母様だと気付かれたようですね」と濃い紫の瞳を細めて答えられた。
「や、やめてください」
「ユイ様、今日は諦めてください」
「......今日はずっと?」
「おそらくは」
大きく溜息をつくと、それを了承したと捉えたのかレオさんは、私の背中に手をやり食堂棟へ入るよう促した。会釈を返し私達が数歩歩いたところで、騎士さんが頭を挙げる。それが目に入り、また溜息が漏れた。
中に入ると200席は優にありそうな程広い食堂があったが、席は左程埋まってはおらず1/4にも満たない。壁には大きな窓がいくつもあり、食堂の中は陽の光で満たされ通り抜ける風が美味しそうな匂いを運んでくる。匂いに刺激された私のお腹の中の虫が元気に鳴き始め、隣にいるレオさんに聞こえないかと心配になった。
私、この世界に来てから、食いしん坊になってない?
「いつもお昼はこんな感じですか?」
「今は魔物討伐に出ている隊員が多いので、普段よりかなり少ないです。今ここにいる騎士は、近衛隊や王城警備隊と他の部隊の非番の者だけですね」
食堂の隅で話をしていると、ザワザワとした雰囲気が食堂の奥まで広がるように伝わる。近くにいる騎士さんが最敬礼をしたのを皮切りに、食事をしていた騎士さん達もが立ち上がって同じように挨拶をしてきた。驚きの光景にザザッと音がするくらいの勢いで数歩下がり、キャロルさんの後ろに身を隠してしまった。
静まり返る食堂。
「私、食堂に来ない方が良かったんですね。みなさんに気を使わせてしまって」
私がそう言うとキャロルさんが「そんなことはありません。みなさん竜母様に会えた事を喜んでいるだけです」と言ってくれた。だから私はキャロルさんの隣に立ち、皆さんに頭をさげて挨拶を返した。
調理場の音だけが響く中、レオさんがそっと手を上げる。
「みなさん、竜母様は昼食を取りに来られただけですので、お気遣いは不要との事です。普段通りでお願いしたいと仰られています」
その言葉を聞き、静かに椅子に座り食事を再開する人や配膳台に並ぶ人達。それとは反対に、慌てて厨房から飛び出してくる人がいた。
「りゅ、竜母様ですか? ちょ、調理長のデミス・クックです。は、はじめました」
ひどい、噛みすぎ。はじめましたって......。思わず噴出しそうになったが、それで緊張が一気に解けた。
「初めまして、ユイと申します。いつも美味しい料理をありがとうございます」と頭を下げてお礼を伝える。
「俺なんかに頭を下げないでくだせぇ」
あたふたする調理長さんを見て、私は首をかしげた。
「竜母様は頭を下げない方がよろしいかと」
レオさんの言葉を聞いて意味を理解した私は「私の国では、感謝の気持ちは頭を下げて伝えます。竜母になっても、これはやめません」とハッキリと主張した。
「ユイ様は意外と頑固ですね」
「意外じゃありません。かなりの頑固者です。覚悟してくださいね」
観念した表情のレオさんと、納得顔のキャロルさんをみて、私はしたり顔で笑ってみせた。
食堂はいわゆるバイキング形式で、全て無料だという。トレーにお皿を乗せフォークとナイフを取ろうとしたとき、その隣にあるものに目が止まる。
「箸? これって箸だよね?」
箸を手に取り、誰にと言うわけでもなく問いかける。
「箸をご存知なのですか?」とキャロルさんが驚いている。
「私の育った国は『お箸の国』と言われているんです」
「この世界でも箸を使うのはこの国だけなんですよ。偶然ってあるんですね」とキャロルさんがにっこりと笑う。
箸をトレーに乗せ、次々とお皿に料理を盛っていく。料理を取り終え最後の配膳台に行くと、そこにも見慣れたものを発見した。
「これっておひつだよね?」
蓋を開けると湯気と共に、炊きたての白米の匂いが立ち上ってきた。
「ご飯まであるの?」
「ユイ様?」
不思議そうに問いかけてくるキャロルさんに「ご飯はこの世界で当たり前の食べ物ですか?」と詰め寄る。
「この国独自の穀物で主食です」
お茶碗に盛られた炊きたてのご飯。その横にある大皿に盛られた料理の中から、好きなものを選んでいった自分が盛り付けたお皿。バランス良く盛られた洋食と和食、日本での食事そのものだ。
そして最後に出てきたのは、なんとわかめのお味噌汁。絶対にこの国に日本人がいたとしか思えない。どういうこと?
戸惑う私をよそに二人は窓際の席に座り「ユイ様食べましょう」と手招きをしてくる。レオさんの前にキャロルさんが座り、その横に私が座った。三人が揃うとレオさんとキャロルさんが手を合わせて言った。
「「いただきます」」
「な、なんで~!!」
「ユイ様、どうされたんですか?」
「もしかして食べ終わったら『ごちそうさま』って言ったりします?」
「「はい」」
「それ私の国の文化ですよ。おかしくないですか? 箸にお米、味噌汁に『いただきます』に『ごちそうさま』
今まで食べた料理だって馴染みのある味付けだったし、これなんてホウレン草の胡麻和えですよ。絶対日本人がこの世界にいたでしょ!?」と、驚きすぎて捲し立てるように言葉が出てくる。
「そんなにユイ様の国と似ているんですか?」
「少なくとも食べ物、食文化に関してはそっくりです」
「今の食文化になったのは千年くらい前からと聞いたことはありますが」
「千年前……」
キャロルさんの言葉を聞いて、私は先代の竜母様は日本人だったに違いないと思った。そうじゃなきゃ説明が付かない。異世界転移して来る人間がそんな多くいるとは思えない。
今思えば、最初からこの国の料理が口に合い、何を食べても美味しいと思っていた。なんの違和感も感じることなく、不思議にさえ思わなかった。驚きすぎて喉がカラカラになり、グラスに入れたお水を一気に飲み干す私。
「こんな偶然ってある?」
私はレオさんとキャロルさんの顔と料理を交互に見て、暫く箸を持つことが出来なかった。
そう言えば、私の部屋に運ばれた料理は、わざわざ洋食を選んでいたらしい。和食はこの国独特の料理ということで、世界的に好まれている洋食を運んでくれていたと、後からキャロルさんが教えてくれた。




